第31話 セオside:商館

 大体のところが事務や会議で使われていそうな部屋で構成されている中、保管庫のような場所を見つける。

 棚や地面に荷袋がずらりと並ぶそばを通り、保管庫の端まで来る。

 まだ奥に部屋があるようで、ドアを開くと、そこは広大な空間だった。

 馬車の荷台部分が置かれているところを考慮するに、おそらく来客用の馬車駐車スペースと二人は推測した。

 荷台の置かれているそばに、フック付きのロープを発見する。


「役に立つかもしれないし、持っていこうかな」

「どんな用途で使う気よ」

「ほら、この建物って結構な高さがあるでしょ。身を隠すなら高いところの方が有利だしね」

「……そのロープを使わないことを祈るわ」


 カバンには入らないので、セオは束になっているロープを抱え込んで持ち運ぼうとしたが、かなりの重量だったため、商館内を一通り探索してから運ぶことにした。

 倉庫を出て保管庫に戻り、保管庫からも出ると、二階以降の散策に移った。

 二階にある部屋は、テーブルや書類が置いてある事務的な部屋か、商人用の寝室かのどちらかだった。それは最上階である三階も似たような内容だった。

 セオたちは三階にある寝室の一つに隠れひそむことを決めた。この寝室の奥にはバルコニーもある。


「じゃあ、さっきの倉庫からロープを運んでこようかな」

「ほ、本当に使う気なの?」

「うん。もし魔物が入ってきたら、わざわざ階段で一階に戻るより、バルコニーからロープを伝って外に出た方が断然いいし」

「それはそうだけど……」

「そっか、そういえばマリルは高いところが苦手だっけ」

「う、うるさいっ」

 

 ——一年前のヴェルデ村にて、木登りをしてみんなと遊んでいたとき、マリルは足を踏み外して高所から落下し、骨折した。

 レトの白魔術によってすぐに完治したのだが、その記憶が心的外傷トラウマとして残っているようだ。 

 

 気の強いマリルに対していつも弱気のセオだが、唯一マウントを取ることのできる要素だった。


「まあ、まあ、魔物に捕まっても死ぬわけだし、ここは思い切って——」

「縁起でもないこと言うなああああ」


 セオはマリルの怒号に追い出されるように、再び倉庫に向かった。

 息を切らせながら寝室まで運んできたロープを、バルコニーに置いた。

 バルコニーに向かって両側に三つずつベッドが並ぶ中、左真ん中をセオが、右真ん中をマリルがそれぞれ利用する。

 セオはベッドの上に横になりたい衝動をどうにか抑え込んでいると、マリルが話しかけてくる。


「そんで、これからどうするか決まってんの? マリルは魔物と仲良く追いかけっこしたいわけじゃないのだけれど?」

「どうにかして貴族街まで逃れるつもりだよ。でも現状、その方法が思いつかず手をこまねいているところ」

「魔物が侵入してきたのは北門でしょ? 正門は危ないとしても、その反対側にある西門から王国外に出るほうがまだ安全じゃないかしら?」

「どっちにしろその手段がないことには変わりないよ。きっと僕たちの通行を許可してくれないだろうしね。あっ、でも、城門上の見張りする場所には、いまも兵士が駐在しているだろうし、上らせてもらえさえすれば、あとは下りるだけになるね」

「どうやってそんな高いところから下りるのよ…………まさか——!」


 二人の視線がフック付きロープの方に自然と集まった。


「嫌よ、やっぱり他の策を講じましょう」

「まあ、地上までロープの長さが足りるかもわからないしね」

「そ、そうよ。たまにはいいこと言うじゃない」


 方針についての話し合いは二転三転するも、妙案は生まれない。

 だが、彼らの意見が合意されるまで、悠長に敵は待ってくれるはずもなく……


「——誰か商館内に入ってきてない?」

「うんそうだね。しかも足音が靴じゃないから魔物っぽい。足音から予想するに侵入してきたのは一体か」

「どうするの? もうそのロープ使って地上に下りるのかしら?」

「いやギリギリまで引きつけよう。この部屋をスルーしてくれれば御の字だからね。街の中を走り回るのはなるべく避けたい」

 

 魔物は引き返す様子はなく、念入りに調べている。

 一階の探索を終えたのか、ちょうど階段を上る音を耳にした。三階まで来るのも時間の問題だ。

 この商館に階段は一ヶ所しかなく、セオたちが身を隠しているのは、廊下の突き当たりにある部屋だ。 

 

 魔物は二階を探索し終えて階段に差しかかり、ついに三階に向かって上り始める。

 ランタンの火を消してカバンに仕舞ったセオは、そこで思い切った行動に出る。

 ベッドを両手で持ち上げ、ドアの前に運んだ。


「マリルも手伝って」

「ええ」


 ベッドを縦に三段ほど重ね合わせ、それを二列作ってバリケードとし、ドアを塞いだ。この部屋は内開きなので、少しは時間を稼いでくれるはず。

 だがこれでセオたちが突き当たり付近の部屋にいる目星はついただろう。

 セオはジェスチャーでマリルを同行させて、足音を消しながらバルコニーに移動する。

 用意してあったロープのフック部分を柵に引っかけて裏路地に垂らした。しかしここに来て予想外の出来事が起こる。

 地上にロープを下ろしたところを、たまたま通りかかった魔物に見つかる。


「まずい!」


 ロープ目がけて魔物が走ってくる。

 掴まれそうになる寸前でロープをぐるぐる巻き戻し、手元に置いた。


「セオ、後ろからも来るわ」


 マリルの指摘に振り返ると、部屋の前にあったベッドが押し出され、ドアの隙間からオーガの燻んだ色をした腕が突き出ていた。


「くそっ」


 二人はここに来て絶体絶命のピンチ瀕してしまう。

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