第44話



 ――領主の座を降りる。


 ブラエのその発言に対し、メイドのアウラが表情を変えて喰い付いた。



「なっ、何を言ってるだかお嬢様ッ!? 私のことは気にしなくてもいいって言ったのに……! 『ドントラークファミリー』なんかに屈しちゃダメですだっ!」


「屈した……か。ええ、そうね。そういうことになるわね」



 ブラエは苦い微笑を浮かべ、車椅子の輪を前に押す。



「……連中はこれまでも使用人たちに様々な嫌がらせをしてきたわ。そうしてみんなが去って行っても、私は手を打たなかった。先祖代々受け継いできた領主の座を守るために、能力不足と断じられるのを恐れ、聖都に助けを求めずに来た」



 でも、



「私……最低の女でね。もしもこの先、一番大好きな貴女アウラが襲われ、傷物にされるなんて事態を考えたら……すごく、すごく怖くなったの……!」


「お嬢様……」


「ねぇ、アウラ。アウラ、アウラ、アウラ……! アナタは唯一残ってくれた、私の最期の使用人なのよ? もう給料もロクに出せていないのに、それでもアナタは笑顔で私を支え続けてくれている。それがどんなに救いになってるか……っ」



 張りつめていた彼女の表情が崩れた。


 まるで紙を握り潰したように、顔をくしゃりと歪ませて、子供のように泣き始めた。


 領主の仮面が、今壊れる。



「やだ……っ、もうやだよぉおぉぉぉおぉお……っ! お父さまやお母さまみたいに、アウラまで傷付いてほしくないよぉぉおお……っ!」


「ッ、ブラエお嬢様っ!」



 もう耐えきれない。そう言わんばかりに抱き着くアウラ。


 互いの肩を互いの涙で濡らし合う姿からは、主従を超えた特別な絆が感じられた。



「……ははっ。今まで散々意地張ってきたくせに、お気に入りメイドが惜しくなったら心変わりか。おいアウラ、お前の主人は思った以上にガキだったな」


「っ、ジェイドさん」




 いいじゃねえかよエコ贔屓。最悪であり最高だ。



「大事なオンナを守るために、権力も誇りも投げ打つ決断。いいぜ、気に入った、最高だ。平等ぶった領主よりも億倍イイ」



 何故ならば、忠誠心に応えてくれる『証明』となるからだ。



「愛してもらえれば全力で護ってくれる領主。その在り方が民草に伝われば、誰もがこぞって善き者たらんと務めるだろう。時には不平等な選択こそが領地に治安と活気をもたらすことになるんだよ。――誇れよ、ブラエお嬢様。アンタはようやく正解を引いたんだ」


「冒険者ジェイド……。しかし、先ほど宣した通りですよ? 私はアウラを守るために、領主を辞してでも聖騎士を呼ぶつもりでいます。だから今さら」


「その必要はない」


「えっ」



 なぜならば――と俺が言おうとした時だ。不意に、屋敷の入り口のほうより大破砕音が響いた。


 そして、



「出てこいやァッ、領主ブラエッ! よくも『ドントラークファミリー』に逆らったなァァアアーーーッ!?」



 と、アホみたいな大声がこだましてきた。続いて大量の荒くれ者たちの怒声まで。



「っ、まさかファミリーの連中が襲撃しに来たっていうの!? アウラ、どうか逃げて……!」


「ぃ、嫌ですだっ! お嬢様こそどうかっ」



 あーはいはいはい。



「イチャついてんじゃねーよバカップル」


「「バカップル!?」」



 いや驚くことじゃねえだろ。お前らどう見てもバカップルだよ。



「まぁ落ち着けや。お前らの足じゃどーせ逃げることなんざ出来ねえよ」



 だったら、



「堂々と会いに行くことにしようぜ。この街に巣食う巨悪の元にな」



 ◆ ◇ ◆



 そして。



「で、アンタが組織のトップかよ?」


「アァンッ!? ……そうか、テメェがオレ様の部下を始末したっていう野郎だなッ! 舐めた真似しやがって!」



 そう怒鳴り散らしてきたのは、大柄なスキンヘッドの男だった。


 何十人もの部下を背にしてヤツは吠える。



「オレ様こそが『ドントラークファミリー』の首領ドン・ドントラーク様本人だぜェッ!」



 は~?



「ドンドンうっせーんだよゴミが。頭湧いてんじゃねえの?」


「ッ、なんだとテメェ!?」



 うわぁお、スキンヘッドの頭が茹でダコみたいになっちまったよ。



「ふんっ、おい黒髪」


「なんだハゲ髪」


「死ねボケッ! ……それよりテメェ、領主のガキに雇われた傭兵って認識でいいんだな? なんせ使用人を守った上、こうしてガキを伴って現れたんだからなぁ」



 と言ってスキンヘッドは俺の脇を睨んだ。


 脇フェチってわけじゃない。俺に縋りつくようにして、車椅子の領主・ブラエがいたからだ。またそんなお嬢様を抱きしめるアウラさんもいたり。おーい二人とも震えてるぞー。



「おいどうなんだガキィッ!? そいつを雇って、オレ様たちファミリーとやり合おうって腹でいいんだよなァッ!?」


「ちっ、違います! ここにいるジェイドは、なんか急に現れた人です!」



 はい急に現れた人です。



「私に交戦の意志はありません。……ですが、私は決めました」


「アァン?」



 震えながらも、ブラエは決死の表情で叫ぶ。



「私ッ、この街の現状を『聖都』に訴えます! たとえ領主を辞めることになっても、大切なアウラを守るためにっ!」



 瞬間、マフィアたちがざわめいた。それすなわち『聖騎士軍』がやってくると気付いたからだ。



「なっ、馬鹿な。おいガキ、血迷ったか!? テメェはこれまで通り屋敷に引っ込んでりゃいいんだよッ! そうすりゃぁ命までは取らねえ。むしろオレ様たちが街を運営してやる分、子供のお前にはありがたいわけでだなっ」


「いいえ、もう決めました。もう限界です。愛する彼女アウラを守るためなら、私は領主の座なんて捨てます!」


「ガキがァ!?」



 ひゅー、啖呵を切ったなお嬢様。


 本人は必死だからわからないだろうが、側にいるアウラさん、お顔を真っ赤にしてますよ~っと。



「ぉ、お嬢様ああぁあぁぁ……!」


「くそっ、こんなイカれ女だったとは知らなかったぜ。……『商人』曰く、〝ブラエという子供だけは呪毒から生き残る。アレは領主の座を守るために必死になるだろう、それを利用して好き勝手にやればいい〟――って話だったが、アテが外れたな。とんだ狂犬じゃねえか」


「っ、ドントラーク! やはりお前が親族会の料理に呪毒を!?」



 ……ふむ、商人ね。


 なんだそいつ。邪龍種の呪毒を、一体どこで仕入れたっていうんだ?


 ただの人間が手に入れられる代物じゃないと思うんだが……。それにブラエの将来の選択をそんなに言い当てられるものか?



「あぁそうだよ。全てはこのドントラーク様が成り上がるために、テメェの一族を皆殺しにしてやったんだよ」


「お前っ!」


「そんで残ったテメェを傀儡にする気だったが、あぁもういいぜ。おい、お前ら」



 ドントラークが片手を上げる。瞬間、数十人もの荒くれ者たちが一斉に武器を抜いた。



「こうなったら皆殺しだ……! テメェを殺して、その上で領主の死を隠蔽する。そうすりゃ聖騎士は呼ばれねェだろ! 一生この街はオレ様のものだァーーーッ!」


「くっ、なんて卑劣な!?」



 そして終わりが始まった。ドントラークが「やれェ!」と叫ぶや、獣のように駆ける荒くれ者たち。


 はたして連中の切っ先が近づく中、俺はお嬢様に問いかける。



「おいブラエ」


「なっ、なんですか!? それよりアナタ、アウラをどうか安全なところへ」


「黙って答えろ。――お前、後悔してるか?」


「えっ?」



 惨殺まで、残り数秒。



恋人アウラのために領主を辞める。その選択をしなければ助かった」



 すなわち、あの田舎メイドを捨てていればよかったと。


 少しでも後悔があるのかと。



「答えろブラエ。愛を選んだ選択を、お前は悔いているのかよ?」



 ついに先陣の者が飛び掛かる。


 かくして、手にした刃が振り下ろされる――その刹那。



「いい、え」



 ブラエは、震えながらも首を横に振った。



「愛を選んだ誇りを胸に、私は笑って死んでやります――!」



 ああっ、



「合格だ! お前に邪龍の加護をやろうッ!」



 そして、俺は全身より『滅びの焔』を解き放った。



「グギャァアアアアアアアァァアッ!?」



 斬りかかってきた男が燃える。

 灰すら残さず、この世から完全に消滅する。


 そして、



「ブラエ」



 俺は、ブラエにも火を灯した。


 ただし燃やすのは彼女の肉体ではなく――、



「っ、これは……力が溢れて……!?」



 ――彼女の命を犯し続ける、『呪毒』自体を消滅させたのだった。


 さぁ、



「ショウタイムといこうぜ、お嬢様」


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