第2話 悪意のこもった褒め言葉

ー耳がきんとした。ー


女の声にじゃない。 人間の声にだ。

そいつは長めの髪を真っ赤に染めた、なんとなく目付きの鋭い印象を受ける奴だった。

年は二十代の半ばか後半だろうか。

………理由はわからないが

無性に殴りたい衝動に駆られる。


女が俺の額に触れようとしてきたので、伸ばしてきた手を払い除け、睨みつけてやった。

「触るんじゃねぇ。」

そんな俺の吐いた毒に女は苦笑い。

えくぼを作って手を戻した。

「酷いなぁ。せっかく拾ってあげたのに。」

「誰も頼んでねぇよ。」

そう言うとまたしても女は苦笑いした。

気色の悪い。

阿呆らしい顔で笑うな。

やがて女は湯気の立ちこめる筒状の湯呑みを差し出してきた。

「喉とか痛くない? お湯だよ。」

「いらねぇ。」

その手も湯呑みごと躊躇なく払い除けた。

すると中身が溢れたらしく、視界の端で女は顔を歪めた。流石に切れるかと思ったがそんなことはなく、湯呑みをそばに置いて次の瞬間には高床式布団に頬杖をついている。

やれやれといった表情だ。

「キミ、家出でしょ。」

…まあ勘付かれてるか。

だが肯定してやる義理などない。

「だったらなんだよ。」

「ふふふ!開き直んないでよ〜!」

女の顔にはいつの間にか笑みが浮かんでいた。表情筋の忙しい女だな。


「どこから来たの?」

突然口を開いたかと思えば女がそう言った。それは数秒の間が空いてからのことだった。


…正直家のこととか色々…

あんまり思い出したくない…。


故に俺はだんまりを決め込むことにした。

すると程なくして

「あ……。…答えたくない…?」

と聞いてきた。

「………うん…。」

女からの質問はそれで終わった。

しつこく言及してこなかったのはありがたかったが、それ以上に女が俺を優しい顔で俺を見つめてきたことに思うことがあった……。


「そのお湯、飲みたくなったら飲んでね。」

そう言って女は先程まで座っていた椅子に戻り、造り付けになっている壁埋め机に向かって何かを再開。六秒ほどその後姿を眺め、

俺は再び天井を向いた。

幸か不幸かこうして屋根の下に拾われたわけだが、さてどうするか…。

どうやってここから逃げるかを考えなければいけない。これ以上人間と接触するのは懲り懲りだからだ。

しかし、逃げた後どうするかということも同じくらい考えものだった。

……数分考えたが妙案が浮かぶ兆しすらない。ちらっと女の背中に視線をやると、飽きもせず机に向かっている。 


まぁ、このお人好しを利用すんのも手か。


今だけ目を瞑ってやる。

暫く寄生してやろうっと。

俺は心の中でほくそ笑んだ。



かくして五分。

俺は気になったことがあり、女に声をかけた。偶然というのは不思議なもので、

女も丁度何かを言いかけたようだが、そんなのは知らん。 

なぁ。

「どうして俺を拾った?」

女は振り向かずに手を止めた。

虚を突かれたような間抜けな面でもしているに違いない。

「そら…、倒れとる子どもがおったら助けてあげへん訳にはいかんくない? とって食やしんで大丈夫やよ。 

それがたとえでもね。」





………………………は………?




「私も髪染めたことあるで分かるけどさ、生え際が地毛色になってくるのイヤじゃない? でもキミはそんなことないじゃんね。

…………。

ベタな金髪とかじゃなくて敢えて白ってのがしとんね。いいと思…


…え……? ちょっ!?

        痛ッッ!?!!!」



俺は布団から身を乗り出していた。


女が髪を揺らして振り向いた次の瞬間、

女の右頬に拳を振り抜いた。

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