第32話


 『開拓都市アグラベイン』を出てからの道のりは順調だった。


 出立直前に聞いた“領主及び司祭の失踪”に苦笑いしたり、街を出てからは馬車の上で仲間たちと駄弁ったり、昼寝したり、休憩で寄った小村で適当に買い物したり。

 見かけた小川で水切り遊びして石投げたらつい邪龍パワーで音速で投げちゃって、超遠方で村の方向に飛ばんとしていたボロボロの赤龍(アイツまだ生きてた)に当たっちゃったり……と。


 適度に道中を楽しみつつ、『開拓都市トリステイン』に帰還した。



 それから、『暗黒令嬢サラ』として領主イスカル卿とお話したりして、数日後。



「――それで聞いてるかジェイドくんよぉ? かつて無敗の喧嘩伝説を作ってきたオレだが、『八つ裂きのアルベド』って女には惜しくも……そう惜しくもやられちまってなぁ!? だがアレはほとんどわざとみたいなもんだ。オレに女を殴る拳はないからな。そのせいで肉体がセーブをだな」


「はは、ぱねぇっすねアンダーさん」



 ……ギルド脇の酒場にて、酔った先輩冒険者にだる絡みされていた。


 同世代や変態には素に近い対応をする俺だが、年上などにはついつい丁寧に接しちゃう元日本人おれである。

 そのため、寂しいおっさんに相手させられることはちょくちょくあった。

 まぁいいけどね。嫌われてたらこんな扱いもしてもらえないし。



「ま、例の女はいつの間にか死んで、オレは四十過ぎまで今も生きてんだ。実質勝ちみたいなもんだろー」


「っすねー(いや負けてんだろ)」



 聞き流しながらビールを飲む。

 うまくこの人のおごりにもっていく予定だ。うめうめ。



「でだ。オレの知ってるアルベドは乳でけーけど怖い女でよ。そんなヤツに比べて、隣領のアルベドさんって人はそれはまぁ優しくて儚げなんだろ? な、なぁジェイドくんよ、なんかちらほら話して面識持ったんだろ? 機会があればオレのことを紹介してだなぁ……!」


「うす考えときまーす(※紹介するとは言ってない)」


「やりぃっ! 楽しみだぜ!」



 酔っ払いパイセンと駄弁りながら酒飲んでメシもパクパクする。

 たまには見知った仲間以外と雑に過ごすのもいいもんだ。



「まぁあれだぜジェイドくん。オレのくらいの歳になると結婚相手見つけるのも苦労するからよ、今のうちに誰かとくっつくのもありだぜ?」


「やー自分にそんな相手は」


「いるだろ? オメェが世話してた双子姉妹に、女騎士にミスティカさんにルアにシロクサに……」


「いや後半二人おかしいだろ」



 と、アンダーさんと馬鹿話してた時だ。

 不意にギルドの戸がバガンッ! と開けられた。


 な、なんだ?

 


「――けっ、聞いた通りだな。狩人どもがウジャウジャいやがる」



 妙な物言いと共に入ってきたのは、全身傷跡まみれな褐色赤髪の美青年だった。



「オレの名はヴァン。ここで冒険者ってのになればカネが稼げると聞いたが、違いねェかぁ!?」



 威圧するように吼えるヴァンという男。

 そんな彼に最初に口を開いたのはミスティカさんだ。



「ようこそいらっしゃいました。わたくしは『冒険者ギルド』受付のミスティカと申します。ご確認の件ですが、その認識で合っているかと」


「アァ? 石みてぇに顔面の固まったオンナだな。オレぁ恐怖に満ちた顔のほうが好みなんだがねぇ。おいやってみろよ」


「表情の変更は業務にありません却下します」


「アァァアッ!?」



 大股で受付台に詰め寄る男。

 その拳は“これからブン殴る”と宣言するように握り締められていて、



「殺す」


「っておいおいおい!?」



 イ、イカれすぎだろこの野郎!?


 前にもメガネくんがミスティカさんに突っかかってたが、まだいくつか問答あっただぞ!?

 なのにアイツ即暴力って!



「おい待てよお前っ」



 そうして俺が止めに入ろうとした時だ。


 それより一瞬早く、無駄に颯爽とローリングしながら、アンダーさんが男の前に立ちふさがった。

 ってアンタ何やってんだ!?



「フッ、おい若造。その握り締めた拳を解きな」


「あ? なんだテメェ」


「オレの名はアンダーッ! かつて喧嘩無敗と謳われた伝説のッ」


「死ね」



 瞬間、容赦なく男は裏拳を払った。

 それはアンダーさんの横っ面に直撃し、その顔面をゴムのように変形させながら壁に向かってぶっ飛ばした!



「ァッ、アンダーがやられた!?」

「あの野郎! さっきから調子コキやがって!」

「なんだテメェおらぁああ!?」



 途端に殺気づくギルド内。

 

 アンダーは無駄に長い冒険者歴から、無駄に知り合いが多い男である。

 顔見知りが理不尽にやられたとあっては、冒険者連中は黙っていない。



『ブッ殺すッッッ!』



 彼らは一斉にヴァンという男に襲い掛かった。

 が、



「ニンゲンどもがッ、しゃらくせぇんだよォオオッ! ウラウラウラウラァッ!」



 一瞬百撃。

 野郎は信じられない速さで全方位に拳を繰り出し、並み居る冒険者たちを殴り飛ばしてしまった……!



「っ、あいつまさか」



 あの高すぎる戦闘能力。

 常識知らずの凶暴ぶりに、何より“ニンゲンどもが”という発言。

 これは、間違いない。



「さぁて雑魚どもは片付いた。次はテメェだ、ミスティカって女。この場で死ぬか、あるいはメスの顔をして媚び謝るか、えらべやカス」


「……後者だけは死んでも拒否させていただきます。女の顔を見せる相手は一人だけですので、帰りなさいゴミ」


「死ね」



 豪速でミスティカに振るわれる『人外』の鉄拳。


 ――俺はそれを、手首を掴んで引き留めた。



「なにっ!?」


「よぉ落ち着けよ新顔。とりあえず外で話そうぜ?」


「アァッ? ニンゲンがオレに指図をッ」


「言うことを聞け」



 ヤツの手首を軽く締め上げる。

 そう、軽く『邪龍』の力でだ。


 すると怒気に染まっていた男の顔が痛みに歪んだ。



「ぐぅッ……この力、まさかテメェも……?」


「そういうことだ。じゃ、あとは話し合いで解決しようぜ」



 野郎を引き連れギルドから出ていく。


 ちなみにギルド内は冒険者たちがぶっ倒れまくった死屍累々の有り様だが、なんと全員命は落としていなかった。

 このヴァンっていうやつ、最低限の配慮だけはあったのか?

 そんなヤツにはあんま見えんが。



「さて――騒がせて悪かったなミスティカさん。じゃあちょっと行ってくるわ」



 もう大丈夫と落ち着かせるよう、軽い調子でひらひら手を振る。

 すると、



「……はい。どうかお気をつけて」



 ……っておいおいミスティカ。

 

 その顔、他の冒険者にはするなよ?




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