第14話 仲間の救出

 レトは地下水路の階段を駆け上がって地上に出た。かさばるランタンを地面に置くと、路地裏を抜けて歓楽街に出る。

 北側大通りを全速力で走り抜け、広場を通り過ぎようとしたところで、ギギギギという重く鈍い音がここまで反響してきた。

 広場から正門の方に目をやると、門が段々と開いていっているのが見えた。


(誰かが正門を通り抜けようとしているが、ここからだと遠すぎてわからない。このままクリーゼに向かうべきか、それとも行き先を正門に変えるべきか……)


 もし正門から子供たちが連れ去られてしまったら、追跡するのが難しくなる。

 クリーゼに寄るのは正門を確認してからでも遅くないと考え、まずは正門に向かうことにした。


 西側大通りに入る前に、アクセラレーションを発動する。

 一気にトップスピードまで加速し、大通りを突っ走る。

 遠くにある正門を捉えた。閉じようとしている正門のさらに奥から、街道を進む馬車の荷台部分が垣間見えた。


(『クリーゼ』の裏口から見たものとそっくりだ。きっとあの馬車の荷台の中にみんないるはず) 


 オークたちは正門を両側から押し込んでいて、接近しているレトには気づいていない。

 しかし、駆ける足音を感知し、こちらに振り向いた。そして手に持つメイスで待ち構えようとする。

 だがレトはすでに肉薄していて、二体の真ん中を縫うように通り抜けようとする。

 オークの攻撃モーションより早く二体の間をくぐり抜けたレトは、そのまま正門の隙間にからだを捩じ込んだ。

 反対側にいた見張りのオークは、走り去るレトに気づいて、その背中を追いかけ始める。


 レトは効果が切れたアクセラレーションをかけ直し、馬車の追走を開始した。

 時折、背後を振り返るも、オークの足が遅いおかげで距離はぐんぐん開く。

 スタミナが切れたのか、二体のオークは追いかけるのをやめて立ち止まった。

 レトは遠くを行く馬車にだけ集中し、街道を全力で疾走する。

 

 もう一度アクセラレーションを詠唱した頃には、レトは馬車の荷台まで接近していた。

 そのまま荷台を追い越して、前方に出る。

 馬を操る御者台まで迫ると、御者がギョッとした顔をこちらに向ける。

 レトは御者の首元にナイフを突きつけた。


「いますぐ馬車を止めろ! 子供たちが乗っているのはわかってるんだ!」

「うっ、わかった……」


 要求を飲んだ御者が馬を停止させたことで、全体の動きが止まった。

 レトは荷台の後ろに回り込み、布に手をかけて中が見えるようにした——


「神官様、動かないでくださいね」

「やっぱりあなただったんですね————ブライアンさん……」


 荷台の内部にいるブライアンは、マリルを人質に取って外に出てきた。ロングソードでレトのことを牽制する。


「この子の命が惜しくば、手に持っているナイフをいますぐ地面に置きなさい」

「……くっ」

「レト——」


 マリルが涙を流しながら、救いの手をこちらに伸ばしている。

 だが、人質を取られているこの状況で、打つ手はない。

 レトはおとなしくナイフを地面に落とした。


「ブライアンさん……いいや、ブライアン! お前は魔王軍と裏で繋がっていたんだな!」

「ふふ——そうですとも。もともとは都市グロリトンで水商売の斡旋を商いとしていたんですがね。しかし魔王軍に侵略されてからはおまんま食い上げ。路頭に迷っていたところを幹部アルジオーゾ様に拾われたのですよ。それからはこの都市に迷い込んだ人間を捕らえて、魔王に差し出したおこぼれを、奴隷市場に売り渡して、生計を立てています」

「狂ってやがる」

「私も娘と妻を殺された口でね。グロリトンが襲撃にあった当初は神官様のように怒りに我を忘れていました。でもある日ふと悟ったんです。もう復讐なんて面倒だと。それ以降、ピンと張った糸が切れたように解放されました。おかげで人間が苦しむのを眺めるのが大好物になりましたよ」


 くつくつとブライアンは笑い声を漏らした。


「広い心を持つ神パナケイアなら、こんな私をお許しになるでしょう」

「そんなわけあるか! 聖典をどう曲解したらそういう思想になるんだ! お前は罪を現世で清算できずに地獄行きだ!」

「神官様こそ聖典への理解が乏しいようで。とまあ、長話はこれくらいにして、そろそろお暇させてもらいますか。ちなみに、神官様がこの荷台に乗り込んできたり、馬車の進行を妨げたりしたとわかり次第、この子の命はありませんよ。それではご機嫌よう」


 ブライアンは御者に指示を飛ばした。

 自身も荷台に乗り込もうと、マリルとともにジリジリ後ろに下がる。


(くそっ、この危機的状況を打開する手立てはないのか——?)


 ブライアンの隙をどうにか作ることができれば、逆転の可能性がまだある。だがその隙をどう作ればいいのか、アイデアがひらめかない。

 

 ——そのとき、荷台の内部から何かが飛来する。

 飛来した物は、ブライアンの後頭部に直撃した。


「ぐあっ」


 激痛に顔を歪ませたブライアンは、後頭部を手で押さえながら後ろを振り向いた。千載一遇のチャンスが舞い降りる。

 インパクトを詠唱しながら、ブライアンに詰め寄る。

 右拳の威力を増加させた状態で、一気に肉薄した。


「——⁉︎」


 こっちを振り向いた瞬間、レトはその頬を思いっきり殴りつけた。

 殴られた衝撃で、ブライアンは真横に吹っ飛んだ。バウンドを繰り返したあと、地面を滑走し続け、止まったときには街道から大きく逸れた草むらの中だった。

 起き上がる気配がないことを確認すると、地面にへたり込んでいるマリルに近寄って、声をかけた。


「——大丈夫かマリル?」

「ええ……ありがとうレト……」


 マリルの無事を確かめたレトは、荷台の中を覗き込んだ。


「ブライアンは倒した。いまは安全だから、みんな外に出てきてくれ」


 指示に従い、一人また一人と荷台を下りる。

 その間に、地面に落ちたナイフを拾いつつ、レトは前方へと移動した。

 ブライアンの仲間である御者に、馬車を発進させないようナイフで威嚇するつもりだったのだが——


「あれ? いないな……」


 御者の姿はなく、回りを見渡してもそれらしい影はない。

 逃走してくれていればそれに越したことはないのだが、闇討ちを狙っていないとも限らないので、警戒は怠らない。

 ついでにレトは、草むらの方を探しに向かった。すると、大の字で失神しているブライアンを発見する。

 懐を漁り、脅威となるものを探るが、何も持っていなかった。

 近くに転がっていたロングソードだけ回収した。

 誰も使いこなすことはできないので、余計な荷物になるだけだと判断し、少し離れたところの茂みに隠しておいた。

 それからレトは馬車に戻って来る。

 全員が荷台から下りても、何のアクションもない。ということはやはり、御者は馬車を捨てて、この場から立ち去ったのだろう。

 レトはもう一度みんなに声をかけた。


「安心してくれ。もう危機は去った」


 それを聞いた面々は、レトの周りに集って勝ったことの喜びをわかちあう。


「さすが師匠です!」

「やるじゃねえかにいちゃん、でも俺の援護がなかったら危なかったろ」

「あの投擲はデレクだったのか——すごいじゃないか!」

「へへへ、だろ?」


 レト一人ではきっと助かってない。デレクだけじゃなく、村のみんなで協力して生き延びるという強い意志があったからこそ、犠牲ゼロでここまで来れた。



 これは単なる友人なんかじゃない————仲間だ。



 だがソーニャは一転、少し浮かばれない顔をしていた。


「申し訳ないです……もっと早く違和感に気づいていれば……」

「いや、俺の方こそ、ブライアンを信じ切ってしまっていた」


 城を出て宿屋に到着してからというもの、いくらなんでも事が上手く運びすぎていた。気が緩んでいたのは間違いない。


「二人とも、なーにしょげてんだよ。みんな助かったんだから、それでいいじゃねえか」

「はは、それもそうだな」

「……ですね」


 反省は王国に着いてからいくらでもできる。

 この街道も安全とはいえないし、ブライアンが昏倒から起き上がるかもしれない。

 いち早くこれからのことを決めないと。


「このまま街道を突き進むと戦場にぶつかる。だから間道を使って王国を目指す」

「にいちゃん、この馬車はどうすんだ?」

「ありがたく活用させてもらおう」

 

 この馬車はもともと、長距離の移動を想定していたのか、荷台の中には当面の飢えを凌げる水と腐りにくい食料などが積んであった。さらに願ってもないことに、ハルモニア大陸の世界地図まで手に入った。

 間道を通って王国に向かうのは、かなりの不安要素だったので、これで無駄足を踏むことはなさそうだ。

 みんなが再び荷台の中に乗り込んだことを確認し、横並びの二頭の馬と顔を合わせる。

「これからの長旅よろしくな」とレトが挨拶してから、それぞれの首筋をポンポンと叩いた。

 貴族時代に乗馬の訓練をしたことがあるくらいで、馬車の操縦は初めてだ。とりあえず備えつけの鞭で二頭の馬を叩いてみると、なんとか前に動き出した。

 次に手綱を引いて減速を試みると、ゆっくり踏み出す動作を止めた。

 正直、方向転換には不安が残るが、地図を片手に、まずは間道に続く支路を目指すことにした。


◇◇◇◇

 

 高木の樹頭からそんな彼らの観察する者がいた。獅子をも凌ぐ巨体のワシ——幹部アルジオーゾの側近ビルタである。

 彼の瞳からは獲物をあえて泳がして狩りを楽しむ、そんな余裕さえ見受けられた。

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