第31話


「来たか、シスターアルベドよ」

「夜分遅くにすまんのぉ……」



 その日の夜。

 アルベドは出頭の命を受け、領主邸に訪れていた。



 彼女を出迎えたのは此処『開拓都市アグラベイン』の領主と、この地の『女神教』司祭だった。



「さて、貴様を呼び出したのは他でもない」



 明かりも灯らぬ執務室にて、領主はアルベドへと告げる。



「我が断りもなく隣領の戦力を招き入れたことは、侵略幇助にも当たる重罪だ。早々開く予定の裁判にて、貴様には死罪を下す」



 誰もが予想する判決だった。


 意にそぐわない行動をした下民を、貴族が許すわけがない。


 周囲に示しをつけるためにも反逆者は必ず殺す。

 この世界では当たり前のことだ。



「だ、がぁ」



 豪奢な座椅子から立ち上がる領主。


 彼はアルベドに近寄ると、その豊かな女体を舐め廻すように見た。



「貴様はなかなかに魅力的だ。その修道服の下の身体で、私に忠誠心を示す・・・・・・というなら、判決も甘くなるかもしれんぞぉ?」



 つまり、夜に呼び出したのはそういうことだった。



 領主は期待しているのだ。

 死に怯えたこの修道女が、貞淑さなど剥ぎ棄てて必死に腰を振る様を。



「私は優しいだろう? なぁ、司祭よ」


「はッ!」



 領主の下劣なる提案を、しかし老齢の司祭は肯定する。


 修道女を守る意思など一切ない。

 むしろ司祭はアルベドに向け、“恐れ多いことをしてくれたな”と疎ましげな視線を送った。



「受けなされアルベドっ。領主殿のお慈悲を無碍むげにしてはならない。このお方に誠心誠意の忠義を示し、これからも教会の発展に寄与していただくことこそ、信仰の道として正しくっ」


「――ふふ」



 その時だった。


 黙り、俯いていたアルベドが、不意に笑みを浮かべたのだ。



「むっ……?」

「おいアルベドよッ!?」



 訝しむ領主と慌てる司祭。


 そんな彼らの様子を無視し、アルベドは告白する。



「『開拓都市トリステイン』の方々を見て、思ったのです。彼らの知識と技術があれば、冒険者はとても強くなれると」



 期待を胸に、アルベドは続ける。



「ご存じでしょうか? 『冒険者ギルド』のマスターとなるには、自身も冒険者として活動した経歴がなくてはなりません」


「おい貴様」


「わたくしもかつては冒険者でした。ですが怪我をするうちに関節などに痛みが残り、ついには眼病まで発症。それでもあがこうとしましたが、やがて加齢で身体が動かしづらくなっていることも自覚し、引退を」


「おい無視するな貴様ッ! 先ほどから何を語っているッ!?」



 ついに領主は激怒した。


 アルベドの胸倉を掴み上げる。



「要するに、『クソッたれな隣領の技術だかを取り込めば、可愛がっている冒険者たちが強くなるかもしれない』と!? そう言いたいのだよなぁ!?」



 舐めた口を効いてくれたな、と領主は震える。



「はっ、冒険者ギルドマスターの鑑だな。だが、我が配下としては最悪だ」



 どうせ元より犯すだけ犯して死罪にする予定の女だ。

 何も躊躇する必要はない。



「もう我慢ならぬ。――おい兵士どもよッ、集まれ! 反逆者だァッ!」



 怒りのままに領主は叫んだ。

 そして笑う。



「恐れろアルベドよ! これから集団で貴様を切り刻み、最期は虫の息の貴様をッ、犯しながら殺してやるッ!」



 貴族として舐められたままで堪るか。

 この下民の女は確実に悶絶死させてやる。



「そして、死体を兵士どもの慰み袋にしてだなぁ。それからは市中に晒して腐り果てるまで!」



 と、死後の末路まで凄惨に語っていた時だ。


 ぽつりと、アルベドは「訂正を」と呟いた。



「あん? なんだァ? 今さら、自分の発言を撤回したいのかァ?」


「いいえ、違います領主様。アナタの思い違いを正したいのです」



 扉を突き破り、常駐の兵士たちが流れ込んでくる。


 彼らは「反逆者は貴様か!?」と吠えながら、集団で剣先をアルベドに向けた。



 だが、アルベドは全く意に介さない。



「領主様。アナタは先ほど、“隣領の技術があれば、可愛がっている冒険者たちが強くなるかもしれない。そう言いたいのだろう?”と、わたくしの発言を解釈しましたね」


「あぁもういい喋るなッ! おい兵士どもッ、この女を殺さん程度にズタズタにッ」


「違いますよ」



 その時だった。


 不意に領主は、後ろに転んで尻餅をついた。



「ぐぅっ!?」


 

 痛い。

 恥ずかしい。

 それに、おかしい。


 自分はアルベドの胸倉を掴んでいたはずなのだ。


 それなのに彼女は立ったままで、自分だけが倒れるなど、と。



「あっ……?」



 そこで、彼はようやく気付いた。


 修道服を掴んでいた手が、そのまま彼女の胸元に残っていることに。



 自分の片手が、手首から無くなっていることに――!



「あッ、あぁあぁあぁああーーーーーーーッ!?」



 自覚した瞬間に襲う激痛。

 同時に鮮血が断面から噴き出し、たちまち足元が血に染まっていく。



「しッ、死ぬッ! じぬ~~~~ッ!?」


「領主殿ぉ!?」



 悶える領主と、駆け寄る司祭。


 状況は一瞬で混迷した。


 周囲の兵士たちは唖然としつつ、領主の手を投げ捨てる女を見る。



「ふふ」




 惨劇を前に咲く麗しの笑み。

 彼女がナニカをしたことは、明白だった。




「お、おい女! 貴様っ領主様に何をッ」


「お静かに」



 騒ぐ兵士は一瞬で黙った。


 アルベドが『何か』を投げる動作をするや、兵士の脳天が抉れたからだ。



「なっがッあぁ~……?」



 奇声を発して脳死する兵士。


 修道女は当たり前に人を殺した。



「アっ、アルベド貴様ッ!?」


「ねぇ領主様。違います。違うんです。違うんですよ」



 倒れる死体など意にも介さず。

 彼女は朗々と言葉を続ける。

 



「わたくしが、『トリステイン』にときめいた理由は」




 恋するように顔が赤らむ。

 その色気を帯びる様にしかし、足元の領主はもう欲情する気など起きない。

 気付けば身体が震えていた。



「そッ、それ、は、ギルドマスターとして、子飼いの冒険者たちが強くなるのが、うれしいのでは……!?」


「いいえぇ」



 彼女は頬に手を当てると、


 

「他の冒険者たちでなく――この、自分自身わたくしがッ! まだ、また、もっとまだまだッ、強くなれると想ったんですよぉッ!」



 恍惚とした声色で、修道女は――元一級冒険者『八つ裂きのアルベド』は謳い上げた。




「もう未来なんて諦めていたのにッ! 一線を退き、後進たちを想い育ててッ! 静かに生きようと、そう思っていたのに!」



 もはや我欲は捨てていたのに。

 母親のごとき優しいマスターに成りきれていたのに。

 それなのに。



「でも『トリステイン』の方々に誘惑されてしまったんです。彼らの知識と技術があれば、まだわたくしも戦えるとッ! 昔みたいにあの日みたいにっ、暴れて殺して勝利してッ、周囲から賞賛を得られるとッ!」


「なっ、何を言うとるアルベドよッ! おぬしは領主様にっ、貴族に手を上げたのだぞ!?」



 呻く領主に代わって司祭が騒いだ。



「賞賛されるわけがあるか! この罪人めッ!」



 勢いで飛んだ唾がアルベドにかかりかける。



「黙って犯されていればよかったのだッ! あぁこんなこと、教会本部にどう報告すればッ」




 司祭の言葉はもう続かない。


 鉄拳粉砕。

 アルベドが一瞬で近寄ると、その頭部を殴り砕いたからだ。



「ゴギャッ!?」



 首が捻じれて頭がぐるりと一周する。

 さらに、



「なぁ、テメェ、俺に唾を吐いたよな、なぁぁ?」



 ばぎり、ぐじゃり、ごぎり、と。


 アルベドは何度も強烈も拳を叩き付けた。

 そのたびに司祭の首が回転する。



「ぐッ、ご、ぐぅ?」


「謝れよ謝れよ謝れよ謝れよ謝れよ謝れよ謝れよ謝れよ謝れよ謝れよ謝れよ謝れよ」


「あッあっあッアっあぁァ?」


 

 司祭はすでに死んでいる。



 が、脳を揺らされ、大後頭神経を首ごと無理やりに捩じられて、彼の口から電気反射で奇妙な声が漏れ続けた。



「喋れよ、ごみ。ブチ犯すぞ?」



 最期に一撃。

 アルベドが一際ひときわ激しい鉄拳を叩き付けたことで、老人の首は皮膚が千切れて吹き飛んだ。



『ひッ!?』



 首なし死体。

 噴き出す鮮血。


 その血を浴びるアルベドの姿に、周囲は恐怖で息を吞んだ。



「あぁ、殺す気なんてなかったのに……まぁいいか」



 今やアルベドの精神テンションは、冒険者時代に戻っていた。


 不満があったら『暴力』だ。

 加害を受けたら『殺害』だ。


 相手が無残に死んだところで、“不快にさせるほうが悪い”と断じられる過去の冷酷さを取り戻していた。



「では、次です。このわたくしが強くなるために」



 足元の領主に視線が戻る。


 ひぎゃッッと、領主自身すら自分の声とは信じられない悲鳴が漏れた。



「へッ兵士たちよっ! この女を殺せッ! 抹殺に成功した者には、一億でも二億ゴールドでもくれてやるっ!」


『おッ、オォオオーーーッ!』

 


 苦し紛れの言葉だが効果はあった。


 兵士たちは――まだ数が多いゆえ、まだどうにかなると思っている彼ら――は、一攫千金を夢見てアルベドに襲い掛かった。



 ゆえに死ぬこととなる。




「≪収納空間アイテムボックス≫解放。乱れろ、『無貌千刃むぼうせんじん』」




 瞬間、虚空より翔ける不可視の千刃。

 そんなモノを防げるわけがなく、領主の前で、兵士たちは一斉に脳を抉られて死んだ。


 本当に一瞬で無数の命が奪われた。



「なっ、そん、な……!?」

 

「これがわたくしの可愛い魔導兵装、『無貌千刃』です」



 兵士たちの血を浴びて、ようやく武器の全容が露わになる。


 それは手術刀メスのように薄く短い刃だった。

 その表面には魔物『リザードマン』の鱗が一面に纏われている。


 これにより異能【環境擬態】が発現。

 虚空からの具現時に、周囲の色――今回ならば夜の闇色――を模倣し、最凶の暗刃と化すのである。



「あぁ、懐かしい。この命を雑に奪える感覚。わたくしの憧れる『 暗 黒 破 壊 龍 ジ ェ ノ サ イ ド ・ ド ラ ゴ ン 』様が暴れる前は、もっと魔物も多くて犠牲者が山ほど出ていた。その混乱に乗じて暴れるような人間も多くて……そんな鎮圧サツガイしても罪に問われない肉共を、よく殺したなぁぁ」



 人に慕われるのも好きだが、殺すのも好きだ。

 自分は殺害対象より強いのだと物理的に認識できる。



「な、なんだ、貴様は!? 貴様はそんな女ではなかったはずだっ!」



 恍惚とするアルベドとは真逆に、領主はもはや恐怖と失血で真っ青だ。



「き、貴様の経歴はたしか、十年前に遠方の街から流れてきた、修道女をやっていた四級冒険者風情だったはず! 二つ名は『慈愛のアルベド』だったか? 天涯孤独の気弱な女でっ、だから……っ」


「あぁそれ他人の経歴です。同時期に死んだアルベドさんから冒険者識別票ネームタグを奪いました」


「なぁっ!?」



 完全に犯罪である。

 ゆえに騙された。


 “無力な女なら抵抗もせず、されたとしても貴族の力で簡単に殺せるだろう” 


 そう思って修道服を剥がんとした結果が、これだ。



「我が本来の名は『八つ裂きのアルベド』。ですがコチラは色々恨みを買ってましてねぇ。古傷痛む身体で、くだらない復讐者どもを相手取るのは面倒だと思ってのことでしたが……ぐひっ」

 


 静かな美貌が愉悦に歪む。



「身体が治れば、また暴れ回ることができますねぇぇ……?」


「うぅ……っ!?」



 武器も本性も全てが擬態。

 領主はこの時、花を装った『捕食者』に手を出してしまったのだと、ようやく理解した。



「わたくしね、昔から逆襲は徹底的にするよう決めてるんですよ。アナタや司祭はわたくしの命を奪おうとしたんですから、逆に『全部』奪われても、仕方ないですよねぇ?」



 そして訪れる終わりの時。



「わッ、私を殺したとて、貴様も終わりだぞッ!?」



 領主は最後まで叫び続ける。



「我が息子たちが領主の座を継ぎ、貴様を全力で追い立てるだろう! 貴様に必ず復讐をとっ」



 だが。



「あぁご心配なく。息子さんたちならもういませんよ?」


「は?」



 ごとり、と。


 アルベドの脇に空いた虚空から、三つのナニカが落下した。


 それは息子たちの首だった。



「あっ、あああああああああぁあああああああああああああああああああああああぁあああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッ!?」


「いやタイミングがよかったですねぇ。どこかの誰かのせいで冒険者たちがたくさん死にましたので、死体はそこに紛れさせました」


「おまッ、お前お前お前お前お前お前お前ぇぇえええええーーーーッ!?」


「まぁ戦って死んだ者たちの中に屑肉くずにくを紛れさせるのは申し訳なさがありますが、墓の底で集団暴行してくだされば……」


「お前ぇぇええええええええええええええーーーーーーーーッッッッ!?」


「うるせぇな黙れよ」

 


 ヒールの足で強烈に踏まれる。


 鋭いかかとが、領主の耳に突き刺さった。



「ぎゃぁああああーーーーーーーーッ!?」


「ほぉら踏まれてけ。最期に性癖開拓しましょう?」



 ギリギリと込められる体重。

 鼓膜を突き破る硬い先端。

 それはやがて最奥にまで到達し、領主の穴から血と透明な液体が噴き出した。



「あはっ、脳漿しる噴いた。女の子みたいですねぇ領主様!?」


「や、やぇ、ゃえ、てぇぇぇ……ッ!」


「やめねぇよカス。似たようなことを女に散々やってきただろう?」


「ぁあぁあァァァァアぁああぁああッ!?」



 激痛と共に押し寄せる後悔。

 領主は最悪の『外れ』を引いたことで、最期にようやく自身の悪行を悔いる。



「それじゃあ、領主様」



 そしてアルベドは、最高に美しい笑顔を浮かべて、




「わたくしが次の領主になりますので、ごきげんよう!」


「は?」




 困惑と混乱と“それは駄目だろう”というド級の絶望。

 それらを叩き込みながら、彼女はその脳を全力で踏み潰した――!






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『トリステイン新聞:夏始の月/第一の火神の号』



・『開拓都市アグラベイン』が領主・司祭、共に“逃亡”!



 卑劣極まる事態が起きた。


 きっかけは先の魔物大量発生事件。

 そこで領主・司祭の判断による流入技術の制限により、数多くの冒険者が死亡する悲劇が起きた。


 

 事件解決後、両者は一族や兵士たちを連れて失踪。

 なお机には連名にてこのような手紙が残されていた。



『(中略)私たちは悪くない。


 人間かどうかも分からぬ存在、令嬢サラと名乗る女の技術など誰が受け入れるか。


 それでどれだけの命が死のうが知ったことか。


 責任など取らない。


 ああ、私たちに不満があるなら、あの女を情婦にしているらしい隣領のイスカル伯爵にでも導いてもらえばいい。責任も賠償もヤツにしてもらえ』



 とあった。


 これに犠牲者遺族・現地民は大激怒。

 私刑に処すべく領主及び司祭一族を探し回るも徒労に終わった。



 ――我らが領主イスカル伯爵は、この手紙の末文を『領地管理権の譲渡』と判断。


 すぐさま本国と連絡を取り、“貴族や『女神教』上層部関係者への不信感から暴動寸前の領民たちの統制”を条件に、本国はイスカル伯爵への割譲を受諾した。



 その後、温情厚きイスカル伯爵は、

 今回の件で断罪もいとわず救援を要請した『ギルドマスター・アルベド』を涙ながらに賞賛。

 責任だけは全て自分が負う形で、彼女へと『領地監督代行権』を寄与した。



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『トリステイン新聞:夏始の月/第三の金神の号』



・アルベド女子、三権擁立――!



 隣領『開拓都市アグラベイン』より続報が入った。


 我らが聡明なるイスカル伯爵は、『女神教』上層部に対し『副司祭アルベド』の本司祭昇格を提言していた。

 これは、領民たちの司祭に対する不信感に危険を覚え、新たな司祭を送るのは危ういと待ったをかけたわけである。


 が、『女神教』上層部はこれを却下。

 イスカル伯の知恵深きお言葉を無視して本国から司祭を送るも、その人物は何者かにより街付近で惨殺されてしまった。


 以上の事件から、上層部はアルベドの昇格を受諾。



 これにより、

 実質的な領地の全権は、

 全領民も賛成の上で、ギルドマスター・アルベドに任されることになった。



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サラ「クソヤバ女のケツ持ちになれ」


何も知らないイスカル「えぇえええええええ!?!?!?」




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