第33話 なんとかしたげる

ーそしてしばらくして……。ー



「あ…」

「着いたぁー。」



凛央さんに後ろから抱きつくように掴まっていた俺は少し開けた場所に出たなと感じた。どうやらそこが目的地のようだった。


彼女と出会ってから何回目かの

もしかしたら十何回目かの感嘆は、



どでかくて四角い商業施設の建物によって

起こされた。


「こーいうとこ来るの初めてー?」

「…………うん……。」


俺としては、こんなに巨大な建物さえまともに見たことがなかった。

強いて言えばここまで巨大なのは山くらい。



大きな長方形の積み木を倒したような形の

建築が連なっていて、さながら田舎の人間が都会の街並みに言葉を失うかのような、そんな感覚に陥った。

やがて何十何百という、駐車されるなり

右往左往しているようにしか見えないような忙しなく出入りするなりの多くの車、

てくてく歩く人間共を避け、彼女は原付を

停めた。



「…はい。おつかれ。」

そう言って兜を外す彼女は大人っぽかった。

「労いは俺の台詞だよ。御苦労様。」

俺も兜を外した。





体内時計で言うとまだ四時くらいの感覚だ。


まだ空が赤みがかる気配がないし、過ごしやすいなと感じられるくらいには涼しい。


でも建物の内はというと鳥肌が立つくらい

冷えていた。

満遍なく冷房が効いているようで、不快ではないさっぱりとした肌寒さを感じながら、

う人間の数に驚いていた。

しかしよく考えてみれば、車の数からすれば妥当かと、勝手に納得した。




「よし、まずはどーしよっかなぁ。

私来るの久々なんだよねーここ。」


凛央さんが楽しそうに言う。

そして


よし、服買い行こう。 


と言うなり俺の手を引いてきて、店の羅列のうちでも、一際大きな区画に俺を連れて行った。




「いつまでも女物の服着さすのはカワイそーやからなー。」

そう言いながら凛央さんは、次々と籠に衣類を詰めていく。


「え?おい。俺そんな服着させられるのか?!」

「あ、これは私のー。」


「このピン…、

桜っぽい色の奴はアンタのだよ。」

「…そんなめすっぽい色じゃなくてもよくねぇか?どうせなら黒がいい。黒は好きだ。」

「ふふふ。色気ある男はこーいう色も

似合うんだよ。」


結局その店を何周もして買った物の合計は

「1万6900円になりまーす。」


結構な値段になった。

しかし彼女はたじろぐことなく

万札ニ枚と四百円を出して、釣りを受け取り、店をあとにした。



 


「わりぃな、沢山金かけちまって…。」


俺はぼそりと謝った。

いくら彼女が億の女とはいえ、やはり金をかけさせることには抵抗があったからだ。


しかしそれを聞いた凛央さんは愛らしく

微笑んでいた。

「ううん。そんなの気にしなくていいよ。」


そんな彼女の顔が可愛らしいなと

思うと同時に、まるで振り出しに戻すような疑問が俺の頭に湧いてしまった。

聞くのは野暮かとも思ったが、俺は聞いてしまった。聞いたことを即刻後悔した。



「凛央さん、あのさ。」

「ん?」





「……本当に…俺は、……。

…あんたに養ってもらえるのか……?」



昨日風呂場で彼女が俺に言ってくれたことは、ついさっきのことのように思い出せる。


『アンタを家に帰したらダメな気がする。』

『アンタは私が養ってあげる。』


おおよそこんなことを言ってくれた。


俺専用の服まで買い揃えるとなると、

いよいよ彼女が俺を帰す気のないということが現実味を帯びてくる。

彼女が俺を本当に受け入れようとしてくれると、信じつつある。




「……言ったやろ?」


彼女は沈黙を挟んで呟いた。

「アンタは私が養ってあげる、って。

ふふふっ。今更何を言っとんの。


アンタが腹割って話してくれたから、私はそれに応えるだけ。

帰りたくないなら帰んなくていい。

のりおのためだもん。


難しいことは全部。

 






絶対、私がなんとかしたげる。」


その言葉には、

己に言い聞かせるかのような決意が込められているような気がした。

そして、それが俺を想っての言葉だとも

ひしひしと伝わった。


それは彼女の目に宿る、

太古の名だたる刀工が手掛けた、国宝に

数えられるような銅剣の如き光を見れば明らかだった。

いつだったか、彼女の彫りの深い顔に怨念が宿っていると感じ、たじろいだ事があった。

凛央さんは感情がつらに出やすいんだなと、この時初めて思った。



彼女は俺の手を握ってきた。

恐らくは人目をおもんばかっての貝殻繋こいびとつなぎだったが、仮に二人きりだったらば抱きしめてきていそうな雰囲気だ。

俺は心がじんとさせられた。




大丈夫だよ。」





最後に凛央さんは、俺を元気づけるように

そう言ってくれた。

その言葉にも底知れない彼女の思いや、

幾重にも成る真意が、隠されている気がした。







でも俺は


未だ何も、その表面にさえも


気づけていない。


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