隠居神官レトの英雄譚〜白魔術しか使えないけどやるしかない〜

緋色凪

第1話 人魔戦争

 ハルモニア大陸東端から海を越えた先にある孤島には、魔物が支配する国があると噂されている。

 それを裏付ける歴史的文献には、古代の大陸と孤島は地続きだったとある。

 伝説的文献には、勇者に敗れた魔王が大陸の一部を切り離し、島に乗って海を渡った先で、魔の国ドンヌを建国したとある。

 

 現在ハルモニア大陸では、人間と異種族が共生している。動物の耳と尻尾があっても、等しく人類として扱われている。

 小競り合いはあるものの、目立った争いはなく、長らく平和は保たれていた。

 しかし二十年前、魔物の軍勢が大陸に押し寄せ、人魔戦争が勃発した。

 人類は抗戦を続けるが、次々と拠点が奪われる。村や町まで蹂躙され、大陸のおよそ六割を失った。

 魔物の軍勢は勝鬨を上げ、こう口ずさむ。


『魔王フェブルース様——万歳!』と。


◇◇◇◇


 直近で魔王軍に乗っ取られたカーディグラス城の玉座の間には、幹部アルジオーゾがいた。玉座で足を組み、細く絞られた縦長の瞳孔が、跪くビルタを見下ろす。


「アルジオーゾ様。トラジティ町で捕虜にした子供は、今しがた全滅いたしました」

「なんだ、やけにクソな余興ゲームをやらせるじゃねえか」

「申し訳ございません」

「まあいい。次の人間カスの住処を目標地点に定め、襲撃に備えろ。大陸侵攻を遅らせても構わねえ、そっちに数を割け」

「御意」

 

 慇懃に跪く体勢からビルタは立ち上がる。

 折り畳んだ漆黒の翼を羽ばたかせ、獅子をも凌ぐ巨体が浮上し、天窓より城外へと飛び立っていった。

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