第40話 終焉
ー「ごめんねのりお。
私…………絶対負けないから。」ー
ガタン
ガタン 俺は目を覚ました。ガタン
…………ガタン…………首の痛みで。
体が揺れている。
いや、俺を取り巻く世界そのものが揺れている。
ここはどこだ。
しかし、俺の左肩から右腰にかけてを固定している灰色の帯には見覚えがあった。
シートベルトだ。
俺は車の助手席に乗せられているようだった。
運転席には…
……顔を見るまでもないか。
その人物の二の腕には白と黒の入墨が入っていた。
この状況で凛央さん以外ありえない。
まだ寝惚けてるな…。
頭で状況を飲み込んだあと、いの一番で頭に浮かんだ凛央さんの顔。
…凛央さん………
………凛央さん………?
思い出した。
そういえばなにか夢を見ていた。
凛央さんが眠ったのを見届けてからさっき
までにかけて、大切な夢を見ていた気がする。
その夢が時間をかけて頭の中で徐々に形を成していく。
頭の中で引き伸ばすようにして記憶を辿り
内容を思い出す。
それは決していい夢とは言えなかった。
その夢には凛央さんが出てきた。
ぼんやりではあるが、赤髪で背の高い女性が俺の視点の前を歩いている。
凛央さんで間違いないだろう。
彼女は泣いていた。
泣きながら俺から遠ざかっていく。
俺の声がした。
「いやだ。」
そう連呼している。
でも彼女は足を止めない。
依然として涙も止まっていない。
……あ……
やっと凛央さんの足が止まった。
そんな彼女の行く末に、白い羽が二つ落ちた。
凛央さんがそれを拾い上げる。
俺は「助かった」と思った。
凛央さんが振り返る。
俺を見つめてきた。
その直後
俺と凛央さんは目の化け物に喰われた。
間違いなくこんな内容だった。
そこから先はどうやっても思い出せない。
もしかしたらそもそもその先を見ていないのかもしれない。
でもその先がある気がしてならない。
どういうことだ、と思うだろう。
なんなんだあの羽は、と。
どこから目の化け物が出てきたんだ、と。
五月蝿え黙れ。
そんなの俺が今一番知りてぇんだよ。
そもそもあれが本当に目の化け物かどうか
さえ正直怪しい。
でも、あれは目の化け物だ。
そうなぜか確信している。
くそっ。
思い出そうにもなかなか思い出せず、頭を使いながらイライラしている内にすっかり覚醒していた。
その瞬間
「おわっ…!」
俺は車に乗っているということ思い出すとともに、赤信号で止まった車の慣性に驚かされた。
車に乗るなんてやぶさかじゃなかったからな。えらくヒヤッとさせられた。
その拍子に上げた俺の間抜けな声。
そのせいで車を運転している人物に俺が起きた事を知られてしまった。
「お、おはよキッズ。」
………、え……?
俺は耳を疑った。
凛央さんじゃない、………?
運転席にいたのは裕美さんだった。
まて。じゃあ凛央さんは……?
急に背中が冷たくなった。
なんで?なんでアンタなんだ?
だって、確かに入墨が……。
………まて……。まてよ……。
凛央さんの二の腕の墨は薔薇の茎、即ち
緑じゃないか。
白と黒じゃない……。
彼女の腕にも墨が入っていた。
不気味な猿の柄だった。
「よー寝たね。もうちょいで着くよ。」
は?どういうことだ?
「……俺は…?」
「ん?」
「俺はどこから出発して、どこに向かってんだ……? いや、それより凛央さんは…?」
敬語は忘れていた。
この人には敬語だというのをすっかり忘れていた。いや、寧ろどうでもよかった。
凛央さんはどこだ?
「なにぃよぉ。凛央のことばっかやーん。
なに2人して惚気てるんだよぉもぉ。」
「………」
「あ、あとまた敬語忘れたな?」
黙れよっ!
俺は叫んでいた。
彼女がおどけた口調で話すばかりで俺の
質問、もとい凛央さんについて話さないのにイラッとした。
目を少し剥いて驚いている彼女の顔を睨みつけて、ドスの効いた声で告げる。
「一秒でも早く話すんだ。」
ここで俺に説教を垂れるようなら殴ってやるぞ。
そんな心づもりだった。
彼女は車を停め、電動で窓を開けた。
……何をもったいぶってんだ。
そして鞄から煙草を取り出し、徐ろに火を付け、大きく二回煙を吸って外に吐き出すと、やっと口を開いた。
「今日はね。凛央夜まで帰らんのやと。
やで私の借りとるアパートで面倒見たってって言われとんの。
見た所、まだアンタは子どもやからな。
留守番は可哀想やでさせられんって言っとったよ。
……なんか早とちりしてない?
そんな言い方は無いやろ。」
裕美さんは俺の睨むような顔が気に食わなかったらしく、言い返してきた。
そういうことか、と思った。
それと同時に、少し安堵もしていた。
……本当に早とちりだったか…
でもまぁ、それならまた凛央さんに会える。
…悪いことをしたな…睨んだり叫んだり…。
裕美さんはまだ俺を睨んでいる。
俺は謝ろうとした。
その瞬間、どこからか声が聞こえた。
「ごめんねのりお。
私…………絶対負けないから。」
裕美さん
でもそういえば昨日…。
朝飯の準備をしといてくれて昼頃には帰るって、俺に留守番をさせているじゃないか。
……まさか言い訳……?
凛央さんは裕美さんにも嘘を…?
俺は心臓の拍動が早くなっていくのを認めた。
息も徐々に荒くなっていく。
胸に手を当てた。
しかしなぜか拍動が上手く感じられない。
服に手を這わせて直接胸に手を当て直す。
すると中指の付け根に違和感を感じた。
「…アンタなんとか言い…
なにそれ……は?!
アンタそれキスマーク??!」
その違和感の正体は赤い腫れだった。
唇のような形で綺麗にぷっくりと腫れている。
「キスマーク……?」
キスマークが何なのか分からない俺をよそに裕美さんはわなわなしている。
俺は今すぐにでも誤解を解こうとした。
でも、それより先に真意が分かったような気がした。
「ごめんねのりお。
私…………絶対負けないから。」
このセリフの真意。
凛央さんは俺の心臓が温かいと言った。
そして顔を擦り付けた。
愛おしいと思ってくれたのかもしれない。
それゆえに、跡がつくくらいキスをして
愛情を慰めたのかもしれない。
俺は胸が熱くなった。
負けないからだと?
なにに?
もう分かってんだよ。
あの黒い車の正体だろ?
そんであの車の正体も分かってるぞ。
勝輝だろ。
俺のクソ親父。
要勝輝が寄越した人間だろ。
………俺を……
……………連れ戻しに来たんだろ。
彼女は、
凛央さんは、
俺を養うと言った。
いや、それだけじゃない。
これからは養い続けてやると言ってくれた。
きっと昨日の夜、車越しに何か言われたんだ。
そしてそれが揺れたのかもしれない。
それ故の、負けないという決意か。
ではなぜ勝輝が俺の居場所や凛央さんを知っているのか、それがスーパーで感じてた
あのきしょい視線の正体だろう。
「アンタ…なんとか言いよ。」
裕美さんが俺に発言を急かす。
でも、俺は何も答えられなかった。
その代わりに一言だけ言った。
「…引き返してくれ。」
俺は裕美さんの目をまっすぐ見て言った後
深々と頭を下げた。
「引き返してください。
凛央さんのとこに…戻してください…。」
裕美さんは何も言わない。
もしかしたらまだ怒ってるのかもしれない。
ぽすっ……。
頭に柔らかいものが触れた。
それは裕美さんの手だった。
前にもこんな感覚を味わった気がした。
「………何があったの?」
裕美さんはそう言った。
その表情は、先ほどまでの怒りを感じさせず
ただただ焦る俺と、大切な友人を案じている
だけなんだと語っていた。
俺は詳しくはまた話すと言って、いろいろ
かいつまんで要点だけまとめて説明した。
黒い車のこと、
凛央さんの様子がおかしかったこと、
そしてクソ親父のこと、
裕美さんが興奮気味に煙草を吸う手を止めたのは車の話でだった。
彼女もそれらしき車を見たという。
俺はやはりつけられていたんだなと確信した。
「改めて頼む。引き返してくれ。」
裕美さんは煙草をもみ消した。
「思えば、確かにさっきアンタを迎えに行った時の凛央の様子もおかしかった。
なんか…アンタを惜しむみたいな……。
でもそれよか、凛央に戻ってくるなって
言われてるんだよね。なんか切羽詰まって感じで。
それだけ怖いかな。
もし戻ったら、凛央との友情が壊れちゃう気がして。」
裕美さんは目を伏せた。
俺はそれに何も言うことができなかった。
しかし、裕美さんはすぐにレバーに手を
かけると車でもと来た道を戻り始めた。
「でも、アンタが凛央んとこに戻れば
何かが変わるかもしれない。
多分私もこのままじゃまずいと思う。」
それから約五分。体感七時間。
俺は凛央さんを想いながら車に揺られた。
凛央さん凛央さん凛央さん。
頼む、まだ間に合ってくれ。
角を曲がり、あの平屋が見えた時は既に
喉を鋭くて冷たいものが通っていくかのような不安感に押しつぶされそうになっていた。
「私、ズルい人間だからさ。
………私は何も知らない。
戻りたいって駄々こねたアンタは止める私を無視して、アンタは車の窓から飛び出して
ここまで走ってきた。いいね?」
そして少し離れた脇道で車が止まるなり
俺は頷いて車を飛び出そうとした。
しかし、すんでのところで二の腕を掴まれた。
俺は調子のいいことにそれを煩わしく思ったが、裕美さんはまっすぐ俺を見つめてきていたのに気勢を削がれた。
「……なんかあったら叫んで。すぐ私も飛んでくから。」
そのセリフには、俺をここまで連れてきた 彼女なりの覚悟が秘められているような気がした。
俺はやっと車を出て、冷たい外の空気を
肺に取り込みながら平屋を目指した。
体力には自慢があった。
「はあ……はあ…はあ…」
でも足が思うように動かない。
早く着きたいのに着けない。
そしてようやく玄関まで来た。
でも俺は絶句した。
「ぃ…っ……は………」
彼女曰くその平屋は築が新しいらしい。
玄関のそのドアは決して脆くない。
にも関わらず
そのドアは蹴り破られおり、ぎぃぎぃと
乾いた音を立てていた。
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