第17話 フォルティス村

 フォルティス村の目印となる立て看板を見つけた一行は、そばにある別れ道に入った。

 曲がりくねった隘路を通り抜けていくと、斜面の上に村の門らしき建造物を発見する。

 そのまま坂道を上っていくと、石でできた門の広範囲に穴が空いていることに気がついた。もはや門としての役割を果たしていない。

 この光景はヴェルデ村の襲撃を思い出す。


(破城槌やカタパルトを用いた形跡と見てよさそうだな。ここも魔物たちによって蹂躙されたあとなのだろうか……)


 すでに荒廃して住民がいなくなっていたら、いよいよレトたちに栄養失調の危機が訪れる。

 住民が生きていると願って近づいていくと、門の両脇にある櫓の上に門衛らしき二人がいた。

 レトは安堵を隠しきれず「よかったあ」という声が漏れた。

 二人の門衛は村に近づく集団を警戒してか、櫓の上から地面に下りると、こちらに槍を向けてきた。


「村に何の用だ!」

「神官といえど、余所者の立ち入りの一切を禁じている。即刻立ち去れ!」


 ここまで厳戒態勢を敷いているとは思わず、レトは面食らう。やはり、魔物の襲撃が尾を引いているのだろう。

 申し訳ないと思いつつも、こっちも引くに引けない状況なので、説得を試みる。


「実は俺たち、捕虜として魔王軍の拠点であるカーディグラス城に囚われてしまっていて、どうにかここまで逃げてきました。でも食料がどうしても足らなくて困っているんです。だから、少しでいいので恵んでもらえませんでしょうか?」


 他のみんなもレトのあとに続いて「お願いします」と頼み込んだ。

 門衛である犬耳族の中年男と人間の青年は、渋い表情で顔を見合わせて相談する。 しばらくしてから犬耳族の中年男が返答を告げた。


「村長に一度お伺いを立てる。そなたたちはここで待っておれ」 


 犬耳族の中年男は、人間の青年を残して、村の奥へと消えていった。

 数分経ったあと、村の守衛らしき複数人の警護をつけ、杖をついた老人がゆっくりとした動作でレトたちの目の前まで歩いてきた。


「待たせたのう。ワシはここのフォルティス村の村長をしているミルディンじゃ」


 カバ耳族に属し、シワの刻まれた顔に白く長い髭を生やし、ふくよかなからだつきをしている。


「お主らの境遇は門衛より聞いた。ワシらとしても食料を分け与えてやりたいのは山々なんじゃが、いかんせん先の魔物の大軍による襲撃で疲弊しておってのお。自警団の戦士らが負傷してしまっているせいで、野生動物やモンスターを狩りに行ける人材がいないんじゃよ。畑も荒らされて困窮しているいま、食料の余剰はない。非情なことを申すのは胸が傷むが、お引き取り願えないかのう」

「そう……ですか」


 わかりましたと言ってしまえば、一縷の希望が潰えることになる。

 レトはこの状況を打開するため、思考の海にもぐり込んだ。


(考えろ、考えろ、彼らを説得する方法を考えろ——)


 必死に探そうとするも、妙案は思いつかない。

 何か言おうとして口を開きかけたとき、横から助け船が来た。


「……負傷者を治療できれば、食料を分け与えてくれますか?」

「う〜む」

「もちろん無償で構いません。どうかお願いします」


 ソーニャからの交換条件の提示に、ミルディンは熟考する。

 やがて、意を決したように口を開いた。


「神官はお主じゃな」

「はい、レト=タナグラと申します」

「連続して何人の治療ができるんじゃ?」

「六人までなら可能です」

「ほう……なるほど、優秀な神官と見受けられる。よろしい、ならば食料を分け与えるとしよう」

「ありがとうございます」


 レトに続いて、仲間たちもお礼を述べた。


「よければじゃが、重体である戦士全員の治癒を頼みたい。無論、村での寝床と食事は提供する。それに加えて、お主らがこの村を出るときになったら、当分は間に合う食料を持たせよう。どうかね、悪い話じゃないと思うがのう」

「喜んでお受けします」


◇◇◇◇


 説得に成功したレト一行は、フォルティス村に長期滞在することになった。

 期間は、総勢三十六人の戦士を回復するまでとなる。

 枯渇した魔力が全快するのに丸一日かかるので、今日から六日間は見越した方がいい。

 

 正門そばにある宿屋に案内されたレト一行は、二部屋の大部屋を男女に分かれて使用することとなった。  

 村の守衛に呼ばれたレトは、宿屋を出ようとするときに指摘を受ける。


「神官服は脱いでもらった方がいいですね」

「どうしてです?」

「あなたが白魔術師と分かると、順番の不平等に騒ぎが起こりそうなので」

「……なるほど」


 確かに一理あると思い、神官服を脱いでから守衛の案内のもと、診療所へと向かった。

 

 村の西側にある診療所の目の前まで来る。すると、中の声が外まで漏れ出ていた。

 ドアを開けてもらって玄関を通り、廊下を進むにつれ、ガヤガヤと大都市の市場のような喧騒が聞こえてくる。

 広間に出ると、奥から手前、左右に至るまで、ベッドがぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。

 一番奥には扉が何枚かあるのが見えるものの、そこまで辿り着くには、迷路のようなベッドの狭い隙間を縫うように進まなければならない。

 どのベッドの上にも、包帯をぐるぐるに巻いている屈強な患者が寝そべっていた。


「どの患者から治療すればいいですか?」

「医者のフリをして、眠っている患者からお願いします」


 広間の手前にいた、いびきを掻いている熊耳族の大男に近づく。

 白魔術を施そうと手をかざしたとき、隣のベッドにいた狼耳族の男に話しかけられる。


「お? お前、他所者だな。こんなむさ苦しい場所に何の用だ」

「まじない師兼医者として各地域を巡っておりますレトと申します」

「へえ〜。まあ、期待しないで待ってるよ」


 興味が失せたのか、寝返りを打ってこっちに背を向けた。

 レトは詠唱を完了させて熊耳族を治癒すると、次の患者へと赴いた。

 

 六人目の患者に治癒を施したところで、両耳から耳鳴りが聞こえる。これが魔力枯渇もしくは寸前の合図だ。

 通常の耳鳴りとの違いは、一時的に鳴り止むところにある。つまり、無音と耳鳴りを一定周期で繰り返すということ。

 耳鳴り自体が治るまでに要する時間は五分程度と言われている。

 使用する魔術によっては魔力残量をオーバーし、代償として両手両足の一つが不自由もしくは五感いずれかの消失が強制されてしまうのだが、実はそれを事前に判別することもできる。

 中断すること前提で試しに魔術を詠唱し始め、耳鳴りの激しさが増せば、魔力残量をオーバーしているということがわかる。

 試しにヒールを詠唱すると、さらに甲高く耳鳴りの鋭さを増した。やはりヒールは一日に六回が限界のようだ。

 精神修行を行えば魔力残量を増やすことができるが、長期間の経験値を積まなくてはならない。特に熟練者になればなるほど、経験値を要する。一朝一夕で増やすことはできない。

 

 レトは廊下に移動し、そこにいた守衛に話しかける。


「六人分の治療が終わりました」 

「ご苦労さん。明日もよろしく頼むよ」


 診療所を出たレトは、宿屋に帰っていった。


◇◇◇◇ 

 

 さすがに数日経過すると、レトが神官である噂はすっかり広がっていた。

 ただ半数は治療を終えたので、騒ぎにはなったものの、揉め事に発展することはなかった。

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