第30話 セオside:魔物がうろつく平民街

 セオとマリルが入った路地は、飲食店が立ち並ぶ通りだった。 

 ひとまず、店先にテラスのある手近なレストランに入店し、身を隠すことにした。

 店内は真っ暗で何も見えない。静寂に満ちている中、二人は動かずにじっとしている。

 しばらく経ち、付近に魔物の気配がないと判断して、セオはカバンからランタンを取り出し、点火した。

 テーブル席は乱れなく定位置に置かれ、上品で落ち着いた雰囲気がある。

 厨房からは、焼いたパンとハチミツの残り香が、微かに漂っていた。


「ちょっと店内の様子を見てくる」

「……ええ」


 マリルにはカウンターの裏に隠れていてもらうことにした。

 その間にセオは侵入口、避難経路を把握するため、店外へと繋がるドアや窓の調査を開始した。

 店外へと繋がるドアは、正面の他には廊下を進んだ先に一つだけ。窓は厨房と客席と店主用の寝室にそれぞれあった。

 裏口へと伸びる廊下の途中に、階段があったので上ってみる。

 上った先にあったドアを開くと、そこは屋上だった。

 日除け用の庇の下には、テーブル席が整然と並ぶ。どうやらテラス席は屋上にも設置されていたみたいだ。

 一階に戻ってきて、カウンターの裏に隠れるマリルに近づくと、ビクッと怯えた様子でこちらに振り向く。

 セオはマリルの隣に腰を下ろすと、


「はは、大丈夫? 怖い?」

「そ、そんなわけないでしょ!」


 大声を制止するため、セオが人差し指を口元に立て、シーーッというジェスチャーをする。

 肩を怒らせて歯ぎしりをしていたマリルだったが、平常心を取り戻したのか「はあ〜」と溜め息をついたあと、小声で話しかける。


「あんた、旅の最初の頃はお人形みたいに口を利けなくなってたのに、随分な変わり様ね」

「自分でも言葉が話せなくなったことに甘えていたんだと思う。けどデレクが死んじゃったとき、このままじゃダメだって強く想ったら、何だか視界が晴れ渡ったように気持ちを言葉に表すことができたんだ」

「ふ〜ん。あんたヴェルデ村にいた頃より頼り甲斐がある気がするわ。それに、改めて間近で見ると、ちょっとカッコいいかも……」

「へ? というかマ、マリル……ち、近いよ……」


 短く切り揃えたブロンドの髪からは芳香が漂い、ラピスラズリのような瞳と目が合うと、吸い込まれそうになる。

 視点をずらし口元に持っていけば、甘い吐息を漏らす桃色の薄いくちびるにドキッとし、思わず心臓が早鐘を鳴らす。

 あどけなさの残るマリルの端正な顔が正面から迫り、鼻同士がぶつかる一歩手前まで来ると……


「な〜んて、ね。あははひっかかってやんの」

「か、からかったなーー!」

「こんなのを真に受けるなんて、あんたもまだまだお子ちゃまね〜」

「くぅううう」


 手玉に取られた気がして、セオは悔しそうに歯噛みした。

 

 そんな和気藹々と雑談をしていると、店外の路地を歩く足音を聞きつける。

 おそらく魔物で間違いない。

 魔物はどうやら、セオたちが身を隠すレストランの隣にある建物内へと侵入したみたいだ。


「……僕の後ろについてきて。物音を立てないように慎重にね」

「……わかったわ」


 セオはランタンを持って立ち上がって、カウンター後ろからゆっくりと移動を始める。マリルはセオの服の裾を掴みながら、あとに続く。

 足音を立てず廊下まで来たセオは、裏口のある突き当たりには向かわずに、途中の階段に折れ曲がる。


「……どうして上に行くのよ」

「……この街の地理に疎い僕らが裏口から出て、万が一見つかったら、袋小路になるのがオチだ」

「……た、確かにそうね」

 

 二人は屋上へと通じるドアを軋ませないよう開く。

 セオがドアを押さえた状態でマリルを先に行かせると、自身も屋上に出てから緩慢な動作で閉めた。

 二人は屋上にしゃがみ込むと、一斉に安堵の溜め息をついた。

 セオは屋上の端に寄り、ランタンを消灯させ、カバンの中に仕舞う。そして、辺りの警戒とともに周囲の地理の把握に努める。

 やはり魔物はすぐ隣の菓子店にいるらしく、中からガタゴトと物音がここまで漏れていた。

 菓子店から出てくると、今度はセオたちが隠れひそむレストラン内に入ってきた。


「……ちょっと、どうするのよ。屋上に上がってきたら逃げ道がないじゃない」

「……屋上伝いに逃げる」

「……正気なの⁉︎」

「……もとよりそのつもりさ」


 魔物は一階を探索し終えると、階段を上り始めた。

 セオたちはすでに菓子店とは反対側の屋上に乗り移る準備をしていた。

 建物同士の隙間がなく、高さも同じくらい故にできる芸当だ。

 セオが先に乗り移ると、マリルも助走をかけず難なくあとに続く。

 二人は建物の屋上に乗り移り、敷居の下にからだを隠す。そのままやり過ごす算段だ。

 二人がもといたレストランの屋上に魔物が姿を現す。どうやらこちらを怪しむ気配はない。

 魔物が引き返そうとドアに手をかけたとき、ある衝動を抑え込めないセオは思わず……、


「へっくしょん」

「ん? そこに誰かいやがるな?」


 セオがくしゃみを我慢できなかったことで、建物の屋上に身を隠していることがバレてしまった。


「バカ! 何やってんのよ〜、も〜」

「ごめ〜ん」

「おい待ちやがれ!」


 魔物がドスを利かせた声で迫ってくる。 

 二人は大通り方面へと、屋根や屋上を伝い移動する。

 当然、魔物も屋上に飛び移って、二人のことを追跡する。

 だが、魔物の移動速度の方が緩慢なおかげで、追いつかれる心配はなさそうだ。

 

 端まで来たところで、地上に下りる前に、周囲の様子を見回す。辺りに魔物の気配はないと確信したところで、大通りに着地する。

 行き先として最初から決めていた隣の路地に入ろうと、大通りを迷わず疾走する。

 隣の路地に来たところで、通りの先に魔物の後ろ姿が見えた。


「こっちはダメだ。引き返そう」

「そうね」


 追跡がなければまた別の路地に入りたいところだったが、時間がなさそうだ。

 付近で一番の大きさを誇る建物をセオが指差し、一か八か飛び込んだ。

 正面にあるテーブルの裏へと一目散に隠れる。

 荒い息を必死に鎮めながら、追跡がないことと、建物内に魔物が闊歩していないことを同時に祈る。

 しばらく待つが、足音もなく物音もしない。そのことから、周辺は安全であると判断して、カバンから取り出したランタンを灯して立ち上がった。


「ここは商館みたいね」


 マリルが指差す先には、アイン商会と書かれた札がぶら下がっていた。

 マリルを伴い、まずは一階を散策することにした。

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