第27話


「あぁ、よく来てくださいました……!」



 隣領の冒険者ギルドに到着した俺たち。


 出迎えてくれたのは、目を閉じた修道服の女性だった。


 胸もおっきなかなりの美人さんなのだが、



「「「巨乳修道服――うっ、『聖女アネモネ』ッ!? 幼女にされるッッッ!」」」



 冒険者たちが狂乱しかける。


 彼らは大概軽薄で女好きだ。

 それゆえ、見た目だけは絶世の爆乳美女シスターなアネモネをナンパし、恐ろしい目にあったのだろう。



「? みなさまどうされたのです……?」


「いえお気になさらず。お気付きのようですが、自分たちは『隣領トリステイン』より救援に来た者たちです。ちなみに自分の名はジェイド。どうかお見知りおきを」



 ジェイドくん、よそいきモードである。



「それでアナタは?」


「まぁ、隣領の冒険者は礼節の心得もあるのですね。えぇ、わたくしはアルベド。『女神教』の副司祭をこなす傍ら、この地のギルドマスターも務めている者です」



 おお、そりゃ才媛だ。



 『女神教』はこの世界の国教で、人類に魔物と戦う力を与えた『女神ソフィア』を奉ずる宗教だ。


 ちなみに影響力は絶大だ。

 だって『女神ソフィア』、数百年前に実際に降臨して、人類に聖域やスキルを与えて助けたんだからな。

 それ以外の宗教は全部かすんじまったよ。



「その若さで副司祭の上、冒険者ギルドのマスターとは。本当に凄い」


「いえいえ……。こんな肩書き、何の意味もありません。なにせわたくしは、独力でこの地を守れなかったのですから」



 閉じた瞳でアルベドさんはギルド脇を見る。

 そこでは、傷だらけの疲れ切った冒険者たちが受付嬢より治療を受けていた。


 これは……、



「失礼ながら、治療院には向かわせないので?」


「もうこの街の治療院はどこも満床です。それゆえ仕方なく、空いた講堂や教会、それにギルドを仮の医療所としています」


「そりゃまずいだろ」



 思わず面と向かって言ってしまった。

 いやマジでやばいぞ。



「そう、ですよね。これだけの数の冒険者が倒れている現状は……」


「それだけじゃない。問題は、この地の衛生環境にあります」



 脇道に落ちた排泄物。

 街中を走る犬とネズミと害虫。

 そして放置された浮浪者たちと来れば、



「感染症です。怪我人たちにとって、この街はどこも、あらゆる感染症にかかるリスクがある」


「かっ、感染症……それはたしか、『瘴気の病』のそちらでの呼び名の……」


「さらに。分散した怪我人が各地で感染症を起こせば、そこを起点としてさらに病原体の拡散が広まっていく。今この街は本当に危ない状況にある」



 と、語ってもあまりピンとこないか?



 アルベドさんの知識レベルはわかったよ。

 この人は感染症を『瘴気の病』と言ったからな。



 暗黒時代の西洋では、感染症は瘴気(悪い空気)からかかると信じられていた。

 んでこの世界は暗黒時代から地続きだ。

 ゆえに俺が『暗黒令嬢サラ』として知識を広めるまでは、その微妙に間違った迷信が信じられていた。



 というか今でも信じられている、だな。


 トリステインの街以外ではよ。



「サラの知識はこの街に伝わっていないので? 距離があるとはいえ、隣領ですが」


「……ある程度は聞き及んでいます。しかし彼女は人間かどうか怪しいため、『女神教』の本司祭様は彼女の知識を受け入れるなと……」


「それで死人が出たら意味ないだろ」



 ここで宗教問題か。

 いやイスカル卿のぼやきにもあったな。

 貴族だけじゃなく『女神教』上層部もクソ面倒な連中だと。



「申し訳、ありません……。本部からのご通達とあらば、わたくしも聞かぬわけには……」


「……いえ、構いません。信仰心の軋轢もあるでしょうから」



 アルベドさんはもう仕方ない。

 こればっかりは彼女個人の問題じゃないからな。


 それに怪我人を各地に収容する判断も満点じゃないが正答だ。

 もし道端で野ざらしの治療とかだったら感染爆発RTAだったぞ。



「問題は、この地の領主だ。一体これまで何をしていたので? そもそも領主がもっと早くに救援を求めるなり、怪我人の移送をこちらに願うなりすれば、こうはならなかっただろうに」


「それは……申し訳ありません。曰く、領主様はそちらの領のイスカル伯爵様が“気に食わない”とのことで」



 は?



「それで、借りを作りたくないんだとか」


「なるほど……」



 あーーうん。

 イスカル卿のぼやきにこれまたあったな。

 貴族はプライドめちゃ高いって。



 それで、ワガママかましてこの惨事か。

 ふざけるな。



「……噂にもなってたしな。今回の救援依頼は、マスターのアナタが独断で行ったことだと」


「ええ。ギルドマスターはその地の領主の指揮下にありますが、わたくしはソレを破った形になりますね……」



 アルベドさんは怯えを孕んだ笑みを浮かべた。

 待ち受ける運命に恐怖しているようだ。



「れっきとした貴族様への反逆です。後々、かなりの罰を受けるでしょう。気分次第では、死刑にだって処されるでしょうね……!」



 ですが、と。

 彼女は俺たち全員をゆっくりと見据え、



「わたくしはどうなっても構いません。ですからどうか、この領地をお救いください!」



 そう言って、深々と頭を下げるのだった。



 ああ――これを断る選択などない。



「任せろマスターさんよ!」

「オレたちで何とかしてやるッ!」

「この地の平和は任せとけ!」



 笑顔で頷く冒険者仲間たち。

 どうやら心は一つのようだ。



「みなさん……っ!」


「もちろん俺もお任せを。今ここにいる連中以外にも、次々と救援が向かっていますので」



 さぁ、そうと決まれば出撃だ。

 今回ばかりは俺もちんたらやらないさ。


 お前ら行くぞと言ったら、「「「だから三級が仕切るなよ」」」と言われてしまった。

 ぐぬぬぬぬ。三級差別だ!!!




「あぁ、本当にありがとうございます、みなさん……!」



 涙すら浮かべて礼をするアルベド。


 俺は去り際、そんな彼女に一言小声で告げていく。



「安心してくれ。この一件が終わっても、アンタが罰せられることはないさ」


「えっ?」




 この地の領主は、邪龍を不快にさせたからな?






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