幕間 BLの目覚め

 フォルティス村にある宿屋でのとある深夜のこと。

 夢見が悪く、ふとレトは目を覚ました。

 他のみんなを起こさないように部屋を出て、トイレに向かう。

 用を足して手を洗い、トイレから出たところで、廊下の奥から見知った顔がこちらに歩いてくる。


「おっデイジーか」

「レトちょうどええところに。よかったら尻尾のブラッシングをお願いできへん?」

「全然いいよ。俺も悪夢を見たせいで目が冴えたちゃったし」

「おおきに。ほなさっそくウチについてきて」


 前を歩くデイジーは、階段を使って上に向かう。

 そして階段を上り切ったところのドアを開く。

 ドアから吹き抜ける風を浴びながら外に出ると、満天の星空が飛び込んできた。

 ここはバルコニーになっているようだ。

 

「はいこれ。ほならお願い」

 

 デイジーがブラシを手渡すと、こちらに背を向ける姿勢で椅子に座った。

 レトは椅子を動かしてデイジーの真後ろに移動させて座り、垂れ下がる狐の尻尾を

掴んだ。

 毛並みに沿って流れるようにブラシをかけていく。


「フォルティス村に来るまでにも何回も星空を見上げたけど、何だかいつにも増して綺麗だな」

「星空なんてどこでも見られるし珍しくない。そやけど、見る折々によって微妙に変化しとる気ぃする。長旅を続けて、明日さえ生きられるかわからん日の夜空には、いつもよりも眩しくぼんやりとしとる。ヴェルデ村のときは爛々と美しく見えた。いまは綺麗やけどちまい輝きやな」

「心を映す鏡ってことか」

「そういうこと……ってなんかしんみりしてもたな。タハハ、ウチのキャラやないやんな。そういえばレトは悪夢を見たって言うとったけど、どんな夢を見たん?」

「えっと、非常にセンシティブで言いづらいんだけど……それでも聞きたい?」

「……うん、聞きたい」

「俺は見た夢を語るだけだから、決して軽蔑しないように」 

「レトが意外にエッチなのはみんな知っとるし、大丈夫大丈夫」

「おい、マジか。ソーニャとデレク以外には隠しているつもりだったんだけどな。まあいいか。それじゃあ、さっき見た夢を話すぞ。うわ、改めて口にするのもおぞましい」

 

 レトは気分が最悪になること請け合いの覚悟を決めて語り始めた。


「夢の中ではいまから十七年後のヴェルデ村の話。俺は三十五歳で結婚もしているし子供もいて平和に暮らしていた。

 そんなある日のこと。デレクの三十歳の誕生日会に招待された俺は、自宅に向かった。

 浴びるように飲んだせいで気絶するように眠ってしまい、起きた頃には他のみんなが帰っていて、残ったのはデレクと俺だけだった。

 俺は酔いが多少は醒めてきていたが、デレクはずっと飲み続けていたのか、赤ら顔で呂律もあまり回っていない。  


"なあにいちゃん、結局おりゃはこの歳まで童貞を捨てれれなかっらよ"

"お、おう。まだ諦めるには早いんじゃないか? 人生これからでしょ"

"いや、もう疲れらよ。異性にモテるなんて無理らったんだ。でゃからにいちゃん、一生に一度のお願いを聞いてくれい"

"な、なんだ。急にそばに近づいてきて……って、うわっ"

 

 床の上に押し倒された俺は、必死に抵抗しようにも、金縛りに合ったように力が入らない。

 デレクは全ての衣服を脱ぎ捨てて、発情した犬の如く俺に襲いかかる。


"俺に男色の趣味はねえ! 離しやがれ!"

"おりゃの猛りを鎮めてくれえええええええええええええええええええええええ"」

"ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ"」

 

 途中、レトは頭痛を催しながらも、最後まで語り終えた。

 

「と、まあこれが夢の顛末だ。すまんな、汚らしい話で」

「その、二人は具体的にナニがどうなったん?」

「え……? こういうのに興味がおありで?」

「………………うん」

「いや、ここで飛び起きたから、その後の展開はわからず仕舞いだよ」

「な〜んや」

 

 微妙な空気のまま、デイジーのブラッシングは終了し、二人は屋上をあとにした。

 

 夜更けのバルコニーで、レトはデイジーの珍しい一面を垣間見た。

 BLに元から興味があったのか……。はたまた性癖の扉をこじ開けてしまったのか……。もし後者であったとしてもあとの祭りだ。

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