第35話 セオside:城壁を乗り越えろ

 路地の左右を確認して日用品店から出ると、セオがロープを、マリルが梯子を持ちながら、表通りを目指す。

 城門へと繋がる階段までの動きとしては、魔物に見つかった時点で、身を隠すことを第一優先する。身を隠して追っ手を撒いたら、再度チャレンジする。こういう作戦だ。

 常に注意を払いながら路地を進んでいく。

 表通りに到達すると、魔物が向かい側の路地に入っていく後ろ姿が見えた。

 他に気配はないので、ここから貴族街へと繋がる城門までは一気に駆け抜ける。


「マリルが先に行って。僕が後ろを守るから」 

「わかったわ。でも、なんだかセオらしくないわねそのセリフ」

「ちょっと、こんな土壇場で茶化さないでってばっ」


 思わず苦笑するセオだったが、そのおかげで少し緊張がほぐれた気がした。

 西の方角に入り、そのまま直進して通りを駆け抜ける。

 階段に差しかかり、何度目かわからない振り返りをするも、追跡はなさそう。

 何事もなく階段を中腹まで上って振り返ると、遠くに魔物の姿を発見した。


「マリル、だいぶ離れてはいるけど魔物がいた。気づかれているかはわからない」

「見つかってなんぼの作戦でしょ? それに、あんたがいれば蹴散らしてくれる。そうでしょ?」

「い、いや、無理だから」


 最上段に到着すると、マリルは持ってる梯子を城門横の城壁に立てかけた。

 前後を交代し、セオが梯子に足をかけて、一番上までやってくる。

 マリルには、背後からの魔物接近を警戒してもらう。

 セオはロープを後ろ手にブンブンと振り回し、鋸歯形をした城壁の凹部分に向かってロープを投擲した。

 しかし、凹部分まで届かず、三十センチほど下の壁面にぶつかって跳ね返ってから落下した。ただ、届かない距離ではないことにひとまず安心する。


「セオ、魔物がこっちに向かってくるわよ」


 マリルの知らせに焦る気持ちが募る。

 二投目も外し三投目を放った。


「よしっ」


 ようやくフックが城壁上部の縁に引っかかる。

 きちんと固定されているか引っ張って確認したセオは、梯子から下りると、代わりにマリルを梯子に上らせる。

 梯子に上ったマリルは唐突に指笛を吹いた。


「ん? どうしたのさ急に」

「やらないよりはマシでしよ」

「……?」


 マリルの意図が読めないまま、思考は迫り来る魔物のことに切り替わった。 

 マリルは梯子から垂れ下がったロープに移ると、両手両足を駆使して登っていく。

 梯子の一番上に上ったセオも、マリルに後続しようとロープに手をかける。

 その際、立てかけた梯子を片手で持ち上げて、城門のある高所から低所の路地に向かって放り投げた。

 梯子はカランカランと音を響かせて落下していく。

 ロープ自体、地上から離れた位置にぶら下がっているので、これで魔物が登ってくる心配がなくなった。

 セオが後ろを振り返ると、魔物はついに城門前——つまり二人の真下に追いついていた。

 真下に二体、少し離れた位置にもう一体いる。

 その離れた位置にいる一体はなんと弓を所持し、こちらに向かっていままさに矢を射ろうとしていた。


「危ない——!」


 セオは咄嗟にマリルに覆い被さると、矢はセオの右脚に突き刺さった。


「ぐあああああ」

「ちょ、セオ大丈夫⁉︎」

 

 刺さった右脚のふくらはぎから湧き出た血が、ぽたぽたと垂れ落ちる。

 焼けるような激痛にセオは顔を歪ませる。


「僕は平気だから……気にせずに進んで……」


 セオに促されたマリルは、辛そうな眼差しを向けたあと、城壁の上に視線を戻してロープ登りを再開する。

 脚は使えず、腕の力だけで登るセオは、マリルと徐々に差が開き始める。

 マリルは先に頂上に辿り着き、セオのことを待つ。 

 そのとき————


「きゃあああああぁぁぁぁぁ」

「マリル——!」


 発射された矢が、マリルの左肩口を抉って、勢いよく通過する。

 その衝撃でバランスを崩し、城壁裏に落下してしまった。


「クソおおおおおおおおおおお」

 

 怒りを爆発させたセオは、とっくにパンパンの両腕に力を込めて、一気に頂上に登り詰める。 

 ロープを巻き上げて、フックをかけ直し、貴族街側へとロープを垂らした。

 ロープを伝って反対側に下りる算段だったが、からだを支える腕力はすでに残っていない。

 そんな状態のセオに向けて矢を構える魔物を捕捉する。

 この不安定な足場で回避するのは到底不可能だ。

 セオは上空から貴族街側の地上を覗き込んだ。遥か遠くにある地上に絶望し、奈落の底が口を開けて待ち構えている——そう高を括っていた。

 そしてついにセオを目がけて矢が飛んでくる。

 矢が自身のからだに突き刺さるよりも早く仰け反ったセオは、何を錯乱したのか、地上に向かって身を投じた。

 投身したセオは、背中から真っ逆さまに急降下する。

 硬い石畳に背中から着地すれば、行き着く先は死あるのみ。

 やがて地上まで落下したセオが背中に感じたのは、凄まじい衝撃ではなく、柔らかい感触だった。


「——みんな、助けに来てくれたんだ!」


 クッションとなる土台を用意してくれていた仲間がセオのことを出迎えてくれた。地上を覗き込んだとき、唯一の活路だった。


「マリルは無事?」

「うん私の妹は無事だよ。左肩を負傷していたから、すぐに病院に連れていったわ」

「よかった〜」

「——って、どうしたのそのふくらはぎ! 矢が刺さってるじゃない! 早く言ってよセオくん!」 

「あはは……ごめん」


 シェリルに叱責されたあと、クッション性の土台に横に寝かされたまま、セオは病院へと運ばれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る