第49話 摂理

ー「あーあ、後味わりぃ。」ー



だから聞くなって言ったんだよ。




監視者はそら見ろと言わんばかりの顔で

ため息をついた。


「だから申し訳ねぇけど、親父さんとはいえ、警察はこいつを悪人として手錠をかける。それが君らの眼前であっても。」



さっきまでのふざけた調子とは一変、すらすらと明瞭に言葉を紡いでいくこの謎の男を見ていて、こいつも俺たち子供とは違って

凛央さんと同じ部類であるなんだな、ということを漠然と感じた。


ももとえこは今聞いたかったい事実を、飲み込みやすいように頑張って噛み砕こうとしているように見えた。

でも、ももに至っては黒目が左右にゆらゆら揺れていて、とても平常には思えない。

きっと全てが上の空なんだろう。


そんなももをどう捉えたか、監視者はやがて口を開いた。


「…やり場のねえ怒りが溜まるんなら

勝手に俺でも恨んどきゃいい。

調べたのは俺だ。全部俺一人で調べ上げた。だから俺はこいつを連れていく。

こりゃ当然の摂理だ。

もちろん、異論はないよな?」



「「……………」」


さながら疑いようのない正論を振りかざされた二人は、これに頷かざるおえなかった。




それを見た監視者は満足そうに頷くなり、どこかに電話をかけ始めた。


「もしもし。俺だ。 …うるせえよ。

…おう。今から送る住所に来い。

んで、ソウスケとリュウセイも連れてこい。車は3台な。

…あぁ。大至急だ。」


そして手短に話をして電話を切った。


「長女ちゃんと次女ちゃん。」

突然呼ばれた二人は同時に顔を上げた。


「車を用意する。今から静岡に帰れ。

今日の出来事はいろいろかいつまんで、俺がお母さんに説明をする。


その代わり一つ条件を呑んでほしい。


俺がお母さんに説明をする時、一言も口を挟まないでもらいたい。

頼めるな?」


その言葉には、有無を言わさぬ凄みが秘められていたように思う。

その言葉の真意は分からないでいたが、何かをしようとでもしているのだろうか。

そんな事を考えていたら、いつの間にか監視者の視線は、まだ気力の回復しきっていない凛央さんに向いていた。


「お姉さん」

「…はい。」

「腕の立つ清掃業者を知っている」


監視者はそれだけ言うと、ゆっくり部屋を見渡した。


「こんだけ荒れて血が飛び散ってるとなると

掃除すんのは簡単じゃない。

民間の企業に清掃頼んでも血痕処理となると扱ってもらえねぇだろうし顔の利いているところの方が良いはずだ。


当然費用もこっちで負担する。



てことで半日この家を空けてもらいたい。

安い所ではあるがホテルを取ろう。

そこに移ってもらえねぇか?」



きっと監視者の言うことはもっともなんだろう。改めてみると結構悲惨な状態だ。


椅子にも机にもソファーにも、破損や傷を作ったものがある。


相手が警察とはいえ自分の家を半日空けるというのは本来抵抗のあるものだとは思うが、凛央さんはこれに色よい返事をした。



しかし、凛央さんにも一つ条件があるという。






「…のりおも…一緒ですよね…?」




 



それを聞いて俺の胸は、じんとあったかくなっていった。 


何故か一瞬考える素振りを見せた監視者だったが、やがて小さく頷くと、凛央さんは力無く笑った。


「清掃のお金…あんまり高いようでしたら

遠慮無く請求してくださいね。

…そこまでしていただく義理なんかはありませんので。」


「いやいやいいんだいいんだ。カッコつけさせてくれ。」


監視者はここでやっとまた、表情を緩めた。



「…はぁぁあ………。……よっしゃ。

…やっと一仕事終えたって感じだせぇ…。」


そんな事を言いながら、首の骨を鳴らして体を伸ばしている。



そしてまたこんな調子の外れたことを言い始めた。


「じゃ、あと5分くらい待っててくれな。

一応なんか質問あるか?

好きな食べ物とか色とかなら答えるぜ。」



聞いときたいことなんてごまんとある。

でもきっとそれは、ももとえこの方だ。


けど二人は依然として黙ったまま。 


心無しかさっきより父親勝輝を未練がましく想う様子は薄れたように見えたが、きっと俺には想像もしえない何かを考えているに違いない。




俺なんかよりずっと大人びた二人のことだ。






「監視者……………さん。」

「お、なんだい長男クン。

おっと…ット。…長男呼びは嫌いだよな?」


……なんでそれも知ってんだよ。

でもそんなことより、俺はどうしても聞いておきたいことがある。




俺は監視者の顔をじっと見た。

存外古風な顔をしている。 

しかしその瞳孔は明らかに











人間と比べて猫のように長細かったように思う。










「アンタは人か?」











この男は〝監視者〟という自称を裏付けるように、なぜか自分が居合わせていない場のことさえもまるで筒抜けなのだ。

人ならざる者と対峙したような不思議な気色を与えてくる所も加味して、この質問が適切だと判断した俺は、そう直接訊いた。










「そういうお前はどうなんだ。

お前そうやって言われたことがあるんじゃないのか?」








それが奴の回答だった。




俺はそれを聞いて大きな手応えと確信を持つと共に、一つの出来事を思い出していた。





子供の頃、あれは八歳の時の冬。


俺は非公式の剣道の大会に出向いていた。

使うのは流石に木刀だが、兜はナシなのに

蹴りはアリ。

そんな無茶苦茶なルールだった。



その上相手は子供ではなかった。

明らかに武術の研鑽を積んだ

目つきの引き締まった大人ばかり。 




「全員殺す気で戦え」




俺が勝輝に言われていたのはそれだけだった。



「はい。」



そう答えた俺は、一人につき二分のペースでまるで機械が物を生産していくように大人を負かしていった。


三十を超える数の大人がいたように思う。

その中に居た子供は俺だけ。

でもそこに、俺に勝てる大人は居なかった。






俺がこてんぱんにしたある男が言った。







「化け者が。」




 






恐らく、それさえも奴は知っている。

もっと言うならあの場所に居たのかもしれない。






俺の血はイカれている。








きっとこいつの血も俺同様イカれてて、俺の剣技ののように、特別なを持っているんだ。








  


ピンポーン









ここでタイミング良くインターホンが鳴らされた。


ドアが壊されてんのに行儀良くインターホンを鳴らすなんて、律儀な警官がいたもんだ。

どっかの奴とは大違いだな。

 



「さ、お時間だ諸君。」




そうして俺たちは外に出ることになった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 









外で待っていた警官三人は、予想通り破られたドアを前に怯えたような顔をしていた。


「おーい。ぼけっとすんなお前らー。 


長女ちゃん、次女ちゃん。

このカーリーヘアの姉ちゃんが運転してくれるからなー。シマウマぐらい気性荒いから

怒させねぇように頼むぜ。」


そう言ってせっせと二人を薄い青のデカい車に乗せた。


ももは乗り込む直前に凛央さんに頭を下げた。えこは今だに流している涙を舌で舐め取ることで、悲しみを紛らわせていた。 



「奏美」

「……はい?」

ここで車に乗り込もうとしていた女性警官を呼び止めた監視者。

「後で俺も向かう。

ナビに入れてある静岡の公園まで運転してくれ。あと、道中で昼飯を食わせてやるんだ。二人とも朝から何も食ってない。

お前の技量を用いて二人を和ませられれば

要らねえとは言わねぇはずだ。」


「…あの子たち…何があったんですか…?」


「…大好きだった親父が悪人だったんだよ。」




それを聞いた女性は小さく頷いて、なにかを想うような目をしたまま車に乗っていった。




「…ようし、宗佑そうすけ。」

「は、はいっ。」

「お前は中でくたばってる男を連れて本部まで行け。そいつ後部座席に寝かせたまま、俺が来るまで駐車場で待ってろ。気絶してるから起きねぇし、まぁそんな重いやつじゃないから大丈夫だ。いけるな?」

「…はいっ。」


そうして2台目の車も発進した。



「さ、隆聖りゅうせい。お前は…」

「……ゴクッ……」



「こちらのお姉さんとお子様を5丁目のホテルまで連れてくんだ。」


「…………え……?俺だけなんかしょぼ…」 

「事故でも起こしてみろ。どんな理由があろうと東京湾に沈めるからな。」


「は、はひっ!スーパー安全運転でいかせていただきますっ!!」



監視者の鋭い眼光が男性警官を襲った。

それに畏怖した彼は、逃げるようにして運転席に乗り込んでいった。




「…じゃあな。とりあえずお別れだ。

お姉さん。長男クン。」


「「………」」


俺は返す言葉が見つからず押し黙ったが

どうやら凛央さんもそのようだと思った。


後部座席のドアを開けて凛央さんに乗ってもらおうとした。


でも、直前に凛央さんはこう言った。






「…もう、終わりでいいんですか…?」





なんだか久しぶりに凛央さんの声を聞いた気がした。まぁそれはともかく、。

彼女の言葉の真意を汲み取ると


〝もう休んでもいいか〟


ということだと思われる。



…凛央さんは俺のために泣いて、怒って、体を張って、俺を護ってくれた。


俺としては…もう十分だよ………。





しかし、どうやら監視者は気を利かせた言葉を吐くのが苦手らしい。



「…それはわからねぇな。保証しかねる。

あんたらが幸せに暮らし続けるには、まだまだ試練が続くだろう。」



でも、奴はこうとも続けた。












「でもまぁなんだ。

とりあえずデカい一区切りがついたんだ。

なにかご褒美があってもいいと思うぜ。」









凛央さんはそこまで聞いて微笑んだ。


それは、滲み出る安堵を肌で感じるような微笑みだった。




「…おい。長男」

「…?…な、なんだよ…。」



凛央さんが車に乗ったのを確認した監視者は、俺に近づいてきた。

 




…んだよ。近いぞ。





そう言おうとした。

だかそんな言葉はすぐに引っ込むことになる。

監視者の口から突然語られたとんでもない内容に、俺は心臓の鼓動が急激に早くなっていくのを実感した。










「これは内緒だがな。









実は勝輝は何もやっちゃいねぇ。」













…………は……?





「お前にだけは話してやる。

俺は作り話をして、お前の妹達を騙してまで

勝輝を陥れたかった。


その理由は他ならねぇ、お前とが関係を築く時間を確保するためだ。


お前がに足取られてて、に居ちゃあ、話が進まねぇんだよ。」




「…………は……?

…ど、どっ……どういうことだ………?」





「そのままの意味だ。

俺には俺のってもんがあんだよ。

この場合の目的の1つは、勝輝を無力化してお前と凛央ちゃんに時間をもたらすことだな。


勝輝はもう邪魔なんだよ。

あの作り話をしてもなお、妹たちが勝輝を見放さなかったことには驚いた。本当はあいつが凛央ちゃん家のドア蹴飛ばす前に射殺すんのも手だなって考えてたんだ。


しかしまぁ、奴はお前をここまで運んでくる片道切符に過ぎなかった、しがないゴミ人間だと思っている。


ゴミはゴミ箱へ。

こりゃ紛うこと無き摂理に他ならない。」






「……は、話が見えてこねえ…。

…そ、そもそも、……それなら…お前の目的ってのは……?」



…まずい…混乱させられてばかりだ……。

言葉がつい稚拙になってしまう。





本当にこいつは……何者なんだ……?






「それを明かすには早えよ。

ま、俺達はいずれまた必ず出会うだろう。

時が来れば話してやる。




…いいのか。凛央ちゃん待たせてるぞ。」








あ、…凛央さん………。




俺は監視者にだきあげられ、半ば無理矢理車に詰め込まれた。



監視者…奴が一体何者なのか。

余計に見当がつかなくなってしまった。


「じゃあなぁ。また会う日までサラダバーだ。」




結局最後でもふざけた監視者を置いて

車は俺たちを乗せて動き出した。



「あ、あの……」

 

発進してすぐ、警官に声をかけた凛央さん。


久しぶりに凛央さんの声を聞いた。 

その心地良い響きは俺の脳を痺れさせ、考えるべき監視者の言葉を早くも忘れかけさせた。



「…?はい?」

警官が応じる。



「…すみません…。…………、

…寝かせてもらってもよろしいですか…?」


「あぁ、どうぞお構いなく。

20分くらいかかりますんでね。ごゆっくりなされてください。」



「……はい…。ありがとうございます…。」


 

「…ごめんねのりお。肩借りちゃうね…。」

程なくして凛央さんは、俺の右肩に頭を乗っけてすうすうと眠りについた。

よっぽど疲れがたまったのだろう。 


……イヤ…。きっと昨日は、不安で寝られなかったに違いない。

それ故に…眠たくなったのかもしれない。


……もう……ゆっくり休んだらいいよ…。







よく見れば彼女の長袖の左腕に、白っぽくてカサカサしたものがついている。




「あ……」




それは勝輝が吐いた唾だった。


その跡が俺に、凛央さんを巻き込んだという事実を改めて知らしめた。




俺が無力なばかりに、凛央さんを盾にしてしまったことを痛感した。








…これからは……俺が凛央さんを護んなきゃだめだ。

…もう凛央さんを危ない目に巻き込めない。










俺は躊躇うこと無くカサついた唾を指でこそげ落とした。

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