第8話



「――グズッ、グズッ、助かりましたぁぁ……!」


「あーよしよし」



 鹿どもを狩った後のこと。

 涙で顔面ぐちゃぐちゃのコモリちゃんに泣き付かれた。



「もう駄目かとぉぉ……」



 ちなみに今でも腰ガックガクだ。

 こりゃ街まで送ってかないと駄目だな。



「話はあとだ。ここにいたらまた魔物が来るぞ?」


「ぴぃッ!?」



 ぴぃって。



「で、でも私、足が、まだ……!」


「わかってるって。というわけでホイ、おぶさりな」



 彼女の前で背を下ろす。

 ほいおんぶだおんぶ。

 乗ってけお客さん。



「えぇぇえっ!? そ、それはいきなり悪いといいますかぁっ!?」


「遠慮はいいさ。どうせ歩けないんだろ?」


「あふっ!? じゃ、じゃぁ失礼しますっ……!」



 ようやく乗ってくれるコモリちゃん。


 うぉかっる。

 俺の邪龍パワーにかかれば大概のモノは軽いが、それでも軽すぎだろ。

 まぁ見た目も小柄だしなぁ。



『ピヨッ!』


「わっ、頭からヒヨコさん出てきた!?」


「そいつは無賃乗車犯だ。じゃあ行くぞっと」



 立ち上がって街を目指していく。

 ここ『魔の森』も十年近く通い続けた場所だからな。

 近道や歩きやすい道をつったかたーだ。



「申し遅れたな。俺の名はジェイド。『開拓都市トリステイン』で活動してる三級冒険者だよ」


「えぇっ、三級だったんですか!? てっきり一級とかかと……」


「ないない」



 一級冒険者は数が少ない上、活動してるのはもっと奥地の魔物がウジャウジャいるところだ。

 


「で、そっちはコモリちゃんだったよな?」


「は、はいぃっ!」



 背中でビクッと震える彼女。

 うーんこの性格は……、



「単刀直入に聞くが、なんで冒険者になったんだ? ぶっちゃけ向いてなさすぎるんだが」



 そう問うと、彼女は「うぐぅ……」と口ごもってしまった。



「あー、言いたくない事情があるんならいいんだが」


「あぁいえっ、言います言います。ジェイドさんは命の恩人ですし……」



 コモリちゃんは「つまらない話ですが」と前置きし、語り出した。



「その、私って小村の出身なんですけど、家族も多いんですよ。それで」


「小銭だけ持たされて『開拓都市トリステイン』に口減らしまがいの追い出しを食らったのか」


「はい――ってなんでわかるんですかっ!?」


「いやぶっちゃけよくある話だし……」



 この世界に児童福祉法みたいなのは無いからな。


 ちなみにトリステイン領にはある。

 ウチの領生まれの子に限るが、十五歳まではガッツリ保護するよう俺が色々と手を回して領主に作らせた。



「でもコモリちゃん、わざわざ冒険者になることはないだろ」



 稼ぎも多いが危険な仕事だ。

 今のトリステイン領は“ある事情”で盛り上がってるから、他の仕事もそこそこあるだろうに。



「冒険者は日々命を張ってるからな。そのぶん、性欲まみれな変態とかガラ悪いヤツも多いぞ?」


「で、ですよねー……。私も登録のとき、金髪の子が『オレ、ルアァ! お嬢ちゃん冒険者になるの!? 手取り足取り教えよっかぁ!?』ってニチャニチャ笑顔で迫ってきて……」


「あの野郎なにやってんだ」



 恥ずかしいことに俺の知り合いである。

 

 以前、門番に『ラブドールにゴブリン突っ込んで動くようにしようとしてる』って報告された男がソイツだ。



「まぁでもわかっただろ? 冒険者なんてやめとけって。仕事なら俺が紹介してやるから」


「うぅ……」



 諭す俺だが、コモリちゃんは頷かない。

 気弱な性格にも関わらず、だ。



「……もしかしてコモリちゃん、冒険者として何かやりたいことがあるのか? それとも実はすごい戦闘用『スキル』を持ってたり?」



「それは……どちらもいいえです。夢なんてないし、スキルに限っては『ゼロ』なんですよ? 珍しいでしょう」


「マジか」



 そりゃ珍しい人種だ。

 皆無ってわけじゃない。が、それでも大抵の人間は一個くらい持って生まれるものだ。



「だから私、兄弟姉妹の中じゃ一番馬鹿にされてて。……お母さんも、こんな穀潰ごくつぶし産まなきゃよかったって」


「それは……」



 どう励ませばいいかわからない話だ。


 言葉に詰まる俺だが、不意に彼女は「でも」と続けた。



「だからこそ私、何かを成し遂げたかったんですよ。こんな私でもすごい魔物を狩ったり、誰かを助けたりできるって、証明したかったんですよ……っ!」



 背中が濡れる。


 いつしかコモリは泣きながら、彼女なりの『意地』を明かしていた。



「だから、冒険者を選んだわけか」


「はい……。でも結果はこの通りです。悲鳴を上げて、腰を抜かして、通りすがりのジェイドさんに助けられて運ばれる始末」



 まさにおんぶにだっこですね、と彼女は背中で苦笑した。



「……冒険者はもう辞めます。御恩を重ねてしまいますが、先ほどのお仕事紹介の話、受けさせてください」



 そう言って彼女は意地を捨てるのだった。


 なるほど。



「まだだ」


「えっ?」



 背筋を伸ばし、彼女を地面へと下す。



「わっ、とっ!?」


「コモリ」



 ふらつく彼女の肩を抱く。

 前髪の奥の瞳が揺れた。



「ジェ、ジェイドさん……?」


「まだだぞ、コモリ。意地を捨てるにはまだ早い」



 スキル発動≪収納空間アイテムボックス≫、解放。


 俺はそこから金が入った小袋を出した。



「まとまった金だ。これをやる」


「え、えぇっ!?」


「街に戻ったらその金で、装備と武器を整えろ。俺が今から紹介する店なら良質品を格安で売ってくれるだろう。丁寧に接すれば何を選べばいいかも教えてくれるはずだ」



 いくつかの店名と場所をメモに書き、小銭袋ごと彼女に手渡す。



「ちょっ!?」



 あぁまだだ。



「武装を整えたら『妖精の悪戯』ってパーティに話しかけろ。ジェイドからの紹介と言えば数日は世話をしてくれるはずだ。あそこは女性だけのパーティだから、セクハラされる心配はない」



 ニーシャとクーシャには手間をかけてしまうな。

 今度必ず埋め合わせはしよう。



「ジェ、ジェイドさんっ。私、もう諦めるって……!」


「それは本音か?」


「っ!?」



 顎を持ち上げ、俯き気味な顔を上げさせる。

 長い前髪を払ってしっかりと目線を合わせる。



「本当は諦めたくないんだろう? 悔しいんだろう? 冒険者として大成して、家族を見返してやりたいんだろう?」


「それ、は」


「だったら、まだだ。装備を整えろ、アドバイスを受けろ、修練を積め。もっと危険度の低い場所で戦い慣れろ。スキルの中には技量や知恵を増やすことで目覚めるモノも多い」



 さぁ、やれることはこんなにあるぞ。



「だからコモリ」

 


 彼女の首に掛かった冒険者タグ。

 それを持ち上げ、微笑みかける。



「諦めるのはもったいねーよ。お前の『意地』は、誰よりもカッコよくてすごいんだからさ」


「っ、ジェイド、さぁん……!」



 泣きつく彼女を優しく撫でてやる。


 やれやれ、泣いてばかりだな?



「ほれ、未来の凄腕冒険者コモリ。万年三級の俺なんかに縋っちゃダメだぞ?」


「だ、だって、こんなに優しくしてくれた人、はじめてで……っ!」


「お人よし馬鹿なだけだよ。ほれほれ、三級菌が付く前に離れな」



 そう言うと、コモリは「なんですかそれ~……!」と言いながら離れた。


 目尻に涙は残ってるが、それでも笑顔だ。

 強い子だ。



「保証するよ。お前はいつか大成できるさ」


「そ、そうですか?」


「あぁ絶対だ。信じろコモリ」



 なにせ、最凶邪龍のお墨付きなんだからな?

 

 

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【今回の登場人物】


俺:家が欲しい邪龍。ちょっと貯まった建築資金をついついコモリに渡してしまう。


ヒヨコ:無賃乗車犯


コモリ:「先輩さん、すごく優しくて……!」


銀髪姉妹「「またあのお兄さんはーーーーーッ!?」」




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