第18話 夢に見た救済の地

 フォルティス村に来てから五日が経過した頃、寝室にやってきた守衛から言伝を授かる。

 話したいことがあるとミルディンが呼んでいるらしい。さっそくレトは守衛の案内のもと、村長の家に向かうことにした。

 

 村の東側にある村長の家の前まで来て、守衛がドアを開けた。レトもあとに続く。

 玄関を抜け、廊下を進んだ先にあるドアを守衛がノックすると、


「入ってよいぞ」


 と応答があり、客室のような部屋に通された。

 テーブルを挟んで椅子が向かい合うように置かれている。その奥の椅子に村長が座っていた。


「ご苦労だった。下がってよいぞダグラス」


 退室を命じられた守衛は、敬礼を一度して客室を出て行った。   


「ご足労をかけたなレト、椅子にかけてよいぞ」

「はい、失礼します」


 レトが対面に座ると、ミルディンがさっそく話を切り出した。


「真面目な話題をするわけではない。肩肘張らずに聞いてほしいのじゃが、お主らは明日ここを立つという手筈とのこと。どこを目的地として旅をしているのかのう?」

「コルキオン王国を目指しています」

「して、その理由は?」

「故郷のヴェルデ村は魔物の襲撃を受け壊滅しました。俺たちの身を守ってくれる安全圏は、コルキオン王国しかないと思っているからです」

「安息の地に逃れ、安住を望んでいるということじゃな。ここでワシからの提案なんじゃが、この村に骨を埋める気はないかのう? 襲撃してきた魔物を撃退した実績もあるほど村の自警団は優秀じゃ。その上、白魔術師のお主が加われば、さらなる戦力増強に期待できる。もちろん承諾すれば、お主らの衣食住を保証しよう。どうじゃ、悪い話じゃなかろう?」


「確かに……」とレトは相槌を打つ。

 旅を再会すればまた食料問題に悩まされ、魔物との遭遇が付きまとう。危険を冒すくらいなら、いっそのことここに永住するのも悪くない。

 考えた末、レトは口を開く。


「仲間と相談するので、一旦保留にさせて下さい。ですが前向きに検討させていただきます」

「そうじゃな、それがいい。色よい返事を期待しておるぞ」


 村長の家から宿屋に戻ったレトは、部屋に仲間全員を招集する。

 ミルディンとの相談内容について、掻い摘んで説明した。


「——ということだ。フォルティス村に永住することについて、異存や質問があれば言ってくれ」

 

 すぐにデレクが反応を示し、意見を発する。


「もしかして、にいちゃんはヴェルデ村を捨てるつもりじゃないよな? あの村にはおれたちの思い出がたくさん詰まってるんだからよお」

「そんなつもりは毛頭ない。だが現状、村人がいなくなってしまったあの村に戻ったところで、復興の手段がない。大人になって経済的に自立したり、家庭を築いたりしてから移り住んでも遅くはないと俺は思う」

「そっか……確かにそうかもな」

 

 これ以上の返答がないことを見るに、一応の納得をしてくれたようだ。

 次に、ソーニャが訊ねてくる。


「宿ではない私たちの住居は提供してくれるのでしょうか?」

「そこも保証してくれるとは言っていた。この人数だし、どんな家になるか想像つかないけど」

「……なるほど、わかりました」

 

 他に質問してくる者はおらず、この提案が合意に達した。

 

 再び村長の家に戻り、合意が得られたことを伝えた。


「ほうほう、それではこの村に住むということでよいんじゃな?」

「はい、今後ともよろしくお願いします」

「そうかそうか、これは近いうちに歓迎の宴を開催しないとじゃな。——改めてようこそフォルティス村へ。今日からお主らはこの村の一員じゃ」


◇◇◇◇ 


 翌朝を迎えて朝食を食べ終えたレトは、一人で宿屋を出た。

 治療の甲斐あって男手が増えたおかげか、石でできた正門の穴はほとんど塞がれていた。ほどなく竣工するだろう。

 当初の予定通り、残り六人の患者を治療するため、診療所に赴いた。

 

 最後の六人となった患者を治療し終えたレトは、宿屋に戻り仲間たちを招集する。

 レトたちの住居候補をミルディンに紹介され、今日はその住居を内見する予定になっている。

 

 宿屋から仲間を連れ立って村の南端まで向かい、村一番の大きさを誇る建物に辿り着いた。


「でっけぇえええ」


 デレクを筆頭に、全員が大きなリアクションを取る。

 それもそのはず。都市でしか見られないような屋敷が眼前に立っていたからだ。

 レトもこの場所を教えられたとき、同じリアクション具合だったから、なんだか嬉しかった。


「普段ここは裁判所として使われるみたいだけど、裁判沙汰になる事例自体ここ数年間起きてないみたい。だから自由に使ってくれていいってさ」

「……師匠、裁判用に作られた建物に、部屋がいくつもあるとは思えませんが」

「ここがもっと栄えていた大昔に、領主が住んでいた屋敷みたいだから、部屋はあると思うよ」

「なら安心です」


 門扉を開錠して庭を進んでいき、両開きドアまで来る。


「さあ開けるぞ……」


 レトはドアノブに手をかけてゆっくり開くと、目の前に広大なエントランスホールが目に飛び込んできた。

 落ち着いた色調と洗練された内装によって、シックな雰囲気に包まれる。

 吹き抜けの空間には、軍議で使われるような長テーブルが置かれ、上座に一脚、左右には隙間なく椅子が並べてある。


「うおおおおお」

 

 大興奮の様子で、みんなが歓声を上げた。

 マーブル模様の床を歩くたび、カタコトと音が周りに響き渡る。

 とりあえず一階から二階まで、みんなで各部屋を見て回ることにした。


「師匠、なんだか貴族になった気分です」

「いや、貴族でもこんなに広いと落ち着かなさそう。一応貴族の俺が言うのだから間違いない」


 一通り屋敷を探索し終えたレトとソーニャは、エントランスホールにある長テーブルの椅子でゆったりしていた。

 同じくシェリル、フェイ、セオも椅子に座っている。他は屋敷内の散策を継続しているらしい。


「まあでも部屋はたくさんあるし、大浴場もあるし、大満足だな」

「そうですね。調理場も十二分の設備でしたし、私も大満足です。そろそろ昼を回りますし、私は食事の支度を始めますね」

「ああ。この場所に集まって、みんなで昼食にしよう」


 

 屋敷での初めての食事に期待を膨らませたその直後————地鳴りのような厚みのある響きが屋敷の外から聞こえた。   



 ヴェルデ村の住人であれば、誰もが心的外傷トラウマを呼び起こす音に似ている。


「外の様子を見てくる。ソーニャはみんなをここに集めておいてくれ」

「はい、師匠お気をつけて……」


 ソーニャに心配そうに見送られながら屋敷を出た。

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