第32話 レトside:アルジオーゾとの対峙

 軍事基地や関所を経由しながら、レトは間道を馬で駆けていた。

 兵士に予め通行禁止区域の街道を地図に記してもらったので、途中から街道に進路変更するつもりだ。

 もちろん通行禁止ではないだけで、魔物との遭遇率は間道よりも段違いなので、注意しながら行かないといけない。

 魔王の幹部に捕まっているのだから、何をされるかわからない。リスクを取ってでも、なるべく距離の近い方を選びたかった。

 

 道中、魔物と何度かすれ違う。だが幸い、固まってる大部隊とは当たらず、どれも少数の部隊だった。

 レトはアクセラレーションを馬にかけて、魔物の群れを高速移動で躱しながら次々と突破する。 

 

◇◇◇◇

 

 そして最低限の睡眠は取りつつ、丸二日かけて城塞都市グロリトンまで辿り着く。

 正門には魔物の見張りはおらず、試しに門を押し込むと、すんなり開いた。


(まるで歓迎されてるかのようだ……)


 馬はグロリトン内の厩に預けて、そこからは徒歩でカーディグラス城までやってくる。

 レトは坂道の頂上にある城を見上げる。月光に照らされて、全体が銀色の輝きを放つ。 

 生ぬるい夜風が吹きつける音と、虫のノイズを感じるだけで、周囲に気配はない。

 坂道を上りきり、城門を前にする。

 両手を表面に触れてぐっと押し込んでいくと、重厚な城門が徐々に奥へと開いていった。 

 レトはカバンからランタンを取り出す。

 シャンデリアの垂れ下がる広大なエントランスホールに足を踏み入れても、魔物が待ち構えているなんてことはなく、不自然なほどに静寂に満ちていた。

 城門は開きっぱなしのままで、レトは前に進むことにした。

 歩きながらふと、魔物に連れられながら通ったことを思い出す。微かな懐古の気持ちとともに、地下牢に入れられた絶望感も甦った。

 四つ辻を真っ直ぐ進むと、壁面に沿って柱に取りつけられた燭台が、奥の方からここまで続いている。

 最奥まで辿り着くと、眼前に豪奢なドアが現れる。


(この先にソーニャが捕えられているのか……?)


 不安を打ち消すように怒りを燃やし、両拳を握り込むと、ドアを押し出した。

 レトが入った先は、吹き抜けの大広間だった。

 一番奥にある段差の最上段には玉座が置かれ、そこに獰猛な顔つきをしたローブ姿のトカゲ男が足を組んで座り、こちらを見下ろしていた。

 トカゲ男の傍らには、鉄球に繋がれ、苦しそうに声を上げるソーニャがいた。


「ソーニャ——!」


 ランタンとカバンを放りながらアクセラレーションを発動し、玉座に至るまでの中央の道に敷かれた赤いカーペットの上を疾走する。


「うわっ」


 階段手前まで接近したところで、唐突に発生した巨大竜巻によって吹き飛ばされてしまう。その巨大竜巻はまさに『ビアヘロ』で見たものだった。

 転がりながら、入ってきたドアの横の壁面に背中から衝突した。

 レトは肺が圧迫され、一時的に呼吸が止まる。

 衝撃によって、そばにあった調度品の騎士模型から、剣と盾がそれぞれ床に落下した。

 レトが起き上がると、いつの間にか階段の手前に巨鳥————ビルタが降り立っていた。

 玉座に座るトカゲ男が話しかけてくる。


「よう、おめえがレトか」

「お前がアルジオーゾだな! ソーニャに何をした!」

「いや〜すまねえ、あまりにも退屈だったからよお、感電させて遊んでたわ」

「この下衆が!」

「まあまあ落ち着けって。オレ様だって温情くらい持ち合わせているんだ。そこそこ見応えのある演劇を見せてくれた礼として、余興ゲームを行ってやる。と、その前にちょっとばかし駄弁ろうや」

「お前と話すことなど何もない!」

「なら黙って聞いとけ人間カス。オレ様がいまから一方的にしゃべるが、ぜってえ口を挟まずにはいられないぜ。——手始めに、お前らが地下牢に閉じ込められてから王国までの動きは、逐一ビルタや兵士どもに監視・報告させていた」

(道化として踊らされていたというのは本当のようだな……)

「地下牢からグロリトンまではとんとん拍子だったろ? 我ながらイージーモードに設定しすぎたわ。そんで、ブライアンの一件も仕込みな。巨大竜巻はビルタの黒魔術によるもの。フォルティス村の二回目の襲撃は、お前らが平和ボケしそうだったんで仕向けた。ついでに、逃走を図った村民の馬車を襲わせたのも仕込みだ」

(フォルティス村を襲撃したのは俺たちが安住を求めたから……? 何を言っている……? 戦争なんてこいつらにとってはボードゲームくらいにしか思っていないのか……?) 

「運がよかったなあ。あのままあいつらと一緒に馬車に乗っていたらまた振り出しに戻ってたぞ。でも問題はそのあとだわな。ホラントの森は安全だという思い込みが仇となって、仲間がフェンリルの餌になっちまったな。いやあ、まさかあんな凶暴なモンスターが王家御用達の狩場を住処にしているなんてなあ」

「まさか……⁉︎」

「お、やっぱり口を挟んできたじゃねえか。ああ、そうだぜレト、お前の想像している通りだ。あのフェンリルは野生じゃねえ。魔王軍が飼い慣らした奴をわざわざ解き放ったのさ、ガハハハハハハハ」

「クソ野郎が——!」

「絶望した顔を堪能したことだし、そろそろ余興ゲームを始めるぜ。ルールは簡単だ。一度でも俺にダメージを与えることができれば、この娘にかけられたスタンボルトを解除してやる」

「本当だな……」

「ああ、約束は守るぜ。しかもだ、ビルタには・・・・・手を出させない。どうだ、クリアに現実味を帯びてきたんじゃねえか?」

 

 魔王軍を指揮するアルジオーゾがこれまでしてきたことを考えれば、一筋縄ではいかないことくらいレトにもわかる。たとえ成功したとしても、素直にソーニャを解放してくれないかもしれない。


(アルジオーゾを倒せば全て解決する話だ。余興ゲームなんてどうだっていい)


 ソーニャの苦しそうな声が継続して耳に届くことで、内から湧き出る殺意の波動がレト自身の制御機能を狂わせていた。

 玉座から立ち上がったアルジオーゾは、


「それじゃあカウントダウンでゲーム開始するぜ——」

「やってやる」

「スリー・ツー・ワン……」


 カウントを数えきらないそのとき——左右にあるドアから大量の魔物が雪崩れ込んきた。大広間をあっという間に覆い尽くす。


「スタァアアアアアアアト」


 白魔術師VS百体の魔物による戦いの火蓋が切って落とされた。

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