第3話 ヴェルデ村の子供たち

 ある日の昼下がり——。

 村の中央広場には、レトとソーニャを含めた総勢十人が集まっていた。顔ぶれは四歳から十八歳までと幅広い。

 最年長はレトで、次に十六歳のソーニャが続くが、二人とも外見が実年齢に伴っておらず、背丈は他の子供とほとんど同じだ。

 レトに至っては、アイボリーの髪の下にターコイズの大きい目、丸っこい輪郭と、まさしく童顔と言える。


「集まったか? それじゃあ今日も遊んでいくぞおおおおお」


 みんなを取りまとめるのは、十三歳の犬耳族の少年デレクだ。みんなで何かをするとなると、その発案者や進行役は彼である場合が多い。 


「本日開催する内容はこちら————魔物討伐ゲーム」

 

 この遊びは前にもやったことがある。

 デレクは簡単にルールをおさらいする。


「知っての通り、まずは勇者陣営と魔物陣営に誰がなるかを決める。魔物陣営となった奴は、スタートと同時にどこかに身をひそめる。勇者陣営は遅れてスタートして、隠れている魔物を探し出し、タッチすること。タッチされた魔物は脱落だ。制限時間内に魔物を全て見つけてタッチできれば勇者陣営の勝ち。逆に一人でも生き残れれば、魔物陣営の勝ちってわけ」


 デレクは占いで使われるような棒の先端を握り、みんなに差し出す。先っぽに赤い塗料が塗ってある棒を取った者が勇者陣営となる。


「とりあえず割り振りは勇者三、魔物七にしてあるからな」


 勇者陣営となったのはレト、ソーニャ、デレクの年長者組だ。

 開始の合図とともに魔物陣営は一斉に動き出す。

 フィールドはヴェルデ村の敷居内で、木の上に隠れるのはなしなどの制約もある。

 中央広場の時計を見てゲーム開始時刻となったので、勇者の三人は魔物討伐を始める。


「頑張ろうぜ、ねえちゃん、にいちゃん」


 そう言うと、デレクは一足先に民家の方に向かっていった。


「俺たちも別々に探すか」

「その方が効率がよさそうですね」


 レトとソーニャはそれぞれ違う方向に歩き出した。

 何軒かの家を巡るも、見つからない。レトは教会に向かってみることにした。

 

 真上から射し込む日光が、神官指定の白い制服の上で照り返す。

 歩く度にチリンチリンと鳴るのは、首にかけた銀色に煌めく鈴によるもの。この鈴は妹の形見なので、後生大事に身に着けている。

 

 教会に到着して中に入る。慣れ親しんだ場所のため、物陰になりそうなところの検討はすぐにつく。

 長椅子の間を覗き込みながら前進し、祭壇の裏も確認を済ませる。あとは談話室だけだ。

 談話室に入り、ぐるっと見渡す。

 奥には本棚が並び、その手前には机と来客用の椅子がいくつかある。

 壁際にはベッドがあり、逆側の窓際には観葉植物が二つほど置かれている。


(——あれ、二つ?) 


 確か部屋にはもともと一つしか置いてなかったはずだ。

 裏側に回り込むと……


「マリルとセオみーつけた。はい、タッチ」

「ちょっ、やっぱりマリルたちバレバレじゃない! あんたのせいよ!」

「ええええ、僕だけのせい⁉︎」


 兎耳族の活発そうな九歳の少女——マリルは、鈍色の髪が目元を覆う同じく九歳の少年——セオのことを責める。


「そういえばさっき、ベッドの下でこんな物を拾ったわ。ブヨブヨしててなんだか変な感触〜」

「——そ、それは! い……いや、大した物じゃないよ……」


 レトはマリルの手の上からブヨブヨを掴み取ると、机の引き出しに仕舞った。

 セオとマリルが談話室をあとにして一人になったレトは、静かに安堵した。


「まさか、ジェル状モンスターから採取した素材を商人から買い取って、Gカップおっぱいの感触を再現した球体だなんて、言えないよなあ。俺とデレクの合作にして傑作——」


 ——そんな独り言を呟いていると、ドアから誰かが入ってきた。


「あ、師匠——進捗はどうですか?」

「うお……ソ、ソーニャか。いまちょうどセオとマリルを見つけたところだ。そっちはどうだ?」

「……それがまだ見つけられてないんですよ」

「そ、そうか。まだ時間はたっぷりあるし、そのうち見つかるさ」

 

 間一髪でさっきの発言は聞かれてなかったようで、そっと胸を撫で下ろした。

 ソーニャは、レトやデレクが悪巧みをするとき、決まって鋭い嗅覚で嗅ぎつけてくるから、気が気でなかった。

 ちなみにGカップの球体はもう一つあり、デレクが持っている。

「どうせなら一緒に探すか」とソーニャを誘って、二人で残りのメンバー探しを始めた。

 

 教会前の道を真っ直ぐ進むと、両側には見渡す限りの草原が広がっていた。緑の絨毯には、至る所に山盛りの干し草が置かれている。

 片側ずつソーニャと手分けして探すことにした。

 干し草の内部を一つ一つ手でまさぐっていく。

 農作業を全然やらないレトは、腰を曲げての繰り返し動作に、悲鳴を上げていた。

 二十ヶ所目の干し草の中に手を差し入れたとき、固いものが手に当たった。

「おやおや?」とからかう口ぶりで、干し草を下から持ち上げて崩すと、その正体が判明した。


「テッド見〜つけた、はいタッチ」

「違うよ」

「へ?」


 少し離れた位置にある干し草が、わさわさとひとりでに動き、中から何者かが姿を現す。

「テッドはぼくだよ」

「そして、ぼくはエド。いい加減覚えてよレトにい……」

「あはは、すまんすまん。まあそれはさておき、テッドとエド見〜つけた」

 

 レトは改めて二人にタッチする。

 五歳の双子の兄弟——テッドどエドは、容姿や声質までそっくりで、見分けられるのはこの村でも限られている。なので、最近は髪型の長さで判別がつくように工夫しているらしい。丸刈りなのが兄で、短髪が弟とのこと。

 

 あらかたの干し草は探し終えたので、隣接する草原に向かって、ソーニャと合流した。


「そろそろ中央広場に戻ってみるか」

「そうですね」


 二人が中央広場に帰ってきた頃合いで、制限時間になった。

 デレクが指笛で隠れている子供を呼んで、集合をかける。

 時間内にタッチできたのはレトが見つけた四人だけだった。

 ソーニャは懸命に探していたのを知っているが、デレクが何の貢献もしていないことは気になる。


「おい、まさかサボってたんじゃないよな」

「そんなわけないって〜」

 

 レトが非難の目を向けると、デレクは目を泳がせた。デレクは頼り甲斐はあるが、イタズラや悪ふざけを結構するから、注意が必要だ。

 最後まで隠れられていたのは、マリルの姉で十二歳の兎耳族のシェリルと、十歳の狐耳族のデイジーと、最年少であるおさげが可愛い四歳の女の子フェイだった。


「よっしゃー、もう一回やるぞ!」


 声を張り上げたデレクが、再び抽選の棒を取り出した。


 ヴェルデ村の子供たちは、日が沈むまで勇者討伐ゲームを楽しんだ。


◇◇◇◇


 その日の夜——レトは談話室で燭台に照らしながら読書をしていると、窓をコンコンと叩く音が聞こえる。

 カーテンをスライドすると、そこにはデレクがいた。


「にいちゃん、これから風呂覗きにいかないか?」

「いいね、行こう!」


 迷わず了承し、すぐに談話室をあとにする。私服のまま教会の外に出て、ランタンを持ってデレクと合流した。

 レトとデレクには、とある野望があった。必ずや、等身大Gカップの美女ドールを完成させると。悲願のためには常日頃の観察が肝要なのだ。


「今日はヴェルデ村トップファイブの一人であるマライアさんだ。Eカップは確実にある豊満なおっぱいと、二十歳という若々しい美貌を兼ね備えた美女だ。どうよ、興奮してくるだろう?」

「……最高だ。だが、覗き込める隙間なんてあるのか?」 

「おれを甘くみちゃいけねえ。昼間にやった勇者討伐ゲームの間、マライアさんの風呂の外壁を延々と掘削してたんだ」

「やっぱりサボってたのか……。でもなんて執念なんだ。これがエロの探究心が成せる努力の結晶というわけか」

「どうだにいちゃん——おれが怖いか?」

「ああ……震えと興奮が止まらねえ……」


 マライアさんが住む家に辿り着いた二人は、家畜小屋の脇を通って、裏手へ回る。

 湯気がモクモクと出ている付近でしゃがみ込んだデレクは、穿った跡のある壁面に目を近づけた。


「うおお、ジャストタイミング」

「おいデレク、俺にも見せろ」


 尻尾をふりふりしているデレクの隣にしゃがんで、強引に横にずらすと、覗き穴の占有権を奪った。


「くっそ、湯気で何にも見えねえ」

「おいにいちゃん、おれが作業したんだから最初はおれだろ!」

「こちとらエロ本をソーニャに没収されて、いろいろと溜まってんだ。だから譲れねえ——」


 互いに譲らずへし合いを続けていると、彼らの背後に何者かが立った。 



「————私にも見せて頂けますか?」

「「……………………………………………………………………………………え?」」



 二人がそっと後ろを振り返ると、人影がランタンの灯りによって照らし出される。

 肉食獣でさえ怯えさせる凄みのある形相がそこにあった。


「にいちゃん、あとは任せた。さらばっ」

「ちょ置いてくな、デレク——!」


 完全に見捨てられたレトは、全てを諦め地面に頭と両手をつく。


「おお神よ、私めをお許しください」

「ダ・メ・で・す」

「オウ、ジーザス」


 ソーニャは目にも止まらぬ速さで、レトの顔面を掴んだ。そのまま握力でギチギチと圧迫する。当分の間、レトの悲鳴は止むことはなかった。

 後日、デレクとともにきっちり穴の修復を命じられたのだった。

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