第29話
「本当にすごい……!」
戦況を見守っていたのは街の冒険者たちだけではない。
副司祭にしてこの地の冒険者ギルドマスター・アルベドも戦場よりほど近い場所に出てきていた。
無論、
「そっちシーツもうないー!?」
「≪
「≪
目にも止まらぬ速度で展開されていく『野戦病院』。
それを成している者たちは、ジェイドらの到着よりすぐさま続いてきた医療系技術持ちの冒険者集団だ。
彼らに“もう交代しながら墓場の前に陣取る形で、一週間近く街の冒険者に戦ってもらっている”と明かしたら、開口一番『バカじゃないのッ!?』と叫ばれ、戦場ギリギリのラインでの治療が決定した。
曰く『もう街の冒険者たちは体力ギリギリだろうし、都市部に運び込むまでの間に死にかねない。というかこんな不潔な街で治せるか』とのこと。
まったく恥ずべき限りである。
「ほら『開拓都市アグラベイン』のギルマスさんッ、前線からの患者運搬手伝ってくる! 行った行った!」
「は、はいっ!」
命じられるままに駆けるアルベド。
指示を出した者は四級のタグを付けていた気がするが、そんなことは気にしてられるか。
自分にできることを最大限成す為、ギルドマスターは既に何往復もしていた。
かつて負った全身の古傷が痛む。
「はぁ、はぁっ、『トリステイン』の方々は、みんなこんなにも違うの……!」
前線で戦う者たちだけではない。
後方支援に務める者たちすら、優れた知識と技術を持っている様子だった。
「これが、彼らの強さの秘訣……!」
衛生環境と衛生意識は冒険者たちの傷を治りやすくさせた。
そして、異端とされる医療知識と医療技術は、冒険者たちを怪我による引退や死から救いあげた。
結果、数多の任務を
そんな者たちが『
「わたくしは、間違っていた」
もっと隣領のことを知っておけばよかった。
この地の司祭が『暗黒令嬢サラ』を異端視し、彼女の齎した知識を聞くなと命じようが、無視すればよかった。
この地の領主が『聖人貴族イスカル』を疎んで、彼の広めた技術を用いるなと命じようが、無視すればよかった。
「うぁああぁあぁあぁッ…………!」
気づけば走りながら泣いていた。
大人げもなく涙を流していた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ」
脳裏を過るのは、街の冒険者たちの死亡した姿だ。
この一週間で既に多くの死者が出ていた。
「わたくしが、もっとしっかりしていれば……」
ジェイドという冒険者との会話を思い出す。
冒険者らしからぬ理知的さと穏やかさを感じる青年だった。
だが話が進む中で、自分が“教義ゆえ、隣領のことは学んでない”と言った瞬間の『それで死人が出たら意味ないだろ』という鋭い一言は、ああまさにその通りだった。
ギルドマスターとして意志を強く持っていれば、冒険者たちは死ななかったと思うと、
「ごめん、なさい……ッ!」
後悔と不甲斐なさで涙が止まらなくなった。
その時だ。
「なんか知らねーけど、今は泣いてるときじゃねーぜ?」
「で、ござる」
双つの疾風がアルベドを追い抜く。
目にも止まらぬ速さで戦場へと吹き荒ぶのは、拳と刀を握り締めた二人の勇士だった。
「彼らはっ、『剛拳のルア』に『絶剣のシロクサ』!?」
二人は
「
「
超常の攻撃力と攻撃速度を得る二人。
彼らはそれぞれ敵に突っ込み、爆散させるように薙ぎ払っていった。
さらに、
「ぎゃーッ!? あの変態たち、いの一番にお兄さんの下に駆けつける気だよッ!?」「させませーんッ! お兄さんの人生のヒロインは私たちですッ!」
「なぜ男たち相手に対抗心燃やしてるんだ……?」
銀髪姉妹と金髪の女騎士がそれに続く。
「あれは、『天才少女ニーシャ&クーシャ』!」
彼女たちもまたアルベドの知る有力冒険者だ。
幼くして数年足らずで二級最上位層に名を連ねた才媛と聞く。
さらには女性だけのパーティ『妖精の悪戯』を率いているらしく、となればあの女騎士はそのメンバーと言ったところだろう。
「
「
姉妹は背後から紅蒼の術式陣を展開。
炎と水を激しく噴射し、猛スピードで戦場へと翔けた。
極めて緻密な魔術使用である。
展開座標を常に背面零距離に設定せねば推進力としては使えず、また一度でも皮膚に座標を食い込ませれば肉が術式で吹き飛ぶだろう。
それに対して無名らしき女騎士は、
「スキル≪
常識外の多重スキル使用である。
一瞬にして暴風となって突き進む彼女に、アルベドは冷や汗を掻いて鼻白む。
「まさ、か、本当に――『聖都』の騎士!?」
騎士“らしい”格好をしていると思ったが、違った。
あのスキルの数々に、姫君のごとき美貌。
間違いない。彼女は確実に、優生学的婚姻が常識となっている『聖都』出身の
「こんな……これほどまでに……」
今や隣領『開拓都市トリステイン』は、気高い『聖都』の人間すら冒険者として居付くような地と化しているのか。
騎士を辞してもいいと思うほど、かの地の冒険者ギルドは居心地がいいのか。
「ルアの兄貴に続け~! 『
「ぬぅッ、邪魔だぞ『英雄の夢』の連中め! シロクサ様ッ、ただいま向かいますぞ!」
「『妖精の悪戯』もお姉様たちとお母様を追いますわよ~!」
筆頭冒険者たちのパーティメンバーも続き、続々と戦果をあげていく。
この『開拓都市アグラベイン』の冒険者たちでは対処しきれなかった魔物たち。
それが、ゴミのように狩り尽くされて散っていく。
「……ここまで、なんですね……」
これが隣領の圧倒的力。
「ここ、まで、なんですねぇ……!」
新しき技術と知識。
それを受け入れていれば、『冒険者』はここまで強くなれたのか。
そうなのか。
「あぁ……女神ソフィア様……」
修道女アルベドは涙を拭った。
言われたとおりだ、今は泣いている時ではない。
一人でも多く救うために行動する時なのだ。
それに、
「わたくし、決めました」
決断の場面に、涙など不要。
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