第24話 昼ごはん

ー「えっ、あ、ご飯食べたばっかなの?」ー



約三十分後。

凛央さんが作ってくれた昼飯は

白飯と、春雨入りの汁と、白身魚の煮付け、

食べ易く切ってある、よく熟れた赤茄子とまとだった。


「もうちょい早く言ってくれたら良かったのに。お腹減っとる?食べんのもう少し後にする?」

「いや、どれも美味そうだから今がいい。

……食ってもいいか?」

「そう…ならいいんやけど、」



ぱちんっ。

「「いただきます」」


まず初めに汁を啜った。

箸を並べ、湯呑みに茶を注いでいた俺は

凛央さんが左足のかかと内腿うちももに付け、体の平衡感覚を保ちながら面倒を見ていたこの薄い橙色の汁の香りからくる食欲に、ずっと唆られていた。


ずずっ……おっ……。美味ぇ……………。


野菜と肉の出汁が溶け込んだであろうこの

奥深い感じ。甘いようなしょっぱいような

優しい味わい。極めつけは心地よい喉越し。

俺は玉ねぎや人参、主役のはずの春雨など

の具の存在を忘れ、汁だけ飲み干してしまった。


ごとんっ。 

「…えっ、スープだけ??

ふふふ。そんな美味しかった?」


凛央さんが楽しそうに聞いてくる。

自分の振る舞ったものに夢中になってもらえるのが嬉しいんだろう。

これを無償の愛と言うんだろうな。

…ありがたいな…。


美味いもんが食えて凛央さんが居てくれて。

幸せだなって自分を達観視をしてしまう。


「おかわりあるよ。まだ飲む?」

「うん。貰おう。」

凛央さんは俺の皿に鍋の中身をよそってくれた。


さて、魚にも箸をのばしてみよう。

ほろほろと崩れる柔い身。

こちらは淡白な見た目に対し、味はがつんと濃かった。

白米とよく合うし、全くもってくどくない。

なにより温かくて手作りだって感じがよく

伝わってくる。


そして赤茄子。

これも箸休めにしては絶品すぎた。

ふりかかっていた緑の香辛料の程よい塩味と辛味が、赤茄子の酸味を上手くまとめていてついつい手が伸びてしまう。


結局、白米をもう茶碗一杯分と魚を半切れ

おかわりしてしまったが、あっという間に食べ終えてしまった。



「ご馳走様でした。」

凛央さんは目を細めて微笑んだ。

「洗い物はするぜ。全部すげえ美味かった。

ありがとう。凛央さん。」

「ほんと? じゃあ甘えちゃお。」


そして俺は冷えた水で食器を一通り流し

泡を擦り付けてから再び洗い流し、網状の箱に立て掛けた。 






時刻は昼の二時前。

凛央さんは昼飯を終え、その部屋の窓際に机で踏んで敷いてある白と黒の絨毯に寝転がっていた。

それを見て猫を連想したが、俺より体がでかい猫は見たことはないし、程よく肉の付いた太腿ふとももが二本伸びている。きっと猫は人間に助平心すけべいごころを働かせたりしない。

だらしないとは思わなかった。

不思議と背中を擦ってやりたい衝動に

駆られたが、結局俺は彼女の頭から少し離れた所に胡座をかいた。

「あったかーー。気持ちぃー…。」

たしかに、殆ど開いている窓から差す光と

柔らかいような外の空気が気持ちいい。


思わず大きな欠伸をしてしまった。


「のりお…。疲れちゃった。昼寝も視野だよねえ。」


そうだった。

凛央さんは今朝出掛けてたんだった。 


「疲れたんなら寝ればいい。

起こしてやるよ。」

「…のりおは寝ないのー??」

凛央さんは今にも眠たそうなとろんとした

目で俺を見つめてくる。 


その顔がまたしても猫を連想させた。


しかも愛嬌のある、発情した猫。




低俗な俺は誘われているのかと一瞬思った。

だが、この人の前で性獣にはなる気か

と自分を戒める。


俺は手を打つことにした。

「そういや、何してたんだ?朝から」


奥義・話題を逸らす



「んー。絵ぇ届けてたぁ。原付きでー。」


なるほど。

実質仕事だったというわけか。

「どんな絵を届けてたんだ?」

「見るー?写真ならあるけど。」

凛央さんは携帯電話を取り出した。

短い爪とよく手入れされた綺麗な彼女の手の指が滑らかに動いている。


「ほい。これ。」



「わあっ………。」






それは。



大海へ墜ちていく ろけっと の絵だった。




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