第19話 魔王軍の再来
門扉を抜けたところで警鐘が響き渡る。
守衛たちが住民避難を呼びかける中、レトは急いで村の中央にある自警団の屯所に向かった。
屯所の外には、すでに村の戦士たちが陣形を組んで動き出そうとしていた。それぞれ武器を持ち、正門前で待ち構えるための行進を始めるのだろう。
正門の方に目を向けると、建てられた櫓の上から弓で応戦して、門の破壊を阻んでいるようだった。
屯所の中に入ると、複数の守衛に混じってミルディンがいた。全体を指揮する役目を担っているのかもしれない。
レトが近づくと、あっちから声をかけてくる。
「おおレトよ、いましがた守衛を遣わしたところじゃ。実は差し迫った事態が発生してのう……」
「魔物の襲撃ですよね?」
「そうじゃ。お主は診療所に待機し、傷ついた戦士たちの治療を任せたいのじゃが」
「今朝、治療を行ったばかりで、魔力が枯渇しているんです……」
「そうであったか、失念しておったわい。ならば、屋敷に避難しておくがよい」
「はい、心遣い痛み入ります。魔力が溜まり次第、診療所に向かいますね」
魔力は一気に飽和されるものではなく、数時間ごとのペースで、少量ずつ蓄積される。
「すまないがよろしく頼むのう。もしも、魔物の大軍を撃退するのが不可能と判明次第、新たに守衛を遣わす。守衛らとともに裏道から逃げるのじゃ」
「そんな……フォルティス村を見捨ててのこのこ逃げるなんてできません」
「気持ちは嬉しいがのう、フォルティス村ばかりか村民まで守れないとあっては、あの世で先祖に顔向けできんのじゃ。無味単調な人生、ちっぽけな見栄くらい張らせてくれんかのう」
「………………わかりました」
レトはミルディンの決心が揺らがないことがわかると、屋敷へと戻っていく。その道すがら、宿屋を経由して、みんなの所持品を屋敷まで運んでおくことにした。
屋敷内はこの村の避難所にもなっているようで、村民がエントランスホールに集まっていた。男は老人か子供ばかりで、割合として女性の方が多かった。
仲間たちも一箇所にまとまっており、レトは外の様子を報告する。
「やはり嫌な予感は的中していた。魔物の大軍が押し寄せてきているようだ」
「おいにいちゃん、ここでも指を咥えてろって言うんじゃないだろうな」
デレクが不満げな顔で問い詰める。
「やるせない気持ちはわかるがその通りだ。今回は撃退した実績のある屈強な戦士たちが戦線に立っている。俺たちが参加しても足手まといだ」
「…………はあ、わかったよ」
屋敷から距離があるし窓からも見えないので、正門付近での様子は正確にはわからない。
だが、門を破壊しようとする攻撃音が止んだのはわかった。
その直後、鬨の声が上がった。憶測でしかないが、門が破られ、魔物が流入してきたのだろう。
フォルティス村陣営が防衛戦に勝利することを祈りながら、レトたちはただただ待ち続ける。
昼食の時間帯になり、守衛が食材を運んできてくれる。
それを使って、ソーニャや村民の主婦たちが料理を作り始めた。
完成した料理はエントランスホールの長テーブルに配膳され、並んで食べる。
もともと余分に作ってあったのか、戦士たち用の兵糧を守衛に持たせていた。
夕方を回った頃、三人の守衛が慌てるように屋敷に入ってきた。
「もうこの村は壊滅寸前です。皆さん、裏道から間道へ続くルートを案内するのでついてきてください」
「そんな……」
その事実を知ったレトや仲間を含む村民はショックで言葉を失う。子供を抱きしめながら泣き崩れる主婦の方もいた。
撃退できた前回よりも遥かに大規模の軍勢が攻め込んできた、ということなのだろう。
「一刻の猶予はありません、急ぎましょう」
弔うことはあとででもできる。勇敢な戦士たちの頑張りを無駄にしないよう、全力で生き残ることが使命だ。
レトは気持ちを切り替えて、仲間たちとともに脱出を決意した。
守衛に続いて裁判所内の裏口より出て、木々が生い茂る森の中に足を踏み入れた。
レトとその仲間を含む村民たちが、ぞろぞろと獣道を進んでいく。
真っ赤な木漏れ日が枝葉の間から射し込む。まるで戦士たちの血が流れる光景を目の当たりにしているようで、心が沈む。
緩やかな傾斜を横切っていくので、みんな歩きずらそうだ。村に危害を及ぼしかねないモンスターや野生動物は日常的に狩っているのか、見当たらない。
集団は重い足取りで守衛の背中を追いかける。
フォルティス村を捨てることもそうだが、間道に出てからどこに向かっていけばいいのか、食料はどうするかなど、心配事が多すぎる。
「そろそろ着きそうです」
守衛の声に目を凝らすと、前方に森の切れ目が見えてきた。
森の切れ目から先は斜面になっていた。
ゆっくりと下って地面に到達すると、近くに巨大倉庫が建っていた。そのそばには厩舎が隣接している。
「この倉庫内に馬車の荷台が三台停めてあります。これから馬車に乗って王国を目指そうと思いますが、よろしいですか?」
レトたちにとっても願ってもないことだ。他の村民も不服はなさそうだ。
馬車が間道に縦列され、村民たちが次々と乗っていく。レトたちは最後尾だ。
レトたち以外の村民が馬車に乗り込み、出番が回ってきた。しかし、定員オーバーで六、七人が乗り込めない事態が発生する。
「フェイ、テッド、エドだけでも乗せようか」
「……そうですね、その方がいいかもしれません」
ソーニャと話を合わせて三人を促そうとする。だが、三人は不満げな顔でこちらを見る。
「やだ、みんなといっしょがいい」
「ぼくも」
「お兄ちゃんが言うならぼくも」
「う〜ん、離れたくない気持ちもわかるがなあ」
三人を諭して要求を突っぱねることもできるが、それで本当にいいのだろうか?
すでに何度となく土壇場を経験しているのに、それでも一緒にいたいというのは、彼らなりの覚悟を感じる。その仲間の覚悟を無下にすることはできない。
「わかったよ、一緒に来てくれ。この旅を最後まで全員でやり遂げよう」
守衛は申し訳なさそうにしながら、水と食料とお金を譲ってくれた。これで野草などと組み合わせれば三日くらいは持つだろう。行商人と道端で出会えれば、食料を購入することもできそうだ。
三台の馬車は、レトたちを置いて、間道の遥か彼方に消えていった。
再び徒歩での長い旅が始まった。
◇◇◇◇
その様子を、幹部の側近ビルタが、高木の樹頭から見下ろす。
彼の視覚情報は、彼の特殊能力——イーグルアイによって、カーディグラス城の玉座の間にいる鷹の使い魔とリンクし、映像として投影することができる。
魔物の中には、人間にはない独自の能力を開花させた希少種がいる。ビルタもその希少種であった。
その映像を眺めるのは幹部アルジオーゾだ。
「ふん、それでいい。お前らが安息の地を手に入れることはねえ。そんな駄作、このオレ様が許さないからな」
足を組み、劇を観覧する王族のような調子で言う。
映像投影を止めさせて、伝書を執筆する。
「ついでに、
伝書を咥えた使い魔は、吹き抜けの大広間を一番上まで一気に上昇し、天窓から城外へ出ると、電光石火の速さで飛翔していった。
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