第38話 帰ろう! みんなのところへ!

 決戦を終えた玉座の間は、静寂に満ちていた。

 アルジオーゾの懐を探ると、ソーニャにつけられた足枷の鍵を見つけることができた。

 足枷を取り外し、自由になったソーニャだが、スタンボルトの後遺症で自力で歩くのは厳しそうだ。

 レトの方も、ソーニャを背中に乗せていけるほどの体力は残ってない。魔力が回復するか、どちらかのからだが癒えるまでは、座って休むことにした。

 魔物が戻ってくることを一応は考えて、玉座の後ろまでソーニャを支えながら移動し、そこに二人は身を隠す。

 玉座に背中を預けて、お互いの肩を触れさせる。

 そばにあったソーニャの手を掴んで握ると、繊細でしなやかな指を絡ませてきた。

 人混みではぐれないように繋いだときのような気まずさはなく、心のほとんどを占めているのは安心感だった。

 日常生活の一コマのように、自然とレトから話を切り出した。


「遅くなったけど、ようやく言える。助けに来たぞ————ソーニャ」

「……はい、師匠が必ず来てくれると信じて、ずっと待ってました。こんな私を見捨てずに助けていただいて、本当にありがとうございます」


 ソーニャは笑顔を向ける。その目からは涙が流れていた。繋いでいない方の手で目元を拭う。


「正直、最悪の結末を常に想像してたんだが、結構上手くいくもんだな。白魔術師って案外強いのかもな」

「気づくのが遅すぎですよ。白魔術師は最強なんですから」

「いや、このマジックアイテム——銀鈴エヴァンジルがなければやばかったぞ」


 そう言って、首にかけた鈴をソーニャに見せる。足枷の鍵を探す際、ついでに回収しておいた。


「あれ? その鈴って師匠の妹さんの形見ですよね?」

「ああ。実はこの鈴、サルワート教の総本山であるパナケイア神殿で、神官認定試験に合格した際、ご厚意で頂いたんだ。それをイヴにプレゼントしたってわけ」

「なるほど……、でもすごいですね。水のバリアが張られてました。これを私が使えば、師匠の詠唱中に守ってあげられそうです」

「一度使用したら二度と使用できなくなる使い切りアイテムなんだ。吸収という、神官の上位しか使うことができない白魔術が製作工程に入っている。さっきのウォーターウォールは、黒魔術師のナトリーゼさんに頼んで吸収させてもらったんだ」

「おお、ナトリーゼさんと再会したのですね。部隊とはぐれたとおっしゃってたので不安でしたが、無事に合流できたようでよかったです」

「ああ、みんなに愛されていたよ」

 

 レトは話を本筋に戻し、


「そういうことだから、白魔術だけじゃ間違いなくアルジオーゾに負けていた」

「マジックアイテムをいくつも所持して、白魔術と組み合わせれば強いってことですね。ならやっぱり最強には変わりないです。魔王を倒しましょう!」

「ええ……あのソーニャさん、話聞いてました? というか魔王を倒すことになってるし……」


 全幅の信頼を置くソーニャに呆れながらも、他愛のない話をしているこの時間が心地いい。死ぬ気で頑張ってよかったと心から思う。ぬるま湯なんて人生ではきっと後悔してしまう。

 レトは「さてと」と繋いでいた手を離し、ひとり立ち上がる。

 振り返ってソーニャが立ち上がるのを補助するため、右手を差し出したものの、手を差し出したことに気づいていないようだ。声をかけようかと思ったところで、こちらの意図に気づいた。背中に手を添えながら繋いだ手を引っ張り、立ち上がった。


「はは、もう少し休憩していくか?」

「いえ、充分疲れは癒えたので、大丈夫です」


 ソーニャは平気であることをアピールするように、歩いてみせる。


「それじゃあコルキオン王国へ帰るか——と言いたいところだけど、この城にやり残したことがある。ソーニャにもできれば手伝ってほしい」


「はい、私でよければよろこんで力をお貸しします」


 これからやろうとしていることを話して承諾を得たあと、ソーニャを連れて玉座の間から出た。

 レトが向かった先は、かつて仲間とともに囚われていた地下牢だ。

 二人は物音を立てず慎重に螺旋階段を下りていく。

 螺旋階段を下りきったところで、レトは壁から顔を出した。

 地下牢が並ぶ通りの奥に、一体の見張りのゴブリンがいた。レトが倒したゴブリンとは別の個体だろう。

 見張りがいるということは、囚われている人がいるということ。


「ソーニャはあえて姿を見せてから、ゴブリンを俺のところまで引きつけて」

「……わかりました、やってみます」


 小声でやり取りしたあと、作戦実行に移った。

 

 ソーニャが上手く誘導した甲斐あって、ゴブリンを背後から襲撃できた。

 ゴブリンの持つ鍵を入手し、施錠された地下牢を一つ一つ開けていく。

 囚われていたそのほとんどが、フォルティス村の子供たちだった。

 十一人の子供たちを引き連れ、地下牢から出る。

 そのまま大人数で移動し、前回と同様に食料貯蔵庫を通る。ついでに果物などをカバンや荷袋に詰めれるだけ詰めて、城外に出た。

 坂道を下りグロリトンまでやってくると、グリーゼとは別の宿屋に子供たちを預けた。 

 ソーニャには子供たちを見守ってもらい、レトは一人で都市内を探索する。すると馬車の荷台を発見した。

 その馬車に子供たちや食料を乗せると、厩に預けていた馬を接続して、正門から街道に出る。

 レトの魔力が枯渇しているいまは絶対に魔物との戦闘は避けたいので、脇道に入り間道を通っていくことにした。


◇◇◇◇


 一縷の望みもない戦いをレトが制して、無事にソーニャの奪還と囚われの子供たちの解放に成功した。

 レトは英雄と崇め奉られてもいいほどの活躍は果たした。

 ナトリーゼの所属する第二十五部隊がレト=タナグラの功績だと広めるが、そんな絵空事を信じてくれる者はいない。

 だが事実として、魔王の幹部とその側近はこの世から消え去った。

 レト=タナグラの伝説はまだ序章にすぎない。

 今後の活躍いかんでは、この時代に甦った勇者レトと名を変えて、後世に語り継がれるであろう。

 

◇◇◇◇


 十一人の子供とソーニャを乗せた馬車は、レトの操縦のもと、順調にコルキオン王国へと進んでいた。

 子供たちの護送任務もあり、魔物部隊との遭遇はやはりきついものがあるので、結局のところ間道を進み続けている。

 

 道中、レトはあえて進路を変えて脇道に入ると、街道に向けて馬車を走らせた。

 そして、通行禁止区域の手前まで来て、馬車を停める。

 戦闘が収まらなければどっちにしろ王国内には入れない。通行禁止令が解かれるまでの間、貧民宿で過ごすことにした。ここなら軍事基地が近いので、助けを求めやすい。

 長引くようなら、どこかの村や町に行くことも視野に入れていた。

 

◇◇◇◇ 


 アルジオーゾとビルタが倒された情報が広まると、魔物たちの間で不安が浸透し、撤退するものが現れる。 

 指揮官と参謀が空席であることも影響してか、魔王軍の勢力が急激に弱まる。

 魔王軍の軍勢は、カーディグラス城まで戦線を後退させた。

 カーディグラス城内には、コルキオン王国から撤退した部隊の魔物たちが逃げ込んでいた。

 王国軍はこれを好機と捉え、魔王軍が増援を呼んで体勢を立て直す前に猛追する。

 それが功を奏し、グロリトンに到着するや否や、城門を破壊して待ち構える部隊を殲滅すると、難なくグロリトンを占拠した。

 破竹の勢いのままカーディグラス城内に攻め込み、魔物の部隊を残らず蹴散らし、無事にカーディグラス城の奪回に成功した。 

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