第13話
「ヒヨコくん、『時代の綺羅星』って連中を覚えてるか?」
『ピヨ?』
別の街からやってきた冒険者パーティだよ。
俺が狩場の案内依頼を受けていた連中だ。
まぁその道中でルアにボコられて治療院送りになったんだけどな。
「そいつらが早くも復帰したから、改めて案内依頼を受けたわけだけど……」
「――アナタッ、なぜヒヨコと会話してるのですッ!?」
冒険者ギルドのカウンター前にて。
俺は例の冒険者パーティ『時代の綺羅星』に怒鳴られていた。
ルアが言った通りかなり若い三人組だな。
「あぁすまん。それでなんだっけ?」
「ですから、案内役をアナタから変えて欲しいという話ですよッ!」
ギラァンッ! と眼鏡を輝かせる冒険者一号くん。
どうやら彼がリーダーらしい。
冒険者にしては知的さを感じる珍しい類だ。
まぁヒステリックっぽくもあるが。
「ルア……さんに
「お、いい判断だな。手を出しちゃいけない奴はいるからな」
『1秒に10回「幼女」と言える聖女アネモネ』とか。
『盗んだパンツ食べすぎて胃が破裂した怪盗ロダン』とかな。
「フン。そこでアナタですよアナタ。『お人よしのジェイド』さん?」
「俺?」
なんだよなんだよ?
「アナタも有名枠らしいですが、ルアさんのように『強い』という意味で有名ではないそうで」
フッと笑われ、呆れと侮蔑の目で見られる。
……あぁうん。
どんな情報を渡されたか想像ついたよ。
「アナタ、『万年三級ソロ冒険者ジェイド』とも呼ばれてるそうですねぇ? 十年も冒険者をやっているのに、まったくパッとしないとか!」
「……まったくってことはないと思うが」
冒険者には六つの階級がある。
最初は五級。
誰もがここからスタートだ。
次に四級。
いくつか依頼をこなして最低限の実力アリと認められればなれる。
で、その次が三級。
四級の中でもさらに実力が認められた者がなれる立場だな。
そっから上は、天才だけの領域だ。
「なぁメガネくんよ。三級の上は二級と一級と、あとは国から人間兵器と認められた数人の『特級』だけだろ? だから中堅どころだとは思うんだが」
「ハッ、何が中堅ですか。二級未満の冒険者など全員落ちこぼれでしょうッ!」
『ッッ……』
あっ……ギルドの空気がピリついた。
「メ、メガネくーん。俺は気にしないけど、今の発言はちょっとダメだぞぉ~?」
「あのなぁ……たしかに世間じゃ二級以上こそ『上級冒険者』と呼ばれてるよな。そこに至れるのは一握りだ」
「私たちもそこに至る予定ですがッ!?」
「あぁうんその志は立派だよ。でもな、だからってその高みに登れなかった連中を『全員落ちこぼれ』呼ばわりはマジでやめとけって」
上級に至れる者は一握りだ。
つまり、逆に言えば『
そいつら全員にメガネくんは侮蔑の言葉を吐いちまったってことだぞ?
「なぁ落ち着けよ。もうわかってると思うが、有力冒険者に喧嘩を売るのはダメだ。だが『たくさんの相手』に喧嘩売るのはそれよりもっとダメだ。誰が誰と繋がってるかわかったもんじゃ……」
「雑魚の繋がりなど知ったことではないッ!」
俺の言葉を断ち切ってメガネくんは叫ぶ。
仲間の二人も「そうだ!」「まとめてかかってこいッ!」と続けて吠えた。
ってこいつら無鉄砲すぎだろ~?
「フン。私たち『時代の綺羅星』はいずれ最強に至る冒険者パーティ。まだ登録から三か月ですが、とっくに三級にも到達しています」
「うわすご」
若くてそれなら調子もこくか。
「そうでしょう!? そして何よりリーダーたる私は、生まれながらに三つのスキルを持ち、さらに四つのスキルを発現した選ばれし存在なのですッ!」
「うわすごー」
いやマジですごいなぁ。
この世界において、“人がスキルを宿す条件”ってのにはある程度の答えが出ている。
それはぶっちゃけ、『心身にどんな適性があるか』だ。
スキル≪
スキル≪
スキル≪
要するにスキルとは、その者の『才覚』の結晶なのだ。
「私の有能さは神に証明されている。反論の余地がありますか?」
「いやないよ」
無能な人間が突然最強スキルに目覚めて無双、なんてことはありえず。
「出来るやつは出来るんだよなぁ」
生まれや育ちで普通に『何か』が成せる
それがスキルの正体だからな。
血も涙もない。
「……人類にスキルを与えた『女神ソフィア』とやらはたぶん冷酷で考えなしだよなぁ。ヒトの才能が可視化されるようになったせいで調子こくヤツも多くて、特にメンツ第一の貴族家や武家じゃ『目覚めたスキルの数と種類』でお家問題が」
「黙りなさい……ッ!」
っと、本気の怒りが籠った声で遮られた。
なにか地雷でも踏んじまったか?
悪かったな話題変えるよ。
「ま、何はともあれ認めるよ。合計七つもスキルを持つのがマジなら、メガネくんは滅多にいない天才だ」
「フンッ、そうでしょう。……ちなみにアナタも『無駄にスキルが多いジェイド』と呼ばれるほどスキルだけはあるそうですがね?」
「あぁ、五つあるよ」
嘘である。
邪龍として無駄スペックな肉体を持つ俺は、細胞の人化に成功した時点で二十七個ものスキルに目覚めた。
もちろんそいつは秘密だがな。
「内訳を聞いても?」
「切り札だから全部は教えられないぞ。まぁ≪
「ハハッ、ゴミスキルですね」
『ッ!』
あっ、あーーーーーーーーーーーーーっ!?
おまっ、メガネくんアカンカンカンッ!
人のスキル馬鹿にするのはマジのガチでアカンてッ!?
それも冒険者ギルドのド真ん中とかマズいてホンマ!
「……さっきから何だよあのメガネ……?」
「……オレも≪
「……オレは≪
うッわー、周囲の殺気がマックスだー!?
「ちょちょちょ、メガネくん……!? さっきの話聞いてた!? スキルってのはその人の才能そのものなんだよ! それを馬鹿にするってことはお前、その人の全部を否定するようなものでだなあ……!」
「だって事実でしょう? スキル≪
「いやあの」
「そして≪
「……」
つらつらとスキルを否定していくメガネくん。
いや~~……俺は別に怒らないんだけどね。
でもさぁ。
周囲がさぁ……。
『ぶっ殺してやる……ッ!』
その二つのスキルの持ち主っぽい人たちが、すんごい威圧をかけてるんだけど……!?
「お前さぁ……」
世界には一つしかスキルを持たない者も多くいる。
で、その唯一が≪
そんな連中の殺意に気付かない?
いや気付いて言ってんのか?
「メガネくん謝っとけって……。俺は別にいいから周囲の人たちに……」
「二級以上の方はうるさくしてすみません。三級以下の方は……フハッ。無能さを噛み締めてくださいね?」
あ、終わった。
……これもう俺が“やる”しかないのか……?
「さて、話は終わりです。以上の証明をもって、我ら『時代の綺羅星』は冒険者ジェイドを無能と判断! 狩場案内役の変更を要求します!」
受付嬢、如何に!? とカウンターのほうを見るメガネくん。
そこにはギルド受付のミスティカさんが、いつもと変わらず無表情で書類を書いていた。
「さぁ返答を!」
「却下します」
そして、にべもなく一言。
前も向かずに要求を蹴った。
「はッ、はぁ!? なぜ!?」
「規則だからです。ジェイド氏が案内役となったのは、当ギルドが彼の知識と経験と温厚さを見込んで選出したからです。勝手な変更は認められません」
「私が不満と言ってもかッ!?」
「規則だからです。ご対応は以上となりますありがとうございました」
「!?!?!?」
……う、うっわぁ。
相変わらずの事務っぷりだなぁミスティカさん。
もう色々と突き抜けすぎて、妙なファンを量産するだけあるわ……。
「ッ、この!」
なお、事務対応の極みを受けたメガネくんのほうは堪ったもんじゃないようだ。
そして、
「話の分からないクソ女がッ!」
ついにアイツ――ミスティカを罵倒した上、彼女の座る受付台を蹴りやがった。
衝撃で彼女の書いていた書類が何枚も散った。
ああ……こりゃ駄目だな。
「ハッ。最も盛んな開拓都市だと聞いてやってきたが、人材教育はまるでなってないようだな。無能な冒険者に無礼で可愛げのない受付嬢とは、やれやれまったく本当にッ」
「ジェイド氏」
喚く男を無視し、ミスティカが俺を見上げる。
「
「そうだな」
それは別にどうでもいいさ。
俺はプライドとかあんまないからな。
でも。
「他の冒険者の方々と」
うん。
「私まで、酷い扱いを受けました。だから」
ああ。
「怒ってくれます?」
「
というわけで。
「メガネくん」
「はい?」
「少し黙れ」
メガネくんが
その腹に拳を突き出した。
彼は回転しながら吹き飛んで行った。
「げぼガァッ!?」
壁に叩き付けられるメガネくん。
ちゃんと意識があるようだ。
じゃあ言うぞ。
「俺のことはいいんだよ。わりと適当に生きてるからさ。意識高いヤツに馬鹿にされても、まぁしょうがないかなって感じだし。でもさ」
次。
呆然とする右の取り巻きの肩を掴む。
「えっ」
と戸惑う彼。
それを無視して力を入れた。
彼は床へと埋まり込んだ。
「ぎゃあああーーーーッ!?」
「知り合いとかを馬鹿にされるのは、流石にちょっと駄目かなって」
次。
左の取り巻きの顎を掴むと、「じ、自分は何も言ってないぞ!?」と喚いた。
「自分は無関係でッ」
「うるせえよ」
そのまま上にブン投げる。
彼は天井に頭が埋まって悶絶した。
「ッッッ~~~!?!?!?!?!」
「よし」
これでメガネくんと一対一だな。
「なぁ」
「うっ!?」
一歩歩み寄ると彼は怯んだ。
もう一歩、もう二歩と近寄ると、そのたびに彼は大きく震えた。
はは。
「面白いな、お前」
「ッ~~~!?」
あぁしまった。
今のは少し失礼だった。
メガネくん、また怒ってこちらを睨んできたよ。
まぁやることは変わらんがな。
「俺はよく『お人よし』って呼ばれるよ。平和な
だからやるときはやらないとな。
「構えろよ」
「ッ!?」
「俺は案内役だからな。今からお前を、教育的にブン殴る」
ギルドの仕事は投げ出さない。
こいつを導くのが俺の仕事だ。
「きょ、教育的に、ブン殴るって……!?」
「で、だ。お前は俺相手じゃ不満なんだろう? だったら拳で抵抗しろよ。それが冒険者の流儀だろ」
不満があったら即ファイト。
そんな殺伐でカラッとした職業が冒険者ってもんだろ。
「だから構えろ」
「ぐぅ……お前……ッ!」
「早く構えろって」
「ぉッ……お前ッ、後悔するぞ!? 私には、特別な繋がりがいくつもあってだなぁッ!?」
と、何やらメガネくんが騒ぎ出した。
いやなんだよ。
「わ、私はッ、かの『アンタレス家』のっ!」
彼が喚き始めた時だ。
ふいにギルドの入口から「なにやってんだァ~?」とアホみたいな声が響いてきた。
その声は……、
「おぉジェイドじゃねーか。金貸してくれ~、ってなんだこの状況!? 床と天井から人間生えてるぞ!? 建物が出産した!?」
「よぉルア」
そこに現れたのは悪友のルアだった。
どうやら遠征任務から帰ってきたのだろう。
小さな背丈の背後には、彼の率いる冒険者パーティ『英雄の夢』の屈強たる男たちが立ち並んでいた。
「ヒッ!? 『剛拳のルア』……!?」
「んぁ、この前ボコッたメガネじゃねーか。なにしてんだオメェ?」
なおメガネくんのほうはビクビクな模様。
なにせつい先日に治療院送りにされた相手だからな。
さらに。
「――何の騒ぎだ、騒々しい」
凛と鋭い声が響く。
その者の登場に、メガネくんはさらに震えた。
「む、ジェイド殿ではござらぬか。“あの本”の件だが、秘密にしてくれるなら拙者なんでも、ってなんでござるかこの状況!? 床と天井から人間生えてるぞ!? 建物が出産した!?」
「よぉシロクサ」
次に現れたのは古い馴染みのシロクサだ。
「てかなんでルアと同じ物件レビューしてんだよ」
「あ、ルア殿いる……っ」
「恥ずかしがって俺の背に隠れないでもらえます?」
彼も任務から帰ったばかりなのだろう。
細くしなやかな背に続き、彼の率いる冒険者パーティ『
「なっ……『絶剣のシロクサ』……!? ルアと並ぶ、二級最上位の……!?」
ルアとシロクサ。
メガネくんは彼らの登場に目を白黒とさせた後、信じられない表情で俺を見た。
「か、彼らと知り合いなのか!? 貴様、三級のくせに……!」
「ただの腐れ縁だよ」
別に自慢するつもりはない。
たまたま同期になってたまに一緒に飲むようになった奴らが、たまたま頑張り屋で出世してっただけだ。
それに、
「ル、ル、ルア殿ぉ……!」
「おぅシロクサ、相変わらず童貞かァ? それより聞いてくれよ。風俗の姉ちゃんたちってみんなエッチな匂いの香水つけてるだろ? つまりああいうのがイケてる女の中じゃ人気なわけだ! だからオレも『暗黒令嬢サラ様』をふり向かせるべく、嬢の姉ちゃんたちが使ってるやつを首筋につけたんだよ。ほれ嗅いでみ?」
「ふぐぅ~!?」
「んぁ、なんで前かがみになってんだ~?」
……こんな残念な連中との仲をあんまり自慢したくはない。
そう思わせてくれる素敵な友人たちだよチクショウ。
「ま、こいつらのことは置いといてさ」
改めてメガネくんに向き直る。
「お前がどこの誰かは知らない。だが、今は『冒険者』なんだろう?」
「ッ」
「そして何より、一人の『男』なんだろう?」
「ッッ……!」
もう俺の意思は決まってるし、周囲はいきり立った冒険者まみれだ。
もはや逃げられる状況じゃない。
「だったらやることは一つだよな。最後に言う、構えろ」
「ッッッ~~~!」
完全に状況を理解したか。
そこでようやくメガネくんは立ち上がり、拳を構えた。
「いいぞメガネくん。それでこそだ」
震えているけどそれでいい。
喚いているより立派だよ。
「ぉっ、おまえっ、ジェイドッ! いつか、後悔させて……ッ!」
「うるせーよ新入り。後悔だったら今この場で、テメェの拳でやってみろ」
「くッ、クソがぁあああああああああーーーーッ!」
そして殴りかかってくるメガネくん。
そんな彼へと俺も構え、
「
その顔面へと拳を叩き付けるのだった。
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