白い狂犬と赤い薔薇

ガノン

第1話 赤い絵の具の香り

ーお前らなんて。

       人間なんて大っ嫌いだ。ー







電車を使ってやって来たこの異郷の地が

何県かすらも分からない。






我慢の限界だった。








糞長い階段を転げ落ちるように駆け下り、

糞みてぇな家とおさらばしてはや数時間。 



俺はこの土地の見知らぬ町中を歩いている。



俺は男で、長男だから、母親ばばあ父親じじいに気色の悪いほど可愛がられる妹二人とは違って

我慢をしなくちゃいけなかったらしい。


美味いも糞もない食えるのかさえ怪しいや奇怪なが主食の暮らし。


物心のついた頃から分厚い本で語彙を叩き込まされ、父親の指導のもと剣道一筋で育てられてきた。


怠けるなりで父親の機嫌を損ねてしまえば、拳と叱責しっせきが併せて飛んでくる。

それを見て見ぬふりして、猫撫で声で妹に

ばかり構う母親。

一体全体どんな糞親だよってな。



そいつらが育てたのが俺。


数字の学問はてんで駄目

おまけに自尊心のかけらもない。


中途半端な奴。


こいつは今世紀一のお笑いだよ




歩きながらそんな自虐を頭の中で転がしていたが、どうしても腑に落ちないことがあった。それがじわじわと怒りに変換され、

怒声となってぶちまけられる。


「じろじろ見てんじゃねぇぞ滓共かすどもがぁ!!」


そう。腑に落ちないのは、すれ違う人間どもが物珍しそうな目で俺を見てくることだ。

滓野郎共が。

怒鳴ったくらいでしりごんでんじゃねぇよ。


…しかし、人間共の視線が集まる理由は分かりきっている。



俺は自らの頭から生えた白髪はくはつを掻き毟った。



かつて父親に連れられ剣道の死合をするため、大勢の人間が集まる場所へと出向いたことがある。その時もそうだった。

この悪目立ちする白髪のせいで好奇の目が

ぎょろぎょろと俺を捕らえてくる感覚がどうしようもなく嫌で、吐き気さえ催したのを思い出す。


そして今も口の奥、口蓋垂のどちんこのさらに奥で胃液がせり上がってくるのを感じ、堪らず走り出した。


一刻も早く…

人間のいないところに行きたい…。


夜の暗がりになびく白い髪から逃げるようにして、俺は走った。

走って、走って、全力で走って 

やがて明かりも人通りも少ない道へと出た。


しかし、足に力が入らずふらふらの足取りで土の地面へと倒れ込んでしまった。


ははっ…がたつきやがって…。


ぼやけた視界が

蒼い夜の黒と

忌むべき白で覆われた。

ついには意識までが、


真っ暗に包まれてしまった。



☆☆☆☆☆☆☆☆












あったかい………






漠然とそう感じた後に目が覚めた。

視界はさっきまでの暗がりに変わって

木の天井。

夜特有のすっとした冷たい空気は

絵の具と柔らかな薫衣草らべんだーの香りへと変わっていた


ここは……?


先程まで羽織っていた上着がない。

痰の絡んでいない空咳とも違う重めの咳を一つ。

少し熱を帯びた額を押さえながら体を起こすと、どうやら俺は高床式の布団に寝かされているようだった。

何て言うんだっけか…これ…。


ここで部屋の縁にあった椅子が半回転し、

「おはよ。大丈夫?」



がこっちを向いた。

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