第8話 カーディグラス城地下牢 2

 ——ガチャン、キーという金属音でレトは目を覚ます。

 起き上がると、開かれた牢屋の前に、二体のオークと看守のゴブリンがいた。

 布袋だけ置き、金属製のドアを閉めて鍵をかけたあと、去っていった。おそらく人数分の食事だろう。

 みんなを起こさないように立ち上がって布袋の口を開けると、案の定そうだった。

 馬車のときに比べて朝か夜かの判別がつかないものの、食事支給のサイクルが変わっていなければおそらく朝だ。

 しばらくしてからソーニャや他の子供も、ぽつぽつと寝床から起き出す。

 

 相変わらず味気なく腹に溜まらない朝食を食べ終え、レトとソーニャは作戦会議を始めた。


「私たちがどこかに売り飛ばされると仮定した場合、また馬車に乗せられてしまうと思うんです。買い手が決まったとして、あちらの都合で個別にここから連れ出されたら、たまったもんじゃないです」

「……そうだな。そうなる前に早めに動き出さないといけないな。ここから全員で脱出する手段を考えよう」

「はい!」

 

 牢屋から出るには鍵がないといけない。その鍵を看守のゴブリンが懐に入れていることは、朝食のときに把握済みだ。

 レトは格子に近づいて、ゴブリンの様子を観察する。

 隣の牢屋よりさらに奥に、ランタンの置かれた机がある。その机の前に座っているのがゴブリンだ。長い耳と長い鼻していて、小柄な体躯は緑色だ。机の脇にはシミターが立てかけられている。

 看守は昨日の夜に見たゴブリンとは外見が違う。一定時間で交代しているのかもしれない。でも基本的に一体なのはありがたい。


「どうにかして、牢屋の目の前までゴブリンを引きつけたいな」

「何かを落として気を引くというのはどうでしょう?」

「それが無難かもな。なるべく音の響きやすい物の方がいいな」

 

 レトは自然と首にかけた鈴に手を触れた。

 妹の形見なのであまり乱暴に扱いたくはないのだが、止むを得まい。


「いまから作戦の実行に移る。本当なら看守の入れ替わり時間を考慮して動きたいがな。子供たちをなるべく格子に近づけさせないようにしてくれ」

「了解です」


 ソーニャはベッドが置いてある方に子供たちを誘って、みんなで簡単なミニゲームを始めた。

 レトは手を首の後ろに回してネックレスを取り外し、繋がった紐と鈴を分離した。

 鈴を握り締め、精神を落ち着かせながら、ごくりと喉を鳴らす。

 レトは知能を有する相手を殺めたことなどもちろんないし、野生動物を狩った経験さえない。

 心の内側から滲み出る罪悪感をどうにか振り払い、頭の中でシミュレーションを繰り返す。

 大丈夫さ上手くいく、と自分に言い聞かせながら、絶対に失敗できないミッションが始まった。

 

 レトは鈴を格子の奥にポトっと落とした。

 なるべく高い位置から落としたので、シャンシャンシャン……と何度か弾んでから少し転がる。

 遠くの机にいたゴブリンまで落下音が伝わったのか、立ち上がってこちらに向かってくる。ランタンは手に持っているが、武器は所持していない。

 徐々に接近し、鈴のすぐそばまで近寄った。

 格子近くにいるレトに一瞬だけ睨みを利かせてから、地面にある鈴を拾おうとしゃがみ込む動作の最中——懐から出したナイフの柄を握り締め、レトが詠唱を始める。


「巨人の如き一撃を——インパクト!」


 バフ魔術により力を上乗せされたナイフの切先が、眼下のゴブリンに向かっていった。

 首の裏にナイフが突き刺さると同時に、血が迸る。


「——————!」


 ナイフで突き刺す前に、しっかり口元を手で押さえていたので、ゴブリンによる叫び声で仲間を寄せつけることはなさそうだ。

 ピクピクといまだ痙攣を続けるゴブリンをあまり直視しないように、震えた手で脇に落ちている鈴を回収する。すっかり血で真っ赤になってしまっていた。

 支給品の水を使って鈴に付着した血糊を洗い流し、どうにかもとの色合いまで修復した。

 完全に動かなくなり死体と化したゴブリンの懐を、格子越しに眉を顰めながらまさぐり、牢屋の鍵を探し当てる。

 けりが付いたことをソーニャに報告する。


「お疲れ様です。やりましたね」

「ああ、なんとかな。だがこれはまだ第一歩に過ぎない。これから俺一人で地下牢を出て、偵察を兼ねた城外への脱出口探しに向かう。だがその前に後始末があるから手伝ってくれるか?」

「もちろんです」

 

 レトはドアに近づくと、格子の外側に腕を出して、牢屋の鍵を逆手に裏から開錠した。

 ひとまず、ゴブリンの死体を螺旋階段の裏に移動させる。

 そして余剰分のベッドに使われている布で、ゴブリンから出た血を、ソーニャと二人で入念に拭き取った。

 交代の看守が来てレトの不在を怪しまれてもいいように、余剰分のベッドに使われている布を、レトが使用しているベッドのかけ布団の中に詰め込んだ。こうすれば体調を崩して寝込んでいると言い逃れできるかもしれない。

 それからレトは、デレクたちの捕まっている牢屋の前まで来て、事情だけ話しておく。


「にいちゃん、待ってるからな!」

「ああ、絶対に帰ってくる」

 

 白い神官服は目立つので上着を脱ぎ、長袖の下着だけになる。脱いだ神官服と鈴はソーニャに預かっててもらう。


「それじゃあ、行ってくる」

「師匠……どうかご無事で……」


 レトは牢屋の鍵を施錠すると、その鍵を格子の隙間から内側にいるソーニャに手渡した。

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