第9話 城外への出口を探し出せ
螺旋階段に差しかかり、足音を消しながら上り始める。
誰とも会わずに地上に戻ってきて、通路の先まで進む。
横の壁を背にして廊下の気配に耳を傾ける。ここは窪んでいて、廊下からの死角になっている。
(よし、大丈夫そうだ)
来た道を戻るルートでエントランスホールまで歩みを進める。
この城に連れてこられたときも思ったが、常駐の兵士が少ないという印象が残っていた。人魔戦争の前線に兵員を割いているとはいえ、補給や輸送などの兵站部がもっと慌ただしくしている方が自然だ。
エントランスホールの手前で再び様子を窺う。
城の出口には、二体のオークが番をしていた。そこそこ距離はあるものの、見つかる可能性は充分にある。
行き先を反対方向に変えようと引き返したところで、廊下の奥から一体の魔物がこちらに向かって来る——。
(まずい……)
ここはあえて走らず、歩いてエントランスホールを通り抜けることにした。
そして廊下を突き当たりまで進んで右に折れる際、チラッと後方に目だけ動かす。
(追いかけてくる魔物はいなさそうだ……)
レトはほっと胸を撫で下ろす。なんとか脱走してきた人間だとは気づかれなかったようだ。
もしかすると、魔物は人間よりも視力が劣っているのかもしれない。もしくは人間を奴隷として働かせている可能性もある。
一直線に続く廊下の左側には、どこかに繋がっていそうなドアがいくつもあった。
外へと通じる裏口を見つけるには、開けて確かめないといけない。しかしそれは大層リスクのある行為だ。もし兵士の詰所を引き当てたりなんかしたら、一巻の終わりだが、ここは天に運を任せるしかない。
レトはそーっとドアノブに手をかけて、奥へと押した。
隙間から中を覗いても、真っ暗で何も見えない。
魔物はいないと踏んで、廊下の燭台を取り外して手に持つと、足を踏み入れた。
室内を照らし出すと、そこは会議室のような矩形の部屋だった。想像してたよりもずいぶんと広い。それに魔物はいないみたいだ。
最奥には、ハルモニア大陸の地図が壁一面に貼られている。
部屋の大部分を占めている縦長のテーブルが奥から手前に伸びて、椅子があちこちに転がっている。
レトはテーブルの周囲をぐるっと回ったが、外に抜けられる窓などはない。
テーブルの上には紙が散乱していて、埃が積もっていた。おそらく魔物に占拠されて此の方、ここは使われなくなったのだろう。
廊下に続くドアは奥側にもあった。
レトは別の部屋を探索するため、ここを出ることにした。
燭台をもとの場所に戻して廊下をさらに進むと、再びドアを見つける。
レトはドアノブを慎重に押す。すると中からツンとした果実の匂いが鼻腔を刺激した。
ドアの隙間から片目だけで室内の様子を垣間見たところ、内部は明るく、風が循環している。
何よりも目につくのは、野菜や果物が堆く積み上がっている光景だ。ここはおそらく食材貯蔵庫だろう。外に出られる期待が高まる。
魔物の姿は見えないので、中に入ることにした。
野菜と果物の山間を通り抜けると、上の方に小窓があった。そこから日差しと外気が貯蔵庫内に入り込んできているようだ。ここから外に抜け出すこともできるが、低身長なレトや子供たちでは届かなさそうである。
さらに掻き分けるように奥に進むと、大きな両開きドアを発見した。
手をかけて開いた途端、強烈な朝日を受け、思わず手で眉庇を作る。
目が慣れてくると、城塞都市グロリトンまで続いていそうな、傾斜のある道が見えた。
この城から逃げられたら、都市のどこかに身をひそませよう。レトはそう方針を固めた。
深呼吸を一度だけして、新鮮な空気を肺に取り入れる。
あまりゆったりしている時間はない。レトは踵を返すと貯蔵庫に戻った。
しっかり左右を確認して、貯蔵庫より廊下に出る。
平面図で見た場合、おそらく現在いるこの廊下はぐるっと四角になっていると推測を立てる。
来た道をそのまま引き返さず、迂回する選択を取ることにした。
螺旋階段に至る通路前まで戻ってきて、後方を振り返る。
(追っ手は……ないな……)
螺旋階段を下りていって、地下牢まで戻ってくる。
「師匠、無事でよかったです」
「警戒網が薄かったのが幸いだった。大変なのはこれからだ」
レトはソーニャに預けていた鈴を受け取って、神官服を着る。鈴は首にはかけずに懐に仕舞った。
そして二つの牢屋をそれぞれ開錠し、外にみんなを招集する。まずは二列の隊を組むことにした。
左側の第一小隊は、前からレト、フェイ、テッド、エド、シェリルという並びで、右側の第二小隊はソーニャ、セオ、デイジー、マリル、デレクという配置にした。
それから必要事項を話し始める。
「城外へと出られる部屋を発見した。今から食料貯蔵庫までの道筋を言うから、頭にインプットしてくれ」
逃走経路を伝えたあと、決まりごとを話し始める。
無駄話はしないこと。共有したい事柄がある場合、緊急性のあるトラブル以外は伝言形式にすること。その二点を留意させた。
やはり、集団を牽引するとなると不安が込み上がってくる。
警戒している態勢ではないが、魔物と遭遇するリスクは常に孕んでいる。その上、集団行動だと遠くからでも容易に発見される。発見されて複数に襲われたら最後、戦闘能力を持つのはレト一人しかいないので、追っ手を振り切るのは絶望的になってしまう。
(ええい止めだ、止め!)
もう、後戻りはできないのだから悩んでる暇はない。覚悟を決める。
「みんな、行くぞ!」
レトのかけ声に、他のみんなは頷きで返答する。
カーディグラス城からの脱出に向けて、ヴェルデ村の捕虜たちはいま動き出した。
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