第27話 復讐と親愛の葛藤

 日が暮れる前に宿屋に帰ってきた。

 みんなが揃ったあと、一階の軽食屋で夕食を済ます。

 男メンバーの共同部屋に戻ってくると、レトはベッドで仰向けになりながら、カフェテラスでのことに関して反芻していた。


(自分の意見は曲げる気はないが、かといってソーニャとすれ違ったままではいけない。明日また話し合って、和解できるように頑張ろう)


 朝露を取るため早起きする必要もなければ、野生動物や魔物に怯えることもない。

 安心してまぶたを閉じると、すぐに入眠した。


◇◇◇◇


 深夜——壁越しに破砕音が聞こえ、レトはハッと目を覚ます。

 すぐに女性の悲鳴が続いた。

 音の発生源からして、ソーニャたちの部屋だ。


「様子を見てくる」


 セオとテッドとエドには待っててもらい、レトは一人で廊下に出る。

 すると、悲鳴を聞きつけたのか、不安そうな顔をした宿泊客が起きてきて、ソーニャたちの部屋の前で様子を窺っていた。

 レトがソーニャたちの部屋に近づこうとしたところで、唐突にドアが開き、フェイとマリルが飛び出してきた。


「どうした? 大丈夫か?」 

「ソーニャおねえちゃんが……」

「ま、魔物よ……」

 

 そう言って恐怖にからだを震わせるフェイとマリルは、レトの両腕にしがみつく。

 開かれたドアから部屋を覗き込むと、そこから夜風が吹きつけてくる。

 部屋の中心には、空間を覆い尽くすほどの巨鳥が、二つの赤い瞳を光らせていた。白い頭部と漆黒の体表はまさしくワシだ。

 そのワシの鉤爪で、ソーニャのことを拘束している。


「ソーニャを離せ!」

「命令ですのでそういうわけにはいきません。アルジオーゾ様より授かりし手紙をお渡しいたします。それではごきげんよう」

「待て!」


 レトは咄嗟に走り出し、昏倒するソーニャの手を掴もうと駆け寄るも、ワシによる羽ばたきによって生まれた暴風で壁際まで吹き飛んだ。

 立ち上がり、アクセラレーションを使おうとする頃には、ワシは侵入してきた窓から飛び立ち、街の夜空へと上昇していった。

「クソッ」とレトは自分の無力さを吐き捨てるように言う。


(どうしてソーニャが連れ去られなきゃならないんだ!)


 このままだと気が触れてしまいそうなので、一度レトたちの部屋に移動することにした。


 シェリルやデイジーから事の経緯を聞く。


「突然窓が割れて、そこから大きな鳥がブワッて入ってきたの。それで一目散にベッドにいるソーニャに襲いかかって、捕まっちゃった」

「あのでっかいワシ、ビルタと名乗っとったで」

「そうか……言葉を発していたし、ビルタは魔物で間違いなさそうだな」

 

 しかし、なぜソーニャがターゲットにされたのか。

 ビルタ自身は命令と言っていたから、おそらく魔王軍による作戦なのだろうと予想するが、いったいどんな意図があるというのか。

 レトはその目的を探るべく、ビルタが置いていった手紙を広げて、中身を読み上げる。



『——勇者よ、姫を返してほしくば、カーディグラス城に来い。玉座の間で待っている。魔王軍幹部アルジオーゾ』



 この手紙を読み終えた瞬間、レトは「ふざけてやがる!」と叫んで、手紙をビリビリに破り捨てた。


(ソーニャが攫われたのは幹部の肴のため? だとしたら俺たちは娯楽の提供者だったのか⁉︎)

「はは、馬鹿げてる」


 怒りを通り越して、思わず笑いが込み上げる。

 そもそも、コルキオン王国に来るまでの旅に不審な点が多すぎる。

 ブライアンの謀略、前触れなく出現した竜巻、フォルティス村の村民が乗った馬車の襲撃……改めて考えると、全て仕組まれていたとしてもおかしくない。

 道化として手のひらの上で転がされていたとでもいうのだろうか。


「レトおにいちゃん、ソーニャおねえちゃんをたすけて」

「そう……だな」


 フェイに頼まれて一度は首肯するも、ソーニャにした発言を顧みて、自己嫌悪に陥る。


(復讐を目的に生きたくはないと言っておきながら、いまからやろうとしていることは、復讐と何が違うっていうんだろう?)


 幹部アルジオーゾを討ち取らねば、ソーニャの奪還はまず不可能だ。

 ヴェルデ村やフォルティス村の襲撃は、アルジオーゾの指示によるものなわけで、アルジオーゾ撃破の完遂はすなわち復讐の完遂となる。

 ソーニャを救いに向かえば、故郷の壊滅や妹の死では揺れ動かなかった復讐心が、ソーニャでは揺れ動いたということ。だってまだ生きているから、と言い訳すればそれまでなのだろうが……


(とんでもなくダサいよな……俺)


 あれだけの大口をソーニャに叩いておきながら、結局は復讐のために動くのかと、羞恥心に身悶える。

 何よりもダサいのは、白魔術師がたった一人で救出に向かうことだ。

 万に一つの見込みもない賭けに挑み、まるで歯が立たず命を散らす。そのことが容易に想像できる。

 白魔術に関する弱気の発言をすると、ソーニャはいつも反論していたことを思い出す。



『傷ついても治せるなら、いくらでも強気に出れますから』



 そうかもしれない。

 イヴが盗賊団に殺されたときも、懐にナイフは隠し持っていた。勇気を振り絞れば死なせずに済んだ可能性もある。

 そしてレトが復讐を目的に生きたくはないと発言したときの反論も思い出す。



『心の奥底に棘が刺さったまま平気なふりして生きるなんて、私はそんなぬるま湯に浸かった人生は嫌です』



 ソーニャを失えば、間違いなく二度と立ち直れないほどのショックを受ける。

 好きだなんて陳腐な言葉では表せられない。

 天と地、陽と陰、幸せと苦痛……一人欠ければ存在できず、全く別の人間として生まれ変わる。

 人生になんの希望を持たない人間として、浪費していくことになる。


(——そんなの、死んでるも同然じゃないか!)


 レトは長い葛藤の末、ようやく決意を固める。


「いまからソーニャを助けに向かう!」


 レトの宣言に「ソーニャのことをお願い」と七人の仲間から激励を送られる。


(ダサくてもなんでもいい。ソーニャの作る料理、喜んだ微笑、冷めた視線まで大好きだから……俺の隣にいてもらわなければ困る)


 入れられるだけの食料と水をカバンの中に詰め込んで、部屋を出ようとしたところで、窓の外から警鐘が鳴り響いた。

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