第18話
「あぁ、いた」
女騎士はすぐに見つかった。
というのも、近くの飯屋の前で「おなかすいたな……」と立ち止まってぼやいていたからだ。
うんちょうどいいや。
「アイリスだったよな。入ろうぜ」
「ぬっ、ぬぁ!? なんだ貴様は!?」
「俺の名はジェイド。俺も昼飯まだだったから一緒に食おう」
「はぁ!?」
腕を掴んでお店にゴーだ。
そろそろ混む時間だしさっさと行くぞ。
ほれ、女児たちをぞろぞろ連れた修道女さんも入っていくしな。
ってあの女は……まぁいいや。
「ちょっ、オイ貴様っ」
「ああ、メシは奢るから心配ないぞ。好きなもん食っていいからな」
「はぁぁ!? そ、そんな話信じられるか! 離せッ――って力つよっ!? 振りほどけない!?」
ははは。そりゃ『無駄に力持ちのジェイド』と呼ばれてるからな。
「き、貴様、本当に一体なんなんだ……あとなぜ頭にヒヨコを……」
「今のアンタと話す気はねーよ。人間、腹が減ってるとイライラしちまうからな。話は食った後にしよう」
「むむむ……!?」
というわけでお店到着。
すんません店員さん、邪龍と女騎士二人で~!
◆ ◇ ◆
「はぐっ、はふっ、はぐぅっ……!」
夢中でご飯を食べるアイリス。
当初は俺に警戒心マックスだったが、この店名物の『トロールカツカレー』が到着するやこの通りだ。
左手でぎこちなくスプーンを使いながら、飲むようにメシを平らげていった。
「うぅ、おいひぃぃ……!」
「そりゃよかったよ。よっぽど腹が減ってたんだな」
「うぐぅ……!」
いやまじで欠食児童って感じの食い方だからな。
よく見りゃ長い金髪とか
「ギルドの連中が噂してたよ。聖都から、『女主人に刃を向けた騎士』がやってくるかもって」
「ッ!?」
「それ、アンタのことじゃないか?」
実際はもう確信してるがな。
こちとらイスカルから『その騎士は片腕が使えない』って話も聞いてるんだ。
これで違ったら逆にアンタ誰だって話だよ。
「そ、それはだな……」
「言いたくないなら言わなくてもいいさ。それよりアイリス、その片腕をなんとかしよう」
「って、はぁ!?」
はい今日何度目かの『はぁ!?』をいただきました。
「なんとかするって、貴様……」
「切断されてないならなんとかなるだろ。まずスキル発動≪
対象を右腕に限定してチェックだ。
すると、
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対象名:『人族・女性の右腕』
状態:石化
魔物『石邪龍バジリスク』の呪毒に犯されている。
深度はⅢ。
表皮・真皮・皮下脂肪まで石化済み。
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「て、こりゃやばいな」
『石邪龍バジリスク』は魔物の中でも一等強力な“龍種”。
つまり俺の仲間だ。
そいつによる呪毒となれば聖水ぶっかけようがガブ飲みしようが解呪は困難。
しかも骨や神経まで石化する寸前の深度Ⅲともなれば……、
「……もう切断するしかなかろう?」
悲しげにアイリスが呟いた。
「噂は本当だよ。ある女貴族を斬ったのは私だ。この呪いは、そいつの持つ『魔導兵装』に付けられた」
「なるほど……。龍種の武器を持ってるとは、だいぶ高位の貴族だな」
「ああ。無駄にお偉い、変態だ……!」
忌々しげに彼女は右腕を擦った。
服の下から、ザリッという石の掠れる音が響く。
「女性ばかりを
「それは……」
かなり笑えない変態だな。
「それを知った私は激怒してな。彼女、『ヴィオラ女侯爵』の騎士となったばかりであるが、剣を持って閨に殴りこんでやったよ。『これ以上、不埒な真似をするなら斬ります』とな。赴任直後に主人とバトルだ」
「カッコいいなお前。で、結果は?」
「負けたよ。厄介なことに……高位の貴族ほど、強力な『スキル』をいくつも持ち合わせているからな」
「そりゃあな……」
『女神ソフィア』の与えた世界の歪みの一つだな。
人の才能が“スキルの内容と数”でわかるようになった結果、配偶者を選べる貴族は優秀な者とまぐわい続け、財力でも武力でも庶民が敵わない存在となった。
前世と違い、反乱や暗殺も難しい
「偉くて強けりゃそりゃ庶民を食い荒らすようになるわな。生物としてのスペック自体が違うんだからよ」
優生学の破綻した末路だな。
「……どうにか一太刀は入れたがな。が、『石邪龍の毒鞭』を右腕に受け、さらに兵士が流れ込んできておしまいだ」
「貴族のホームなら当然兵士もいるわな。で、普通なら即処刑になりそうだが」
「ああ……あの女、何を考えたか私を追放処分のみとした。それで、近年もっとも栄えているというこの街にやってきたわけだ」
「そういうことか」
……例の貴族、ヴィオラ女侯爵の意図がわかった。
なぜその女がイスカル卿に、
『そちらに私を傷つけた騎士が向かうはずだ。片腕を不能にしたゆえ生活もままなるまい。ヤツに監視を付け、落ちぶれた瞬間に捕獲しろ』
なんて命令を裏で下したか。
性癖を知れたおかげで読めたよ。
それはずばり、女騎士アイリスを『モノ』にする気だからだ。
「腐ってんなぁ……」
右腕の呪いが末期にまで達すれば、やがて全身にも回り始める。
そうなりゃ稼ぐことなんてとても困難。命も危うい。
んで身体も心も限界に達した瞬間、ヴィオラは手を差し伸べる気なのだろう。
“私の女になれば、お前を救ってやる”とか言ってな。
胸糞悪い。
「よくわかったよ。話してくれてありがとうな、アイリス」
「ああ……こちらこそ、聞いてくれてありがとう。腹も膨らましてもらったからかな、誰かに打ち明けられて……少しだけ心の
「そりゃよかったよ。じゃあ右腕を治療しよう」
「あぁそうだな――って、はぁッ!?」
お、また『はぁ!?』って言われた。
「き、貴様、鑑定したならわかるだろう!? 私の右腕は、強力な邪龍の毒で……」
「ああ。そこらの聖水じゃどうにも出来ない状態だよな。もう切断しかない」
「そうだ。だから……」
「でも今は違う」
スキル発動≪
俺は虚空から一本の酒瓶を取り出した。
「ちょうどよかったよ。
「は? 魔酒とは……?」
戸惑うアイリスをよそに、空いたお冷のグラスにトクトクと酒を注いでいく。
「よし。ぐいっと一杯飲んでくれ」
「はぁ? いきなりそんなこと言われても……」
「誓って毒とかじゃない。ヒヨコの身柄を懸けてもいい」
『ピヨッ!?』
豆食ってたヒヨコが騒いだ。
ほれ、今こそお前が役立つ瞬間だぞ。
「どうだアイリス? ヒヨコだぞ?」
「いや、別にヒヨコはいらないが」
『ピヨォ~!?』
なお役立たなかった模様。
はぁ~つっかえ。
「ヒヨコくん……お前このままじゃ無限豆消費マシンだぞ? なんかいつまでもデカくならないしよぉ」
『ピヨォ~……ッ!』
「こちとらマイホームのために貯金中だからな。このままじゃ、お前を触りたがってるシロクサに一時間1000ゴールドで貸し出す商売を始める必要が……」
『ピギャーッ!?』
と、今後のマネジメント契約について話していた時だ。
アイリスが「ふっ」と笑うや、『魔酒』を注いだグラスを手に取って見せた。
「わかったよ、ジェイド。貴殿を信じて飲むとしよう」
お?
「ヒヨコ
「いやヒヨコはいらん。ケツの締まってない鳥類は嫌いだ」
『ピヨゲッ!?』
ああうん。
そりゃ気高い女騎士らしい理由なことで。
「ジェイドよ。貴殿はなかなか腹の底の読めん男だ。ただのお人よしというには、どこか秘密めいたものを感じる」
「そりゃな」
だって邪龍だしな。
そんなクソデカ秘密抱えてるしな。
「でも」
アイリスは視線を落とし、己が腹部を見た。
「……お腹を膨らませてくれたからな。利き腕を潰され、お金も知り合いもなく、そのくせプライドだけは人一倍で荒れていた私を……お前は強引に連れ込んで、ご飯を食べさせてくれた。もうその時点で返しきれない御恩がある」
御恩って。
カツカレー一杯で大げさだな。
「非常食のヒヨコとも仲良いようだし」
『ピゲッ!?』
「いや非常食じゃないんだが……」
ヒヨコくん、“非常食だったの!?”って顔で俺を見るな。
「ゆえに貴殿を信じよう。きっと悪い人物ではないと」
おいおい……そりゃ買いかぶられたものだな。
「もしかしたら人間に化けた悪い邪龍かもしれないぜ?」
「ははっ! カツカレーをおごってくれる邪龍がどこにいる!」
ここにいるよ。とは言えないな。
「あぁジェイドよ。どのみち詰んでいた私だ……どんな結果になろうと、貴殿を恨まぬと――そう誓おう」
そして彼女は、グラスを呷った。
「ぐッ……んぐっ……!」
吞みながら出る呻き声。
「んッ……うぅ……!」
強い酒精が喉奥を責めているのだろう。
涙を浮かべるアイリスだが、それでも一切吐き出さず。
ぐびり、ぐびりと、腹の底に収めきり……、
「ぷはっ……飲み切れた、ぞ……?」
「ああ、よく頑張ったなアイリス」
かくして変化は訪れる。
「ッ、これは!?」
ビクッと震える彼女の右腕。
石化して棒のようになっていたソレが、徐々に、ゆっくりと動き出した。
「あっ、腕、が……!」
アイリスが右の籠手を外す。
すると、今まさに
「よし、『特殊能力』発動だな」
彼女に飲ませた魔酒の瓶を見る。
コイツは『巨大鼠ジャンボラット』の血から作った酒だ。
かの魔物が持つ能力は【超免疫】。
あらゆる毒や菌を無力化するという、まさにネズミのバケモノにふさわしい異能だ。
で、魔酒を飲むことで一時的にその異能が発現。
たとえ邪龍の毒だろうが弾き飛ばしちまうってわけだな。
「あぁ、私の腕が……! もう切るしかないと思っていたのに……!」
やがて変貌を終える彼女の右腕。
つい先ほどまで石そのものになっていたソレは、今や
「動かせるか?」
「っ、うん……少し震えるけど、動かせる……!」
ぽろぽろと。
アイリスの頬を大粒の涙が流れていく。
ま、それも当然か。
大切な四肢の一つを取り戻したわけだからな。
「ありがとうっ……ありがとう、ジェイドよ……!」
「別にいいさ」
手を伸ばして彼女の涙を拭いとる。
「俺の目の届く範囲じゃ、胸糞悪い展開はごめんだからな」
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