第24話 悲しみを乗り越える

 翌日——朝食を食べながら、これからの旅路についてレトが切り出した。


「ホラントの森は通らずに、遠回りして山道に向かおうと思う」

「……師匠、出発前にデレクのお墓を作ってあげませんか?」

「そうだな、そうしよう」

 

 ホラントの森まで戻り、入り口付近の柔らかい土を探す。

 今日は珍しく雨天だった。木陰で防ぎきれない雨粒に濡れながら、仲間全員で穴を掘る。

 そこに形見になりそうなものだけ抜いてから、デレクのカバンを入れて穴を埋めると、太めの木の棒に名前を刻んで墓標とし、地面に突き刺す。

 サルワート教の鎮魂歌をみんなで唱え、簡易的な葬儀を行う。

 唱えている間、どうしても嗚咽を抑えることができず、レトも含めてみんなまともに言葉を紡ぐことができなかった。

 涙を雨で洗い流せても、心に空いたぽっかりとした穴は、そう簡単には埋められない。

 下ネタばかりの冗談も、義理堅く男らしい一面も、みんなを励まし続けてくれた笑顔も、もう二度と見聞きすることはない。

 昨日の今日で気持ちをすぐに切り替えられるはずもなく、レトたちはしばらくデレクの墓標前で佇んでいた。


◇◇◇◇


 山道への出発前、セオが声をかけてくる。

 失われた声を取り戻してからというもの、人が変わったように明るくなった。


「レト、お願いがあるんだけど、ナイフを貸してくれない?」

「いいけど、危ないことには使うなよ」

 

 セオは忠告を無視して、ナイフの切先を額に向けた。

 すぐに制止しようと手を伸ばすも、「突き刺したりしない」と聞いたレトは、傍観に徹する。

 ナイフは真横にスライドしていき、パラパラと前髪が落ちる。

 こめかみまで移動したあと、その動きを止めた。くりっとした瞳のあどけなさが残る表情と上目遣いでこちら見る。


「ありがとうレト、これ返すね」

「ずいぶん思いきった切り方をしたな……心機一転か?」

「うん。僕、もう下を向かないって決めたから」

 

 そう決心を口にしたあと、レトに笑いかけた。

 以前までとは別人であるかのような顔つきに、精悍さが滲み出ていた。

 

◇◇◇◇

 

 山道に向けて一行は歩き始める。デレクがいなくなったことで、隊列が不揃いになった。それに伴い編成を少しいじる。

 第一小隊は以前の通りレト、フェイ、テッド、エド、シェリルという並びで、第二小隊はソーニャ、マリル、セオ、デイジーに変わった。

 セオは変貌した髪型を仲間に見せたとき、みんな驚いた顔をしていた。

 そんな中……


「ぷっ、ちょ、ちょっとあんたその頭どうしたのよ。き、キノコ頭じゃない、あははははは」

「わ、笑わないでよマリル!」


 昨夜あれだけ険悪だった二人が、笑顔でやり取りをしている。

 デレクがいなくなったことで、楔を打ち込まれたかのように、仲間たちの心に亀裂が広がっていたが、二人のおかげでいくらか雰囲気が持ち直したかのように見える。

 ただやはり、盛り上げ役であったデレクがいないのは寂しい。デレクとの悪ノリはもう二度とできないのはレトにとって辛かった。

 

◇◇◇◇

 

 急峻な山道のそばまで来た頃には、すでに夕方を回っていた。

 視界不良のまま山登りするのは危険なので、時間調節がてら今日は早めに野営をすることになった。 

 

 翌朝を迎え、登山を始める。

 山登りに慣れていないからか、斜面による足腰の負荷だけでなく、呼吸が段々と浅くなる。

 適度な休憩を取り入れて登ったせいか、頂上に辿り着いた頃にはすっかり日が暮れていた。

 ビトーリア町の門に差しかかると案の定、門番の男に制止された。


「お前ら、こんな情勢で呑気に観光か? ガキが遠足に来ても面白いもんはねえぞ」

「実は王都に行きたくて旅をしていたのですが、正門付近の街道は通行止めで、それ以外の門も跳ね橋が上げられています。なので俺たちはいま手詰まり状態なのです。王国軍の兵士の方に、この町からならコルキオン王国に行けると言われたのでやってきました」

 

 レトは素直に事情を説明する。


「なるほどな。お前らと同じ目的の奴ら割と来てるぜ。明日の朝、炭鉱ギルドに行ってみな。でも今日はもう暗えし、宿屋で一泊してからの方がいいな」


 着いてきな、と彼が言うと、レトたちもあとに続いてビトーリア町の内部に入っていった。

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