第43話



「――ここがこの街の領主、『ブラエ・フォン・コンスタンティーノ』様のお屋敷ですだ」


「ほーん」



 チンピラどもを星にした後のこと。


 俺はメイドの女性、アウラに連れられ、彼女の主君が住まう屋敷にやってきた。



「古風で広くて立派じゃないか。ま、手入れはおざなりになってるがな」



 せっかくの大庭園も枯れた花や雑草がちょこちょこあるぞ~。



「お、お恥ずかしい限りですだジェイドさん。なにぶん、使用人がみんな去ってしまいましたから……」


「あぁ、『ドントラークファミリー』とやらの脅しのせいでか」



 アウラ曰く、現在この『開拓都市コンスタンティーン』はドン以下略ってマフィアに実行支配されているとのこと。


 どうりで活気が死んでるわけだな。



「マフィアなんざ完全消費者。要は無職野郎の集団だ。なんも仕事してないヤツらが生産層たる市民を圧迫し続けたら、遠からず街はやせ細るわな」


「は、はい……。もう最近は本当に酷い有様で。冒険者ギルドもその陰りを受け、開拓都市なのに魔物討伐も散漫になってますし……」


「当然だな」



 魔物の肉は食料となり、魔物の素材は頑丈な建築資材にもなる。


 それらの買い手は一般市民だ。そんな人々がビビッて表も歩かない有り様になっちゃ、素材を下ろす冒険者ギルドも素材を持ってくる冒険者たちも、利益が上げられずに腑抜けちまうよ。



「マジで終わりかけてるってことはよくわかったよ。さ、それじゃあ死にかけの街のお嬢様にご挨拶しようか。いるのは東側の二番目の部屋だな」


「な、なんでわかるんですか!?」


「邪龍イヤーだ。本気出せば遠くの呼吸音までわかるぜ。お前のお嬢様、心肺機能が弱ってるな?」


「せせっ、正解ですけど……いや怖いですだよっ!? さっきからなんなんですかアナター!?」



 はい、細かいことはどうでもいいからゴーゴーゴー。



 ◆ ◇ ◆



「はいコンニチワお邪魔しますジェイドですお金稼ぎに来ました」


「なっ、いきなり何ですか下郎ッ!」


「一発芸します。『分身』」


「ギャーーーッ、なんか五十人以上に増えて部屋を埋め尽くしたあああああーーーッ!? 意味わからないし多すぎて気持ち悪いですアウラ助けてぇえええーーーッ!」



 涙目で叫ぶお嬢様。


 この子が『ブラエ・フォン・コンスタンティーノ』って子みたいだな。白くて綺麗だ。


 まぁ美白を通り越して青白いってのが正解だけどな。だいぶ痩せてるし、何より十代も前半くらいなのに車椅子だし。



「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「まぁとりあえずお嬢様、話を聞いてくださいよ」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


「五十人で一斉に話さないでくださいっっっ! その幻術か何か早く解きなさいッッッ!」



 こりゃ失敬。あと幻術じゃなくて超がんばって反復横跳びしてるだけだけどな。


 名付けて『邪龍ステップ』だ。もうめんどいから二度としません。



「ブラエお嬢様ーっ、ご無事ですだかーっ!?」


「あぁアウラっ、いきなりこの男がやってきて……!」


「あっごめんなさい、その人連れてきたの私ですだ……」


「アウラッ!?」



 ほいというわけでメイドのアウラさんからお嬢様への説明タイムだ。


 俺はその間にハンバーガーを食べるぜ。スキル≪収納空間アイテムボックス≫解放っと。



「ンーッ、最高の歯ごたえで美味いぜ。クレイジーボアの筋肉の塊みたいな肉が、俺の強すぎる邪龍アゴにはちょうどいい……!」


「ふむなるほど、このジェイドという男がアウラを救ってくれて――って、人の執務室でご飯食べるのやめてもらえますッ!?」


「ご飯じゃなくてパンだが」


「そういう話をしてるんじゃありませんッ!」



 もうッ、何なのこの人とキレるお嬢様。


 おいおい、そんな病弱そうな身であまり騒ぐと、



「っ……ゲホっ、ゲホッ……! うぅ……」


「あぁっブラエお嬢様!? 大丈夫ですだか!?」


「え、ええ、いつもの発作よ……」



 あーあ、言わんこっちゃない。



「無理すると死ぬぜ、お嬢様。アンタ、ごく少量だが最上位クラスの『呪毒』を飲んだだろ?」


「ッ、ジェイドと言いましたね。なぜそれを知ってるのです……!?」


「匂いでわかる」



 ふむ……こりゃ魔物の中でもトップに位置する、邪龍系統の毒を貰ってるな。効力は肉体と魂の同時死滅か。知り合いの女騎士アイリスが食らってた石邪龍バジリスクの毒より、相当ストレートに殺意が高いぜ。


 んで、



「親族全員その毒で死んだか。おそらく一族親睦パーティーの場で毒を盛られたな」


「な、なぜ、それを」


「じゃなきゃお前みたいな子供が領主勤めてる理由にならない」


 

 開拓都市とはいえ一領地の王になれるんだ。


 他に大人がいるんなら、ガキなんて押しのけて領主の座に就くはずだろう。なぁ?



「……ええ、正解ですよ。一年ほど前、我がコンスタンティーノ一族は全員毒殺の憂き目に合いました。親戚がたはもちろん、前領主だった父と母も亡くなり、生き残ったのは私一人……。それで、暫定的に領主に任じられました」


「そうか。そりゃ運がいいのか悪いのかわからないな」


「ふんっ、最悪に決まっているでしょうが」



 機嫌悪く鼻を鳴らすブラエ。


 ――おそらく、彼女は元々『貴族』としてトップクラスの身体能力を有していたのだろう。それで呪毒から生き延びられたんだ。



「ご先祖様に感謝だな。『貴族』たちはとにかく有用で多彩なスキル持ちを血に取り込んでいった結果、世界最強の化け物集団と化した。特に国の中央『聖都』に住まう連中なんか、自分らのことを『優等人種ハイヒューマン』と自称してるとか」



 まったく傲慢極まりないが、誇張じゃない。


 頭脳強化系・身体強化系のスキルを山ほど持った貴族たちは、マジで人間の域を超えている。


 ゆえに貴族こそ社会の最上位層だ。本来ならばマフィアなんて目じゃないはずなのに、それなのに。



「ブラエ・フォン・コンスタンティーノ。アンタは街の暴漢どもを放置し、俺が急に現れても子供みたいに騒ぐだけだった。……おそらくもう、異能スキル発動もままならないほど弱ってるんだな?」


「っ……私を試してたんですね、嫌な男!」


「あぁいいな、その評価はなかなか新鮮だぜ」



 トリステインの街じゃお人よし扱いだからな。



「貴族に対してなんて無礼極まりない人。思い上がれるほど高名な冒険者なのでしょうね?」


「慣れない皮肉を言うなよお嬢。あと、ちなみに俺は三級冒険者だ」


「なっ、三級!? 半端もいいところじゃないですかっ!」



 おいおい三級差別かよ。半端いいじゃねえか、一番層が厚いってことだぜ?



「アウラ曰くずいぶん強く、仕事を求めに来たそうですが……話になりませんね。帰りなさいッ!」


「ってマジかよ。御宅のアウラさんを守った報酬はどうなるんだよ?」


「貴方が勝手にやったことでしょうッ! そもそも天下の貴族を敬わないような常識知らず、その時点で願い下げですっ!」



 常識知らず? そいつは違うぜブラエお嬢様。



「貴族はちゃんと敬うさ。――だがそれは、きちんと『領民を守る貴族』に対してだ。メイド一人守れない餓鬼に傅くわけねえだろ」


「なんですって!?」



 俺は続ける。



「あぁ、アンタが病弱なのは知ってるぜ。それじゃ守りようがないよな。……だがしかし、手段はあるだろう? 『聖都』におわす王族がたに現状の苦境を訴えれば、『聖騎士団』が派遣されてハイおしまいだ。マフィアなんて秒殺してくれるだろうよ」


「っ……それは……」



 そう。いくら本人が弱り切ろうが、貴族として権限は生きてるんだ。


 ソレを使って首都の王族に助けを願えばいい。強大な騎士団を有した、この国家の支配者にな。



「なぜだブラエ。なぜ、それをしない」


「うぅ……そんなことをしたら、剥奪、されてしまうかもしれない、からです……」


「剥奪って、何をだ?」


「き、決まってるでしょう! 貴族としての座と、この地の統治権をですよっ! 〝一都市を治める力すらない〟と断じられ、全権限を奪われてしまうからですよっ!」



 あーはいはい、なるほどな。うん。



「最高にゴミみたいな意見が出たな。その口でよく俺をなじったものだ」


「うぅ……!?」



 まぁいいんじゃねえの。人間らしくて俗的で。


 ま、こんなヤツがトップの街とか俺は暮らす気ねーけどな。



「ともかく話は分かったさ。現状維持がお望みならば、俺の手なんざそりゃぁ大きなお世話だろうよ。俺が悪かったよ立ち去るぜ」



 そうして、押し黙るブラエから踵を返したところで、



「――ま、待ってほしいですだ、ジェイドさんっ!」



 黙り込んでいた田舎者メイド、アウラによって手を掴まれて止められた。



「なんだよアウラさん。仕事ならお断りされちまったぞ」


「そ、そうじゃなくて……っ! お嬢様も、必死に思い悩んでるだってわかってほしいですだ!」


「ほう?」



 首を傾げる俺。対してブラエは「ちょっとやめなさいアウラッ!」と叫ぶが、メイドは口を止めなかった。



「聞いての通り、お嬢様の一族は殺されましただ。たぶん下手人は、いま街を取り仕切っている『ドントラークファミリー』。お嬢様はすごくすごく悔しい思いをしてますだ」


「なら、なぜ騎士団を呼ばない? 能力不足で領地を奪われたくないからか?」


「えぇそうですだッ! でも、それは俗っぽい欲望からじゃない。この地が生まれてから百年間、お嬢様のご両親やお爺様がたがッ、ずっとずっと、この土地を守ってきたからですだ! お嬢様は、『コンスタンティーノ』の名を守りたいだけなんですだっ!」



 …………そうか。



「よくわかったよ。それは尊い想いだな。先祖もきっと、墓の下で喜んでるぜ」


「ジェイドさん……!」



「!?」



 おいおい、わかってるのかアウラさん?



「お前の尽くすお嬢様は、死んだ先祖ばかり喜ばせて、領民やアンタを苦境に置き続けてるんだぜ? いっそ俗物よりタチが悪い」


「っ、でも!」


「でもじゃない。――おいアウラ、アンタはほんの少し前まで、暴漢共に襲われかけていたんだぞ? その上でお嬢様は現状維持を選んでるんだよ。ぶっちゃけアンタ、切り捨てられたんだぞ?」


「ッ、っ、ぅ……!」



 流石のアウラもたじろいだ。


 ああ、それでいい。ようやく状況がわかったようだ。


 それで領主のメイドを辞めたら、マフィアにちょっかいかけられる可能性も少なく、



「それでも……私はここにいますだよ」


「なに?」「アウラッ!?」



 俺とブラエは同時に思わず声が出た。こいつは一体、何を言っているのかと。



「……私の実家はまさに貧乏子沢山で、金に困った両親は、流れの奴隷商に私を売り払いましただ。その時はもう最悪の気分で、奴隷商にも〝お前は田舎者なのにツラがイイから、大金持ちの変態に買ってもらえるぜ〟って言ってきて……何度も自殺しようと思いましただ」



 でも、と彼女はブラエを見据え。



「でもそこで、お嬢様が私を助けてくれましただ。大通りを見世物みたいに運ばれる中、当時元気だったお嬢様は、奴隷商の前に堂々と来て、〝その子を渡しなさい!〟って叫んで……すごくカッコよかったですだ……!」


「ァ、アウラぁ……!」


「だからブラエお嬢様。貴女はどうか、自分の誇りを貫いてください。たとえ私はどんな目に合おうが、ずっとお嬢様に尽くしますだ」



 ……そうして彼女は太陽のように微笑んだ。


 一切まるで他意のない、本当に、本当に綺麗な笑顔でだ。



「ぁ……ぅう……!」



 対してブラエは顔を落とし、影のかかった車椅子の膝元に、やがて大粒の雫をこぼして――そして。



「……ジェイドと、言いましたね。私、決めました」


「なにをだ?」



 ブラエはゆっくりと顔を上げ、震える声で俺に告げる。



「私、聖都に助けを請います。この地を救ってもらおうと思います」



 そして、



「そして私は、領主の座から降りようと思います」



 

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