第10話 城からの脱出
螺旋階段では一列に並び、レトを先頭にぞろぞろと上って行く。
廊下にやってきて左右を確認する。魔物がいないことがはっきりすると、ソーニャに手で合図をして、二列に切り替えた。
エントランスホールは通らない方向で、集団は廊下を歩き始める。
ここから食料貯蔵庫まではノンストップで突き進む。貯蔵庫は、四角に伸びる廊下の左辺真ん中くらいに位置する。
敵に見つかったらレト自身が囮となって、ソーニャ一人で集団を率いて脱出を目指してもらうつもりだ。
四角の下辺から右辺の廊下に入り、そのまま直進を続ける。
「師匠、少し早いです」
「すまない」
レトは自分でも気づかないまま、ペースが上がり過ぎていたようだ。ソーニャに指摘されてペースを落とす。
右辺の廊下から上辺の廊下に移動する。
上辺の廊下の真ん中くらいまで到達したところで、殿を務めるデレクとシェリルが声を張り上げた——。
「追っ手だ、にいちゃん!」
「魔物が走ってくるよ!」
「お前らはソーニャのあとに続いて先に進め! ここは俺が引き受ける!」
レトは隊列から外れて、後ろを振り返った。
ガシャン、ガシャンと全身から音を響かせ、こちらにぐんぐんと迫ってくる。
その正体はスケルトンだ。頭のてっぺんから足まで骸骨で構成され、右手にはサーベルを、左手には盾を装備している。
レトの両脇を仲間が駆け抜けていく中で、誰かが「きゃっ」と、小さい悲鳴を上げた。
つまずいたのか、前方に倒れ込んでいるシェリルを発見する。
「シェリル——! 麒麟の如く駆けよ————アクセラレーション!」
バフ魔術を唱えながら急いで駆け寄ろうとするが、その前にスケルトンに追いつかれそうだ。
差し伸ばした彼女の手をレトが掴むのと、スケルトンがサーベルを振りかぶるのはほぼ同時だった。
「いやあああああああああああああああ」
「くっ」
わずかに引っ張るのが遅れて、サーベルの斬撃を背中に喰らってしまう。
血が噴き出したシェリルは、からだの力が抜けてだらんと崩れ落ちる。
この危機を乗り越えるため、レトは一か八か詠唱を始めた。
「巨人の如き一撃を————インパクト!」
右肩から肘にかけて強化し、スケルトンに向かって鋭い突進をした。
スケルトンは、奇襲を仕かけてきたレトの対応に間に合わず、遠くまで吹っ飛んでいった。
だが、すぐに転倒から復帰し、こちらに向かってくる。
シェリルを運んだままの移動なので、アクセラレーションの状態で逃走を図ったとしても、逃げ切れるか微妙なところ。
その思考を割り込むように、後ろから声がかかった。
「——にいちゃん、シェリルは俺に任せて、あいつの対処を!」
「すまないデレク、シェリルのことを頼んだ!」
レトは気絶したシェリルのからだを持ち上げて、デレクに背負わせた。
食料貯蔵庫に走るデレクを尻目に、スケルトンと対峙する。
「麒麟の如く駆けよ————アクセラレーション!」
レトはバフ魔術をかけ直すと、ナイフを構えながら一気に加速し、スケルトンに接近する。
すれ違うその刹那、レトは限界まで体勢を低くして、相手が振り下ろそうとする剣の軌道を掻いくぐる。
そして、入れ替わるようにスケルトンの背後に出た。
入れ替わりの間隙で、白骨の脚部にナイフで傷を付けることを忘れない。
片脚を崩したのを機に、レトは逃走ルートとは反対方向へと走り出した。
復帰したスケルトンは、逃げるレトを追走する。
自分にヘイトが向いたことがわかると、全速力で廊下を駆け抜ける。
地下牢前の廊下まで到達すると、通路に入って、死角の窪みに身をひそめた。
カチャカチャカチャという反響音が徐々に大きくなっていく。
レトはスケルトンが通り過ぎるのを隠れてやり過ごすつもりだ。万が一こっちの通路に入ってきても、背後を取れる有利な位置にいる。
どうやらそれは杞憂に終わる。
スケルトンはそのまま廊下を通り過ぎていった。
捕虜が脱走していることがバレたので、警戒レベルが上がるかもしれない。また、さっきのシェリルの叫び声を聞きつけて、敵が寄せ集まってくる可能性もある。
「そうなる前に逃げ出さないとな」
敵に見つかったら、食料貯蔵庫には向かわず、追っ手を撒くことに専念する。
レトは効果が切れたアクセラレーションをかけ直し、スケルトンが向かっていった方面に疾走を始めた。
エントランスホールを直進し、廊下の突き当たりを右に曲がる。
一旦ここで立ち止まり、四角の左辺と下辺の廊下を一番奥まで見渡す。
(よし、誰もいない)
いまがチャンスと踏んで、一気に左辺の廊下の真ん中まで駆け寄る。
左側にあるドアのノブを掴み、貯蔵庫の中に入った。
ソーニャたちはいない。すでに外にいるのだろう。
レトは追っ手がいないか、ドア越しに入念と聞き耳を立てる。近づいてくる足音はない。
ようやく肩の荷が下りた。
だが見つかった以上、敵はあらゆる部屋に探索範囲を広げるはず。この貯蔵庫とその付近も安心できない。
レトはすぐに奥に行って、両開きドアを開いた。
「師匠よかった……お怪我はないですか?」
「ああ、俺の方は問題ない。それよりも早くシェリルの治療をしたい」
「こちらです」
ソーニャについていくと、物陰がある場所に他のみんなが屈んでいた。
その中にデレクに背負われた状態のシェリルを見つける。背中からの流血が、地面に血溜まりを形成している。
傷自体は浅そうだが、放っておけば失血してしまう。
「レト、お姉ちゃんは助かるわよね⁉︎」
「もちろんだマリル。絶対に治してやる」
レトは血まみれで赤く染まりきっているシェリルの背中に両手をかざし、白魔術の詠唱を紡いでいく。
最後にヒールと唱えると、シェリルの全身が発光し、いくつかの淡い光が背中に集まったあと、弾けるようになくなった。
すると、シェリルの背中にあった傷はたちまち塞がっていき、流れ出ていた血もほどなく止まる。
さっきまでは荒かった呼吸も、今は眠るように一定に戻った。
「これで大丈夫だ。しばらくすれば目を覚ますだろう」
「よかったあ」
安堵したみんなが口々にそう言うと、張り詰めていた場の空気が、一気に解放された。
「この場所も安全圏とは言えないから安心するのはまだ早い。周りの警戒を怠らないようにしながら、さっきと同じ隊列を維持して、都市へと赴こう」
◇◇◇◇
ついにカーディグラス城の外へと逃れたヴェルデ村の捕虜たちは、城塞都市グロリトンへと繋がる道を下り始めた。
これからさらなる困難が待ち受けていようとは、彼らはまだ知る由もない。
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