第16話 癒えることのない空腹感

 小鳥がさえずり、朝日がうっすらと辺りの野原を照らす。


「おはようございまーす」

「うお、なんだなんだ」


 レトは耳をつんざく声に驚き、飛び起きた。

 周りの仲間も動揺を隠せていない。


「ほらほら、昨日の夜に話したでしょ。さっさと起きて旅支度するぞ」


 デレクに急かされた一行は、眠気が伴った状態なのか、ゆったりとしたペースで動き始める。農家育ちだから朝には強いはずだが、昨日までの疲れが取れていないせいで覚醒が遅い。

 支度を完了させて、すっかり瓦礫になった宿『ビアヘロ』から離れる。

 間道に出た仲間たちは、デレクを先頭にぞろぞろと歩き始める。

 先頭のデレクが唐突に歩みを止めて、こちらを振り返った。


「早朝に出たのには理由がある。その理由を説明する前に、清潔な布を足に巻いてくれ。重ね着してる下着とかでも清潔であればいい」


 デレクの指示通りそれぞれ足に布を巻きつける。


「用意ができたみたいだな。じゃあおれのあとについて来てくれ」


 そう言うと、デレクは道路沿いを外れて草むらの中をわざわざ突き進む。

 レトはソーニャと顔を合わせ、ともに苦笑いを浮かべた。

 デレクに続いて草むらを前に進んでいると、朝露に濡れた草の影響で、ズボンがびしょびしょになっていた。


(なるほどな……デレクの意図が読めた)


 しばらくすると、草むらを抜けて間道沿いに戻ってくる。


「じゃあ一旦ストップ。足に巻きつけた布を取ったら、順番にこの布袋に絞り出してくれ」


 十人が水分の含んだ布を絞った結果、布袋には水嵩が半分になるくらい注がれていた。


「どうだにいちゃん、この方法を繰り返せば水の心配はいらないだろ?」 

「マジで助かったよ。ありがとうデレク」

「へへ、よせやい。ただの雑学だって」

「普段からそのくらい真面目やったらええのに」 


 そうデイジーから言われたデレクは、「はっ」と我に返る。


「まずい、このままだと俺のイメージが崩れてしまう。こうなればあれをやるしかない。いくぞ————おっぱいおっぱいおっぱいおっぱい……」

「——デレク、次にその単語を言ったら……もぎますよ?」

「おっぱ……パンが食べたいな〜なんて」


(いまソーニャ、もぐって言わなかったか? 超怖いんだけど)


 レトは自分の身に降りかかることを想像し、下半身のあの部分がヒュンとなった。


◇◇◇◇


 ヴェルデ村の一行は、レトとソーニャが先頭に立つ、カーディグラス城を脱出したときに組んだ隊列になって、歩を進めていた。  

 集団の足取りは目に見えてゆっくりだ。というのも、年齢が低いフェイ、テッド、エドは体力が少ないため、彼らのペースに合わせないと、置いてけぼりにしてしまうからだ。

 デレクのおかげで水問題は解決したものの、食料問題は依然として課題が残っている。

 ここにいる者たちは狩猟の経験が誰一人としてないので、木の実やキノコ、野草の採取で食い繋ぐしかない。 

 しかし、歩き続けるにはエネルギーがほしい。肉、魚、パンなどの主食を取り入れたい。

 さしあたっての目標は、最寄りにあるフォルティスの村を訪ねて、食料を分け与えてもらうことに決まった。


◇◇◇◇

 

 『ビアヘロ』を出た初日と二日目は仲睦まじい様子だったが、三日目ともなると言葉数も減る。

 ズボンの裾を掴んだフェイが、上目遣いで質問してくる。


「レトおにいちゃん、あとどのくらいでつくの?」

「明日の昼までにはきっと着くよ」


 この会話も仲間たちと何度となく交わした。

 休憩を取っても疲労感が抜けず、足腰の痛みを訴える人が増えてきた。レト自身も全身にのしかかるようなだるさが、ずいぶんと前から続いている。

 森や野原で食料を採取しても、十人分の量は賄えず、空腹感は癒えない。


(白魔術ではどうにもならないし……)


 白魔術の主たる効能は外傷の治癒であり、空腹を満たす機能はない。 

 仲間には申し訳ないが、頑張って歩いてもらおう。それ以外にこの苦痛から解放される手段はないのだから。


◇◇◇◇


 見つけた貧民宿で夜を過ごし、再び朝を迎えた。

 宿に食料の備蓄があるわけでもなく、睡眠の質が上がったとて、みんなの不満は残ったままだ。

 宿を離れ、間道を進み出す。

 見渡す限り変わり映えのしない自然にも飽きがくる。

 これまですれ違ったのは数人の浮浪者だけだった。こんなご時世だから、巡礼者や行商人は各地を行き来しづらいのだろう。

 

◇◇◇◇ 

 

 しばらく歩き続けて、自然と足取りが軽くなるのを感じる。

 それは、ようやくこの言葉を言えるから……。

 この日をどれほど待ち望んだことか……。


「——みんな! もうすぐ着くぞ!」

「え——? おおおおお!」


 何人かが驚きや疑念の声を上げたあと、一斉に歓喜した。

 沈み切っていたデレクが、隊列の先頭に出て振り返った。


「みんなで村まで競争だ! うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

「いやいや、どこにそんな体力隠し持ってたんだ……」


 レトは思わず呆れ口調で呟いた。

 当然、デレク以外の仲間は、競争などせずゆっくりと進む。

 突っ走って体力を使い果たしたデレクは、途中で力尽きて道を塞ぐように寝そべっていた。


「置いて行っちゃいますよデレク」

「ねえちゃん……そんなご無体な……」

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