第20話 慣れることに慣れるな

ー 凛央さんのつり上がった目は大きく

見開かれていたが、それに対し

口はぽかんと半開きになっている。 ー




「え…?え? え? え…? え…?

 嘘でしょ…?…え…?うそでしょ……?」


凛央さんは消えてしまいそうなか細い声を

発した。

その真意は汲み取れなかったが、にわかには信じられないといった様子だろうか。



日本人で地毛が真っ白というのは。



まぁ信じられないのも無理はない。

こんな事信じろという方が難しい。

もしかすると、自分の髪にかこつけた、単なるでたらめだとでも思われているかもしれない。



だが、『事実は小説よりも奇なり』

これは英国の詩人の言葉だが、俺と凛央さんの出会いがこれを物語っているように、これはあながち間違ったことではない。

この世には摩訶不思議な事象が幾つもある。

もちろんそれは大衆に対して起こり得ることもあるだろうし、俺や凛央さんの出会いのように個人間で起こり得るものもあるだろう。



俺は地毛が白髪であることを





どぉしても凛央さんに信じてほしかった。


当然躊躇ったが、信じてもらうにはこれしかないと思い、羞恥を捨てて決意した。







俺は下半身に履いているものを全て下げた。


「ちょ…?!っ、……あっ…………」



凛央さんの眼前に俺のちんこが晒される。



なにも頭髪のみが白いだなんて都合のいい

ことがあるはずがない。

俺は幸い腕や脛の毛は薄い体質だったし、眉毛もまつ毛も剃れば何も問題なかった。

だが、陰毛はそうもいかなかった。


だからさっき風呂を躊躇ったんだ。

股間を見られるのは嫌だった。




俺の陰毛も髪同様、真っ白だからだ。





「これで信じてくれるか?」

凛央さんは俺のちんこを見つめながら

顔を赤らめるでも何を言うでもなく

ただじっとしているだけだった。


俺は下履きを上げた。


いきなり汚ぇもん見せて悪かったな…

と後悔し、謝ろうとした。

陰毛を引き抜くでもよかったのに…。




だが俺が謝るより一瞬早く、凛央さんは

俺の右手を両手で握ってきた。


「…ごめんね……」

……え…?


「…なんであんたが謝るんだよ?」 

凛央さんはぽつりぽつりと空から落ちる

降り始めの雨のような声でこう言った。


「私…はじめ……、のりおのことっ…

普通に不良だって決めつけちゃってた……

まつ毛も眉毛も無かったし…、私っ……

アンタの事情も知らないで……ごめん……

ごめん……。ごめんなさい………。」


その声は途中で震えだした。

それは何かに対して葛藤をするかのような、

自分を抑えるかのような響きを帯びていた。


「…別に…もう気にしてねぇよ…。

そら、生まれつき髪が白いなんて普通

思わねぇだろうよ……。

殴ったのも…悪かったし……。」


俺がそう言っても凛央さんは顔を上げてくれなかった。

「……信じてくれたか…?」

凛央さんは間を開けて、頷いてくれた。



「……うんっ。信じるっ……。

のりおがそう言うなら、信じる……。」

そして

「そりゃ…人間嫌いになっちゃうよね…。」

と付け加え、再び俺を抱きしめてくれた。



「ただでさえ髪が色ついてることすら世間

からの風当たり強いのに…。子どもともなるとジロジロ見られたり、珍しいものを見るような目で見られるやろうに……。

アンタは……ちっとも悪くないのに……。

アンタが選んだわけじゃないのに……。」


凛央さんはひたすら俺に感情移入してくれているようだった。

それが俺の描いていた理想の母親像と

重なり、再び涙がこみ上げてくるかと思ったが、惜しいことに泣けなかった。

ほんの一瞬、泣きたくなったら凛央さんが甘えさせてくれるこの現状に慣れてきてしまったのではと思った。しかし、飯屋から今まで水分を取っていなかったため、水分不足により涙が枯れてきているのだなと理由が分かって安堵した。そういえば喉が渇いたな…。



でも今は俺は凛央さんの言葉を享受し

噛み締めるのに集中した。


だが勝手なことにその集中も長くは続かず

これまでの人生で最も色濃かった今日の

出来事を瞼の裏で記憶に焼き直しながら



俺は…………………

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