第37話 レトside:最終決戦

 ソーニャのヒールによって全身の火傷が癒えたレトは、懐から予備のナイフを取り出して立ち上がると、詠唱中のアルジオーゾに向かって一気に駆け出した。

 詠唱をしながら、アルジオーゾは瞠目する。

 レトは首にかかった鈴に両手を伸ばし、噛ませていた布を取り去った。チリンチリンと鈴の音を刻みながら肉薄する。


「我に仇なす者を焼き尽くせ————ファイアーボール!」


 レトの接近を許す前に、黒魔術が発動した。

 先ほどよりもさらに巨大さを増した炎球が、レトに襲いかかる。

 その瞬間、レトは鈴に込められた力を解放する合言葉を呟いた。


「——我が妹へ、天よりも高く海よりも深い愛を捧ぐ」


 ——直後、水の障壁がレトの全身を包囲した。

 アルジオーゾの放ったファイアーボールは、黒魔術が使えないはずのレトによるウォーターウォールによって相殺された。


「なに——⁉︎」


 大量発生した水蒸気が辺り一面に立ち込め、二人を飲み込んだ。

 アルジオーゾは、視界が奪われた濃霧の中を、目を凝らして索敵する。

 だがそんなことをしなくても、いとも簡単にレトの気配を探る方法を見つける。


「はん、バカな奴め、鈴の音で居場所がバレバレなんだよ」


 チリンチリンと鈴が真後ろから聞こえたアルジオーゾは、振り向きざまに宝杖で薙ぎ払った。

 その結果、なんの感触も伝わらず、ただ空を切る。

 背後から迫る足音にアルジオーゾが気づくよりも早く、レトが地面を蹴って飛び上がる。

 高身長のアルジオーゾを飛び越えんばかりの跳躍で、右手のナイフを振り上げた。


「——これで終わりだ!」

「がああああああああああああああああ」 


 振り下ろしたナイフの刃は、首の側面に深々と突き刺さった。

 アルジオーゾは背中を大きく仰け反らせ、地響きのように周囲を揺らしながら倒れ込んだ。

 レトは、倒れたアルジオーゾに近づく。患部からは血がどくどく湧き出る。呼吸はなく瞳孔も開いて、完全に息絶えていた。

 首に刺さったナイフを抜き取る。すると、勢いよく血が噴き出した。

 レトは、ソーニャの下へと向かおうとしたところで、暴風のような羽音を聞きつける。

 そっちに目をやると、ビルタが主人の仇を取ることはせず、天窓に向かって逃げようとしていたところだった。

 レトは上空を見上げると、飛び立つビルタに最後の力を振り絞ってナイフを投擲した。

 すると、見事ナイフはビルタの胸部に命中し、そのまま真下に落下してくる。

 レトはソーニャが巻き込まれないように、咄嗟に庇って地面に押し倒した。

 ビルタが風を巻き起こした余波で、すっかり濃霧が消えて、状況が鮮明になった。

 この光景を目の当たりにした魔物たちは、幹部と手下が討ち取られた事実に、恐怖心が膨れ上がる。

 百体の魔物が「うわああああああ」と悲鳴を上げるように、玉座の間から一斉に逃げ出していった。

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