第26話 念願のコルキオン王国

 翌日を迎えて昼を回ると、みんなでレストランに向かった。レトが貴族学校時代、友達と王国に遊びに来た際の行きつけだった。

 旅先ではあまり口にしなかった魚料理を始め、ミートパイやワッフルなど、贅沢な食事を堪能した。

 

 昼食を終えたあとは自由行動にした。好きなグループで、門限になるまで街を散策する。

 コルキオン王国は、平民街、貴族街、王宮によって構成されている。

 貴族街は階段を上った先にあり、王宮になるとさらに上層の位置にある。いずれも城壁によって囲まれているので、中心に向かって三重に張り巡らされていることになる。

 シェリル、マリルは服屋の立ち並ぶ方面へ、セオとテッドとエドは街の探検へ、デイジーとフェイは花屋へとそれぞれ向かった。

 レトは一人で風俗店が立ち並ぶ通りに行って、雰囲気だけ味わおうと企んでいたのだが——


「あの師匠……、もしよかったら一緒に回りませんか? 街案内をしてほしいです」

「あ……ああ、いいけど」 

 

 風俗店はまた今度にして、二人は肩を並べてゆっくりと歩き出した。 

 

 レトが赴いたのは中央広場だった。近づくにつれて周囲の喧騒が一気に増す。

 人が密集していて思うように動けない。これではいつはぐれてもおかしくはない。

 レトはソーニャの手を握って、離脱することにした。

 息苦しい中央広場から、ひとけのまばらな路地に出た。

 離すタイミングを失い、いまだ繋いでいる手をどちらともなく離す。

 気まずい空気を断ち切るように、ソーニャが提案した。


「……あの、か、カフェで一息つきませんか?」

「あ、ああ……そうだな、そうしよう」 


 通りを進み、女性に人気がありそうな小洒落たカフェを見つける。

 中に入りコーヒーを頼んだあと、テラス席に腰を落ち着けた。

 レトはホットを頼んだが、ソーニャは猫舌だからか、ぬるいのにしたらしい。


「改めてお疲れ様でした。苦難の連続で、師匠には何度も助けられました。本当にありがとうございます」

「いや、みんなが頑張ったおかげだよ」


 ヴェルデ村の襲撃から始まり、カーディグラス城、城塞都市グロリトン、フォルティス村、ホラントの森、ビトーリア町、エーデル鉱山、そして念願のコルキオン王国に終着する長い旅路だった。

 ——しかし犠牲が出てしまった。

 ——最後まで守りきれなかった。

 ——リーダーとして失格だろう。

 そんなデレクに対する負い目を感じているレトの心情を察してか、ソーニャは表情を引き締めた。


「デレクのことは、その、残念でした。——あの提案なんですが、この街にもちゃんとしたお墓を作ってあげませんか?」

「……そうだな。デレクももちろんだけど、亡くなった仲間の肉親の分も作ってあげたい」

「はいもちろんです!」

 

 そう言うと、ソーニャはデレクが旅の最中に作っていた藁人形を取り出す。暇を持て余したときなど、自然にあるものでよく創作しており、藁人形はその中の一つだ。仲間たちにも気が向いたときに作ってはプレゼントしていた。


「師匠、その奇妙な物体はいったいなんなのですか?」

「あ……これは……だな」

 

 カバンから取り出したのは、Gカップおっぱいを再現したブヨブヨの球体だった。 レトの表情を読んだのか、ソーニャはどういう系統のものかを瞬時に判断したようだ。


「えっちな嗜好の物ですか……」

「い、いや……まあ、芸術品というかなんというか……」

「いえ、いいんですよ。死者の生前に好きだったものを否定したくないですからね」

「お、いいねえ〜さすがソーニャだ、話がわかる。実は昔ヴェルデ村で男同士の誓いをしたんだ。絶対にGカップ美女ドールを完成させて見せるって。まさかあのヴェルデ村の襲撃の最中、これを後生大事にしているなんて……泣けるぜ」

「は、はあ」

「そんなことよりもだ——あいつ、結局童貞捨てれないまま死んじまった。マジで可哀想だよ。しかも、あんな変態なのに、卒業は最愛の人とじゃなきゃ嫌だなんて、なんて清廉潔白さ——」

「死者の趣味にかこつけて、下ネタトークをするってどう思います師匠?」

「ひいいい、よ、よくないでつね、人として最低だと思いまつ」

 

 ギロっと射抜くような視線と、手に持つ陶器のカップをメシメシいわせた頃合いでレトは口を噤んだ。


「まあ、わかったならいいです。ところで話は変わるんですが、これからのことどうお考えですか? 子供たちとの生活には収入源が必要ですよね?」

「そのことだが、本人たちが望めば、王国近くの教会がある村を探してみんなでそこに入村したい。本当なら平民街の賃貸でも見つけて住まわせたいところだが、たとえ教会に従事してお布施を頂いても、全員分の生活費までは賄えない」

「私が何かしらの仕事に就いて補填しても、この街に住むのは厳しいですか?」

「ああキツイな。仲間にも働いてもらえば足りるかもしれんが、そこまでして物価の高いコルキオン王国に居住するメリットが少ないかなと俺は思う」

「なるほど、納得しました。私もその案に賛成を示しておきます」

「ありがとう。そういえば、ソーニャは将来的に神官になって、教会に勤めるつもりなのか?」

「いえ、ゆくゆくは王国軍への志願を希望しています」

「うお、マジか」

「大マジです。壊滅させられたヴェルデ村はもちろん、荒廃した城塞都市グロリトンやフォルティス村の襲撃は、私に命を賭して戦う覚悟を芽生えさせました。師匠もデレクとの約束がありますし、子供たちが独り立ちでき次第、王国軍に入りましょう」

「料理してたのに聞いていたのか……大した地獄耳だ」

 

 『ソンレイル』という名前の軽食屋を借りて食事をしていたときの話だ。


「でもそのことだが、王国軍への志願は取りやめる」

「そんな……どうして……」

「そもそも、デレクが一人前になったらという前提条件だったはず——とまあこれは建前だ」

 

 コーヒーを口に運んで飲み干してから、大きく息を吐く。

 これからレトが敢えて自身を傷つけないように逃避していた過去に触れる。


「俺の妹イヴが五年前に亡くなったのは前に話したよな」

「はい。確か、事故に巻き込まれたと聞きました」

「すまない、それは嘘だ。本当は殺されたんだ……悪名高い盗賊団に……」

「え……?」

 

 レトは手元の空になったカップに視線を落としながら、昔話を語り始める。

 

◇◇◇◇

 

 ——タナグラ家の兄妹は二人とも、外に行って遊ぶより、家の中にいる方が好きだった。

 そしてイヴは、家族みんなから溺愛されていた。

 十一歳という年齢だが、ぬいぐるみ集めが趣味で、自室には動物をモチーフにしたぬいぐるみが数多く飾られている。

 イヴの誕生日には、レトがアルバイトの仕事で貯めたお小遣いと、両親の貯金を切り崩して、名のある職人が製作したドラゴンのぬいぐるみをプレゼントした。

 

 事件が起きたのは、ドラゴンをプレゼントした誕生日の二週間後だ。

 その日は両親ともども、貴族同士が集まる定例会の予定があって、家を留守にしていた。執事を雇う金のない家庭だったため、俺とイヴだけが家にいた。

 唐突にガシャン、パリンと窓が割られ、破片が飛び散った音が家中に響き渡った。


「——⁉︎」

「子供が窓にボールを当てたんでしょうか?」

 

 続けて、家の中を土足で歩くような、一人分の足音が聞こえてくる。


「誰かが侵入してきた! いますぐ逃げなきゃイヴ!」

「は、はい!」

 

 手を繋いで廊下に出ると、そのまま裏口方面に向かう。

 錠を外してドアを開けた直後——


「おっと、わざわざ招待してくれるなんて気が利くねえ」

「……くっ、くそ!」

 

 シミターを持った女が立ちはだかっていた。

 女がレトを掴もうとする手を逃れ、イヴのことを引っ張って廊下を引き返そうと振り返ったところで、


「はい、ゲームオーバー」


 身長二メートルはある大男がこちらを見下ろしていた。

 

 それからは、男の方が貴重品や金目のものを荒らし回りながら家探しする。

 その間、女にシミターを突きつけられた状態のまま、じっと待つことになる。その作業をレトとイヴは、虚ろな目で見つめていた。

 二人の会話から、この侵入者たちが盗賊団であることを知る。

 おそらく、貴族らが定例会に出席する情報を事前に掴んでおり、警備の薄そうな家を狙った計画的犯行だろう。

 広くない家なので、あまり時間を要さずに貴重品を回収し終えたみたいだ。

 最後に、イヴの部屋から大容量の荷物袋を背負った男が出てくる。男はなぜか、ドラゴンのぬいぐるみの首部分を鷲掴みにして持っていた。


「どうするこのぬいぐるみは?」

「あんまり見たことないタイプだし、盗っておいていいんじゃないかしら」


 男が背中の荷物袋に入れて背負い直したしたそのとき——


「——返して!」

「あん?」


 イヴが男の荷物袋に掴みかかり、必死に奪い返そうとする。


「どけっ」

「きゃああああ」

「イヴーーーー!」

 

 足蹴にされたイヴは、廊下を転がってうつ伏せに倒れ込んだ。

 助けに起こそうと走り出すも、女がシミターで遮る。


「さて、そろそろずらかるか」

「わかったわ」

 盗賊団の二人はこっちを尻目に、裏口の方から出て行こうとする。

 だが、レトの制止を聞かず、再びイヴは男の荷物袋にぶら下がるように掴みかかった。



 ——それが仇となった。  


 

 ザシュッという音がしたかと思うと、いつの間にかイヴの背中からシミターが突き出ていた。

 シミターを抜いた途端に鮮血が迸り、壁の全面に付着させる。

 イヴの真っ白なワンピースは、ザクロ色に染まっていた。


「イヴううううううううううう」


 急いで駆け寄り、白魔術を詠唱する。

 しかし、魔力が尽きるまで何度も繰り返し施しても、流れ出る血は止まる気配がない。 

 最後に言葉を交わすことなく、イヴは絶命していた。


 聡いイヴは、レトや両親が無理してプレゼントをしてくれたことを知っていたのだろう。だからあのぬいぐるみを取られまいと抵抗し続けた。

 両親とレトは、一時的に生ける屍のような状態だった。

 時間が傷ついた心を癒してはくれたが、事実は残り続けたまま、悲しみは消えてなくならない。

 これがきっかけで家族の絆が切れるわけではないが、イヴが死んだショックでレトはパナケイア神殿に勤める夢を諦める。白魔術師に対する憧れみたいなものはすでに崩れ落ちてしまっていた。

 そして、行脚という名目で各地の旅を始め、最終的にヴェルデ村に落ち着くことになる。


◇◇◇◇


「俺は盗賊団への復讐から逃げた臆病者のクズだ。いまさらまた復讐を目的に生きたくはないんだ」


 イヴが亡くなった事件の顛末を話し終えた。それを聞いたソーニャが反駁する。


「では師匠は、何を目的としてこれから生きるというのですか?」

「神官として平穏に生きる。そして子供たちの成長を見守り、後継者を育てたい」

「それでここが魔王軍に占領されたらおしまいじゃないですか。確かに復讐からは何も生まれないと思います。でも、ずっと心の奥底に棘が刺さったまま平気なふりして生きるなんて、私はそんなぬるま湯に浸かった人生は嫌です」


 カフェテラスの賑わいの中、二人の空間だけ切り取ったかのような沈黙が流れる。

 何か言おうと口を開きかけたとき、路地を歩くセオ・テッド・エドのグループと遭遇する。


「よかったら僕らと街を探検しない?」

「探検隊に入隊せよ!」

「入隊せよ!」

「あ、ああ、ちょうど暇してたところだから、行こうかな?」

「……そうですね、行きましょうか」


 ソーニャとの間にしこりが残ったまま、平民街を見て回った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る