第13話 胸騒ぎ

 『クリーゼ』に帰ってくると、ブライアンは受付にはいない。

 明日の出発までは外出しないようにと、レトがこの場で告げてから、それぞれが割り当ての部屋に移動した。

 

 レトはベッドの上に座ると、懐から妹の形見である鈴を取り出した。

 宿泊客用にと頂いた浴布タオルの端をナイフで裁断し、小さくなった布を窪みに噛ませながら包んで縛る。こうすることで、振動が伝わらずに歩くことができる。

 紐を通して首にかけると、ぐいっと伸びをした。ポカポカとした陽気に、つい眠たくなる。

 隣のベッドでは、セオが気持ちよさそうに寝息を立てている。

 ふと、都市の形状や街道に出る門など、何も知らないことに気づいた。夕日が沈む前に下見に行った方がよさそうだなと、レトは思案する。


(その前に、ブライアンさんを訊ねてみるのもいいかもしれない)


 レトはさっそく目的を果たそうと、部屋を出た。

 廊下からエントランスに来ると、受付にブライアンがいた。


「実は明日の朝、ここを発とうと思っているんです」 

「そうなのですか。もっとおくつろぎいただいても構いませんよ?」

「いえ、これ以上のご迷惑はかけられませんから」

「この都市から街道に出るつもりでしたら、正門は避けた方がいいですよ。魔物の見張りがいますからね」

「本当ですか? 他に方法はありますかね?」 

「北側大通りの突き当たりを右折すると、歓楽街が見えてきます。その通りに猫が描かれた看板が目印の『アルア』という風俗店があるので、その店の路地裏に入って下さい。奥に進んでいくと、地下水路に繋がっている階段が現れるので、そこから城壁の外に出ることができます」

「情報提供感謝します」

「ただ、地下水路から城壁の外に至るまでの道筋が複雑で分かりづらいので、実際に足を運ぶことをおすすめします。地下は暗いので、ランタンを持っていくといいでしょう」

「わかりました。ありがとうございます」


 レトはブライアンからランタンを受け取る。

 その後、二階の寝室を訪ねてソーニャを呼び出し、踏査に向かう旨を伝えた。

 支度を終えたレトは、『クリーゼ』のエントランスから外に出て、広場の方面に歩き始めた。


 歓楽街方面に行く前に、一応レトは正門前の様子を確認することにした。

 西側大通りを真っ直ぐ進んでいくと、遠くに城壁が見えてくる。店先の物陰を利用しながら近づくと、巨大な正門を視界が捉えた。

 そして正門の左右に立つのは、紛れもなく魔物だった。二体ともむっくりとしたからだつきのオークである。


(この感じだと、正門の裏と合わせて四体はいそうだな……)


 強行突破は不可能に近いと考え、再び広場に戻ってくる。

 北側大通りに進んで突き当たりを右折し、歓楽街までやってくる。

 各風俗店が立ち並ぶこの通りは、昼間なのに色欲を掻き立てる独特の雰囲気が漂っている。

 露出度の高い格好で扇状的なポーズを取る人形が、店先に置かれている。

 また、別の店では、格子窓から中を覗き込めるような見世物小屋もある。

 白魔術師になる修行の合間に、カルロスに連れて行かれた記憶がふと甦る。

 普段であれば興奮が掻き立てられるレトも、飛び散っている血痕を目の当たりにして、気持ちが沈んでいた。

 手前から順々に探していくと、『アルア』という名前の店を発見する。看板には猫の意匠がされており、ドアのすぐ横の壁面には、胸と股間部以外を露出させた、猫耳族の絵が描かれていた。

 豊満な胸も顔立ちも異なっているものの、やはりソーニャを想起させる。


「えっろ……」


 彼女をここに連れてくる考えもあったが、一人で来て正解みたいだ。確実に痛い目に遭っていたこと請け合いである。


「そんなことより」


 レトは店の外観から視線を逸らし、路地裏の方に目を向ける。

 薄暗い路地は先が見えないほど続いているわけではなく、少し進んだところで行き止まりになっていそうだ。しかし、一番奥がどうなってるのかの詳細までは判明しない。

 レトは路地裏に足を踏み入れた。途端にじめっとして籠り切った空気に覆われる。

 建物の壁や地面には、そこらじゅうに虫が這っている。

 こんなところにいたら気分を害しそうなので、早歩きで通り過ぎる。 

 端まで到達すると、左右の別れ道になっていた。右側は行き止まりで、左側にはブライアンの情報通り、下り階段があった。

 レトは左折して階段前まで近づくと、ランタンを灯してからゆっくりと階段を下りて行った。 

 

 階段はひたすら真っ直ぐ続いていた。

 一段一段と下りるにつれ、水音が反響してくる。

 一番下まで辿り着くと、広い空間に出た。奥側と手前側の通路を挟むように水路があり、右から左へと水が流れている。

 おそらく水流の行き着く先が城外へと繋がっているはず。レトはそのことを念頭に置いて左に曲がると、壁を沿うように手前側の通路を歩き始めた。

 しかし一分も経たない間に、正面の壁に行き先を阻まれてしまう。


「あれ、おかしいな……」


 奥側の通路へと続く橋はおろか、地上に続く梯子も見当たらない。

 水は格子の間を抜けて、さらに奥に流れていっている。たとえ泳いでも、格子の隙間が狭すぎて、人間では通れそうにない。 

 引き返して、水流に逆らうように通路を進み始めた。

 逆方向の通路を突き当たりまで歩いてきたレトだったが、さっきと同様で、繋がっていそうな道はどこにもなかった。

 ブライアンからもらった情報は誤りだったことになる。

 不安がじわじわと迫り上がってくる。


(ブライアンさんは俺に嘘をついたのか……?)


 だとしたら、わざわざなぜそんなことをする必要があるのか。

 記憶を呼び起こして、ブライアンの言動を辿ってみる。すると、いくつかの違和感に気づいた。

 まず、荒廃した都市に住み続けていること。魔物から隠れてやり過ごしながら生活するのは、無理がある。

 食事面から考察しても不審点がある。備蓄があるのは都市内の食料を掻き集めているからだとしても、長期間の保存は効かないはず。都市内では作物の育成や家畜の世話は難しいから、定期的に城外へと出かけていると推測できる。

 城外への抜け道がないとすれば、それすなわち魔物が見張りをする門から堂々と出入りしていることになる。

 

 

 結論、城外への出入りが自由にできるということは、魔物と友好関係であることの証左になる。



 ブライアンが悪者と仮定した場合、どうしてレトに嘘をついてここに来させたのだろうか。

 レトがダガーナイフを所持しているのはブライアンに知られている。ということはレトと子供たちを分断しようとする意図があると考えるのが妥当だ。

 なんだか胸騒ぎがする。

 心臓が早鐘を打つ。

 疑念は膨れ上がって、確信に変わろうとしている。


「みんなが危ない——————」


 早く戻らないと取り返しがつかないことになる。

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