第19話

「うぅぅぅ……」


「っと、大丈夫かアイリス?」



 右腕を治した後のこと。

 彼女はぐったりとテーブルに突っ伏してしまった。



「め、めが、まわ、りゅぅ……!」



 あー、そりゃ仕方ない。



「度数90オーバーの酒だからな。一気にキメたらそうなるよなぁ」



 おかげでアイリスの顔は真っ赤だ。

 このへんは説明しときゃよかったな。



「ごめんな、いきなり飲ませちまって。後の世話は任せとけ」



 俺は机に飯代を置くと、彼女に近寄り横抱きにした。



「じゃあ俺の宿で休憩を」


「「ってダメーーーーーーーッ!?」」



 と、その時だった。

 銀髪姉妹のニーシャとクーシャが窓をガシャァァアッと突き破って出現。

 無駄に疾風雷神の動きでアイリスのことを奪い取った。


 えええ?



「お前ら、何を」


「それはこっちのセリフだよお兄さん!?」「酔い潰れた女性を連れ込むとかアウトですよアウト!」



 ん、あぁ。

 そりゃまぁ傍から見たらちょいあれだったか。



「いや、別に変なつもりはないんだが」


「わかってるよお兄さん優しいしッ!」「それでも万が一があるでしょうッ!? この女ってば乳デカいしッ!」



 アイリスを掲げてフシャーーーーッと唸る双子姉妹。


 これは奪い返すのは無理そうだな。



「わかったよ。彼女のことは二人に任せた」



 てかちょうど良かったかもな。


 なにせニーシャとクーシャは女性だけの冒険者集団『妖精の悪戯』のダブルリーダーだ。


 俺なんかの世話になるよりアイリスも安心できるし嬉しいだろ。



「ニーシャとクーシャなら信用できるからな」


「「でゅへェッ!!!!! ……って、お兄さんに信用されても嬉しくないしーッ!?」」


「そ、そうか」



 一瞬すごいだらしない顔と声した気がするけど気のせいかな?



「じゃあなアイリス。またどこかで」



 そうして俺が立ち去ろうとした時だ。

 ふいに、



「ま、まってくれ」



 と、震える右手が俺の袖を掴んだ。



「アイリス?」


「ま……まだ……解決、すべき、ことが……」



 意識も朦朧としたままに、彼女は言う。



「ヴィオラ……だ。あの、強姦魔の女狂い……。戦えるようになったからには、アレを、一刻も早く……」


「大丈夫だ」



 彼女の手を両手で包む。


 その貴族なら、言われずとも俺がどうにかしようと思っていたが、



「お前は言ったよな。例の女侯爵は、乳歯も残るような女児も魔の手にかけていると」


「あ、ああ。まさに最悪で……」




 この飯屋にアイリスを連れ込もうとした時だ。


 先に入っていった『女児を率いる修道女』を見たとき、俺は内心ビクついてしまった。

 


女児ロリに関する発言なら、あの女が聞き逃すはずがない。邪龍おれが動くより大変なことになるかもな」


「な、何を言ってるんだ? あの女、とは?」



 戸惑うアイリスに、俺は告げる。



「世界に七人しかいない“特級”冒険者『妖濫ようらんの聖女アネモネ』が動くってことだよ」


「っ!?」




 そう。




「またの名を、『1秒に10回「幼女」と言える聖女アネモネ』がな」


「気持ち悪いッ!」





◆ ◇ ◆





「アネモネがやってきましたよぉ」




 “女児がはずかしめを受けている”という発言から


 聖都に立つ女侯爵の屋敷は、壊滅状態と化していた。




「いだいいだいだいだいだいィイイッ!?」

「アァアアアアーーーーーッ!?」

「だ、誰かッ、殺して……ッ!」



 背景は燃え盛る地獄の業火。


 そこに並び立つは、血色の杭に貫かれた数十名の兵士たち。



 悲鳴と絶叫。肉を焼く音。



 それらが響く惨劇の舞台にて、『聖女アネモネ』は微笑んでいた。



「さぁ、最後は貴女アナタだけですね」



 花咲くような柔らかな笑み。

 


「さぁ、さぁ、さぁ」



 安らぐような優しい声音で。



「お死にましょうね、ヴィオラさん?」



 アネモネは悠々と廊下を歩き、女侯爵へにじり寄る。




「ッ……アンタは、特級のアネモネ……!」




 突然の強襲にヴィオラは瞠目する。

 

 世界で七人だけの人間兵器・特級。


 その一人である『妖濫ようらんの聖女』とも呼ばれる女に詰められているのだから。



「アンタ、なんでここに……!?」


「あらわからない? 幼女の胸より小さな脳みそなんですねぇ」


「なんだとッ!?」



 女侯爵ヴィオラが動こうとした瞬間、足元から血の杭が伸びる。



「くッ!?」



 咄嗟に下がるも次は壁から、天井からと。

 磔刑の杭はどこまでも彼女を追い詰め続ける。



「息の根と生理を止めましょう」


「黙れ下民がッ!」



 ヴィオラは杭の避けにくい廊下を抜け、広い執務室に飛び込んだ。

 

 さらに追ってきたアネモネに向かい、血杭を蹴り砕いて先端を飛ばす。


 が、無駄だ。



「抵抗と老化は止めましょう」



 杭の破片は血霧と霧散。

 そして再びヴィオラに向かって生え伸びてきた。



「くそ、キリがないッ。噂の血を操るレアスキルか!」


「えぇ。詳細はヒミツですが、応用すれば瞬間移動もできるんですよ? ロリの涙を座標にね」


「気持ち悪いッ!」



 罵倒と共に、ヴィオラは執務机からあるものを取り出した。



「ただ逃げてるだけと思ったか!?」



 取り出したのは、猛毒色の鱗を纏った鞭だ。


 これぞ脅威度S級毒邪龍『バジリスク』より造られた魔導兵装である。



「このヴィオラ様をッ、舐めるなァーーッ!」



 怒りと共に放つ鞭撃べんげき

 超速かつ縦横無尽に描かれる機動。

 一閃にして毒鞭は、エイズンワースに迫る血の杭の群れを撃滅した。



「呪毒ッ、発動!」



 鞭が当たるや杭は一瞬で石化。

 アネモネの前で微塵と散った。


 次は、再生しなかった。



「あははははっ! 大正解! 血も石になれば再形成できないみたいねぇッ!?」


「あらお強い」



 武器の優秀さはもちろん、女侯爵の腕前自体に修道女は目を眇める。



「なるほど……それがロリを食べて得た力ですか」


「ロリは関係ねぇよボケ。上位貴族ほど強い武器を持ち、スキルも武勇も優れてるのは当たり前でしょう?」



 ヴィオラは圧倒的に強い。

 

 最初こそ突然の奇襲に面食らったが、落ち着けばこの通りだ。



「貴族の力を見縊みくびるなよ?」



 財を尽くした秘蔵の武装が。

 そして、優生婚の連続により発現した身体技能強化系スキルの数々が。

 たおやかな肉体を、戦場の絶対者へと変えてくれる。



「アネモネはロリしか見ませんよ?」


「黙れ狂人。さて……アンタの根城は『開拓都市トリステイン』だったわね。となるとアンタを遣わしたのは、調教プレイの一環で放逐したアイリスか――いや、もしや領主イスカル卿がチクりやがったか!?」


「はい」



 聖女はクソ適当に答えた。


 イスカルは特に関係ないのだが、ロリ以外とはあまり話を伸ばしたくないからだ。



「クソッ! ヤツの過去の悪行はアタシもいくつか握ってるってのに、それがバレることも覚悟で裏切りやがったな!?」


「はい」


「やはりかッ!」



 なお、真実を知らない悪徳貴族仲間のヴィオラは怒り心頭である。



「最近じゃ何の思惑か『聖人貴族』を気取ってるらしいが、マジで心を入れ替えやがったか……。おのれ、次に会ったら殺してやるぞイスカル卿ッ!」


「はぁ。領主様はどうでもいいですけど、反省はナシですかー。酷い人ですねぇ」


「あぁそうさ! だが強いッ! アタシら貴族は強いからこそ、残酷な真似も許されてるんだよォッ!」



 豪速一閃。

 数多のスキル補正を受けて振るわれた鞭が、アネモネの首に直撃した。



ったッ!」



 そして発動する呪毒。

 修道女の細首は刹那に石化。

 そのまま砕けて宙を舞った――のだが。



 しかし。



「あぁ、アネモネが死にました」


「は?」



 気が付けば、側に全裸のアネモネが立っていた。



「なッ、はぁッ!? アンタいつのまにッ」


「「本当に酷い人」」



 ゾッとする背筋。


 全裸のアネモネがもう一人、ヴィオラの背後に増える。



「え……!?」



 さらに、さらに、



「どうしてそんな人格に?」

貴女アナタもかつては無垢でしたでしょう?」

「きっと可愛い――笑顔の素敵なロリだったのに」



 三人。

 四人。

 さらに、五人と。


 瞬きごとに増えるアネモネ。


 女狂いヴィオラの視界と耳朶が、女の群れに埋められていく。



「「「「「「「「ねぇ、貴女アナタ」」」」」」」」


「ひぃッ!?」



 気づけば群がられていた。

 

 気が付かなくとも、既に埋め尽くされていた。


 周囲全てが女の肉と匂いに染まる。



「ひぃいいいいいーーーーッ!? なによこれぇぇええええッ!?」



 絶叫を上げるヴィオラ。

 されどその声は届かない。


 彼女自身が、被害者たちの声を権力と暴力で搔き消してきたように……、



「「「「「「「「「叫んでも無駄」」」」」」」」」



 聖女の『軍勢』が、媚肉の檻で吸い取ってしまっているからだ。


 声も。

 涙も。


 血肉すらも。



「なになになになにッ!? 身体がッ、熱いッ……まるで、溶けるように――あ……あれ、ちい、さく……!?」



 ああ。

 これは悪夢か。幻覚か。


 最期にヴィオラは、自身の肉体が小さくなっていくのを見た。



「「「「「「「「「「さぁ酷い人。全ての罪を晴らすために」」」」」」」」」」


「あ、あ……!?」




 そして。




「「「「「「「「「「「可愛い幼女になりましょうね?」」」」」」」」」」」




 EXスキル超動。



 ――禁術解放≪妖濫世界ゴグマゴォグ乙女を照らす鮮血水月・ブラッドムーン≫――




「ぁ」



 此処ここに具現する『肉の神殿』。



 この日、一人の悪女が、聖都から永遠に姿を消した。






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『トリステイン新聞:春終の月/第三の水神の号』



・『聖女アネモネ』、領主イスカル伯爵より指示を受け、悪行を成していたヴィオラ女侯爵邸を襲撃。


  ヴィオラ女侯爵および私兵団は全て見つからず。

  強襲を事前に察知し、逃亡したとみられる。


  なお、


  同侯爵邸からは、


  86名の記憶を失くした女児が保護された。



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イスカル「吾輩何も知らないんだが!?」

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