第45話
――この世界における貴族は、『化け物』だ。
圧倒的な数のスキルによって強化され尽くした人体。
膂力が違う。
速度が違う。
知力が違う。
技巧が違う。
他の凡俗を圧倒する超越者。それがこの世の貴族である。
その存在が、今。
「下郎共」
車椅子からゆっくりと立ち上がり、
「今――皆殺しにしてあげるわ……!」
堂々と此処に、復活を果たしたのだった。
◆ ◇ ◆
あとはもはや語るまでもなかった。
「スキル発動≪
『うわぁああああああああああーーーーーーーーーーーーッ!?』
ブラエが駆けてぶった斬る。だいたい時速700kmくらいでだ。
もうそれだけで凡百の首が数十個も飛んだ。
中には有用なスキル持ちがどうにかこうにか逃げようとするも、無駄だ。
「一匹残らず、殺してやる……!」
動きを読まれて先回りされ、あるいは影を踏まれて固まり、どっちだろうと斬られて終いだ。
これがブラエの――邪龍の呪毒でも死なない女の、本来のスペックだったのだ。
「ぉ、お嬢、様……!」
そんな彼女を見守るアウラ。血塗れで踊る主君を見る目は、震えていた。
「怖いかよ、アウラさん」
「なっ、そ、それは」
「別にいいんだよビビッても。あれが
だが、
「その上で愛してやりな。あいつは、今、
「ッ……はいですだ!」
そして、死の暴風はやがて止まった。
「さぁ、あとはお前だけです。ドントラーク」
「ひっ、ひっ、ひぃいいぃぃい……!?」
五十人以上いた部下は絶滅。
全員が手と足と首と臓腑をブチ撒いて、朽ちた庭園を赤く瑞々しく彩っていた。
そうして出来た血の花園。湿った地面のその上に、『ドントラークファミリー』の首領はへたり込むのだった。
「こっ、ここ、交渉をしようぜブラエッ!? オレぁアンタの部下になるよ!」
「苦しめ」
右足が断たれた。
「ぐぎゃッ!? ぉっおい話をッ!」
「苦しめ」
左足が断たれた。おもちゃのように両腿から血が噴き出した。
「これでもう歩けませんね。つい先ほどまでの、私のように」
「こッ……このガキやぁアァアアァアアーーーッ!? テメェただで済むと思うなよッ!? ファミリーの本部には、百人を超える子分共がいるんだぞっ!? オレ様にもしも何かあったら、そいつらには徹底的に暴れてもらうよう命令をっ」
あー、それ無理だ。
「よぉオッサン。その部下たちを連れてきたぜ」
スキル発動、≪
俺はそこから、百個の首をぼろぼろとブチ撒けた。きっしょ。
「は――はぁぁああッ!? おい黒髪ッ!?」
「なんだハゲ髪」
「ふざけんなっ! お前っ、いつの間に、こんなっ!?」
いつの間にってそりゃ決まってんだろ。
「五秒前だよ。お前、〝手下があと百人いる〟って言っただろ? その時点で邪龍嗅覚で本拠地突き止めて、『邪龍スーパーダッシュ』で瞬間移動して皆殺しにしてきたんだよ。なんかもうめんどくせえし」
「は……はぁぁあぁぁぁぁあ……!?」
ちなみに『邪龍スーパーダッシュ』とは『邪龍ダッシュ』のすごい版だ。
めっちゃ速く走ります終わり。
「つーわけでお嬢様。これでこいつをぶっ殺そうが、領民に被害が出ることはないぜ?」
安心だな。
「……はぁぁぁ。本当になんなんですかアナタは……? なんというか自信がなくなりますね。正直、貴族としての力を取り戻して、少し浮ついてましたのに……」
「そりゃいいじゃねえか。いい血筋でも慢心こいて努力しねーと、流石に成長止まるからな。ジェイドお兄さんに感謝しな」
「腹立つ人ですねぇ~……! ……でも、ありがとうございました」
苦笑気味に彼女は笑った。
「アナタのおかげで、私は
血濡れた手刀をブラエは見つめる。
――そんな汚れた手に、もう一つの白い手が重ねられた。アウラだ。
「なっ、アウラ……!?」
「ブラエお嬢様」
「離しなさいっ、汚れるわよ!?」
「本望です。私、お嬢様と一緒に汚れたいです」
「――!?」
……おーおー、こりゃもう俺の出る幕はないな。ヒヨコくん、豆食べるか? ……あ、『邪龍スーパーダッシュ』の勢いで気絶してるわ。ごめんね。
「駄目ですか、お嬢様?」
「……はぁ、本当に困った子ね。でも、いいわ。ありがとうアウラ」
そして、彼女たちは重ねた手刀を振り上げた。
目の前には泣き叫ぶドントラークが。「やめろ女どもッ!」「金ならやるから!?」「お願いだやめてくれー!」と吠えるが、やめとけ無駄だよお疲れさん。
だって目の前の二人は、幸せな愛の世界にいるんだから。
「じゃあお二人さん、お幸せに」
「「はいっ――!」」
そして振り下ろされる手刀。「ぎゃぁあああああああーーーーーーッ!?」という断末魔を賛美歌に、少女たちは微笑み合うのだった。
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