第12話 ソーニャの手料理
みんなで『クリーゼ』を出る前に受付を経由し、ブライアンを呼ぶ。
ソーニャには食材のラインナップを見てもらう。
「春の野菜、豚肉、パン生地、卵、それに果物と、料理するには充分ですね。量も申し分なさそうです」
ソーニャにはレシピに適した物を選んでもらい、食料を手分けして持って、『クリーゼ』を出た。
ブライアンは触れなかったが、これから行く軽食屋の経営者はすでに亡くなっていて、調理場が使われていないのだろう。
子供たちと通りを進んで行くと、ブライアンの言った通り、パンと野菜が意匠された看板を見つける。
『ソンレイル』という店名のロゴが、ドアに描かれている。建物の外観もおそらく当時のままで、汚れなど見当たらない。
ドアを開けて店内に入る。
外から窓越しにも中の様子はわかっていたが、小綺麗な空間が広がっていた。
焦茶を色調とした壁が正面奥から右側に続く。白い塗装をした床板の上に、テーブル席が四つあり、窓から差し込む光が淡く照らしていた。
左側には受付があり、その奥に調理場が見えた。
「師匠は座っていてください。ここは私の見せ場ですから」
「そうか? ならお言葉に甘えようかな」
テーブルの一つに腰かける。レトに続くように、子供たちも周りにある席にそれぞれ座っていく。
「私にも手伝わせて」
「ソーニャ、ウチにもやらして〜」
シェリルとデイジーだけは席へと着かず、調理場の方へと向かっていった。
出来上がるのを待っている間、同じテーブルを囲うデレクが話しかけてきた。
「にいちゃん、これからどうするんだ?」
「ここを出てコルキオン王国を目指すつもりだよ」
「このままやられっぱなしでいいのかよにいちゃん! ヴェルデ村のおっちゃんやおばちゃん、みんなの肉親だって殺されてるんだぜ。このまま泣き寝入りなんて……おれは嫌だよ……」
デレクは最初こそ語気を荒げたものの、もとの声量に戻る。無茶を言っていると心のどこかでは自覚していて、愚痴をこぼしているのかもしれない。
その事実を告げたことで、場の空気が一気に沈み込み、みんな俯いた。
「……俺も、ヴェルデ村があんな酷い目に合って許せないし、復讐したい気持ちだってずっと消えてなくならない。でも、白魔術師を選んでしまった俺じゃ、魔物を二体相手にしただけで負ける。王国軍が戦争で魔王軍に打ち勝つのを、ただ祈るしかないんだ……」
「じゃあ、おれは王国軍の黒魔術師を目指すぜ! 一人前になったらにいちゃんも復讐に協力してくれよ!」
「デレクはどちらかというと、兵士というか剣士の方が向いてそうだけどな。まあでも、そうだな——もしそうなったら、一緒に王国軍に志願しよう」
「約束だぞにいちゃん」
「ああ」
隣のテーブルに突っ伏していたマリルが、白い長耳を後ろにペタンとさせながら、独り言のように呟いた。
「王国軍って、なんだかお堅いイメージがするわね」
「確かに……デレク、美女との触れ合いが減れば、我々の野望が潰えるぞ……」
野望とは、等身大Gカップの美女ドールを完成させるという、変態的な夢である。
「甘いなにいちゃん——だからあえて黒魔術師を目指すんだ。そっちなら巨乳美女くらい一人や二人必ずいる。むしろ、戦いを経て絆が育んだ暁には、恋人になって直に揉める権利を得られる。よりリアルな美女ドールに近づくのだ!」
「あ……その辺にしておいた方が……」
レトは肌感で、このあとの展開が読めていたので、デレクを静止しようと呼び止めるのだが——
「偉大な野望ですねえ。さぞ将来が楽しみですよデレク」
「あ……あ……ねえ、ちゃん——?」
「で・す・が——————————子供たちに聞かせるような話ではないです!」
「うわあああああああああああああぐがががががががががががががががががががが」
両方の拳をこめかみに挟み込み、ぐりぐりと回転させた。制裁の間、デレクの絶叫が鳴り止まむことはない。
十秒にも満たない地獄を味わっただけで、白目を剥いてテーブルに突っ伏し、すっかり伸びてしまった。
レトは心の中で冥福を祈ると、我関せずといった毅然な態度で目を逸らした。今回ばかりはソーニャの逆鱗に触れることは発していないと断言できる。
ソーニャを意識の外に追いやり、楽しい食事の予想でもしようと、レトは腕を組んだ。しかし突然、右肩に誰かの手が乗せられる。
「師匠」
「……ななな、なんだい?」
「——————————————————料理、楽しみにしておいてくださいねっ」
「ハイ、トッテモタノシミデス」
全てを見透かしているような笑みに思わず怯み、ぞくっと寒気が走った。
もしかして毒を盛られるんじゃないかと、ほんのわずかな不安を抱えながら、料理を待つこととなった。
立ち込めている香ばしい匂いによって、すっかり空腹のお腹が不満そうな音を漏らす。
一時間ほど経過した頃合いで、調理場から食器を手に持った三人が、順番に出てくる。
次々とテーブルに配膳される数々は、ソーニャお手製の親しみ深い料理ばかりだ。 ふと、ヴェルデ村にいた頃の懐かしさをレトは思い出す。あのときは当たり前だと思っていた食事に、いまは大いに感銘を受けていた。
シェリルとデイジーは調理場から帰ってきて席に着いた。ソーニャもそれに倣う。 そして音頭を取るように、
「メニューは、ベーコンと野菜のポタージュスープ、オムレツ、焼き立てパン、果物ジュースとなっています。たーんと召し上がってください」
「「「「「「「「いただきまーーーーーーーーす!!!!!!!!」」」」」」」」
レトは湯気が出ているスープを掬って、口に運ぶ。
すると、思わず口を押さえて目を見張る。
ジャガイモと牛乳によるどろりとした甘じょっぱさが、口の中を瞬く間に広がったからだ。
決して毒を盛られたわけではないが、殺人級の美味さなのは間違いない。
二口目を掬って口に入れて、野菜をゆっくり咀嚼すると、出汁の風味が鼻を抜けていく。
三口目に細切りされたベーコンを口に含んで噛むと、コリっと溶けてなくなった。
「美味い……」
「それはよかったです。作った甲斐がありましたよ——って師匠⁉︎ 泣いてます⁉︎」
今は亡きヴェルデ村を思い出し、自然と涙が頬を伝っていたようだ。
「いつも食べていたソーニャの飯が……こんなにありがたいものだったなんて……」
「ふふ、大袈裟ですよ」
子供たちも口々に美味しいと呟く。
食べ残しする者などおらず、平らげてしまった。
みんなでごちそうさまを言い、後片付けを始める。
食器、スプーン、フォーク、料理器具は、料理に参加していない者たちで、手分けして洗うことになった。
洗い物を完了させると、レトはみんなを再び席に着かせて、話を切り出した。
「今後のことをみんなに伝えたい。明日の朝、都市グロリトンを出て、コルキオン王国を目指そうと思っている。何か異存ある者はいるか?」
表情を窺いながら誰かが口を開くのを待つが、意見が飛び出すことはない。
口を窄めているデレクは、不満があるのが明らかだったが、レトの気持ちを知っているからか何も言わない。
レトは合意とみなし、方針が決まった。
「本当ならしっかりからだを回復させてから都市を出たいところなんだがな。だが、いつまでもブライアンさんのお世話になるのは気が引けるからな。食料の備蓄にも限りがあるだろうし」
「そうですね」
ソーニャの相槌を最後に、この場はお開きになる。
一斉に席を立って『ソンレイル』をあとにすると、『クリーゼ』に向かった。
◇◇◇◇
『クリーゼ』の路地裏に立つ謎の人影は、彼らの背中をじっと見つめる。
そして怪しげに微笑むと、路地裏のさらに深淵にゆっくりと歩き出した。
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