第16話
『開拓都市トリステイン』は革命的発展を遂げた土地である。
上下水道などインフラの完備。
正しい衛生知識と医療知識の浸透。
数々の高度な道具の一般化。
規格化された独自の単位法の定着等々……。
それらによって今やトリステインは『聖都モルドレッド』を追い抜くほどに発展。
逆に文化的影響を与えるほどの注目の値と化していた。
なおその発展は、一人の『令嬢』により
「ぁっ、あの方は……!?」
「来たぞ……っ!」
「おぉぉっ、あれが噂の……!」
約半年ぶりの『彼女』の到来。
雑踏の中に突如として現れた彼女を前に、人々は騒ぎ、そして視線を奪われた。
ああ、まさに彼女こそ白夜の薔薇。
白き長髪を靡かせ、黒きドレスのレースを揺らして堂々と歩むその少女こそ、
「『暗黒令嬢サラ・ジェノン様』の御到来だぁーーーっ!」
悲鳴にも歓声が、開拓都市に溢れたのだった。
◆ ◇ ◆
(すんません、それ俺なんすよねぇ~~~~……!)
はいマジでごめんね街の皆さん。
俺、ジェイドくんです。
ジェイドくんなんです……っ!
『暗 黒 破 壊 龍 ジ ェ ノ サ イ ド ・ ド ラ ゴ ン』ことジェイドくんこと、サラだったんです……!
いや違うんですよ。
この姿には色々事情があるんですよ。
元はね、あまりにもこの世界の衛生環境とかがクソだったのが始まりなんすよ。
こりゃ~やってられんと思いましてね。
それを何とかしようと考え、現代知識を広めようと思ってなった姿が『コレ』なんですわ。
自分が『ジェイド』であるとバレたくないから、いっそ全ての要素を反転させようと考えましてね。
――『黒髪で』『長身で』『気弱そうな』『冴えない大人』の普段の姿から、
――『白髪で』『小柄で』『冷たそうな』『絶世の美少女』になれば安心かなと。
(……まぁ正確には『美少女』じゃないんだけどな。邪龍細胞を操って
再形成できなくなったらどうしようって感じでな。
というわけで色んな意味でエセ存在な『サラ』になったわけだが、これが妙な人気が出ちまって……その結果。
「――ウォオオオオオオッ! サラ様ァァアッ! オレですルアですコッチ見てくださいウォオオオオッ!」
(うわ出た)
噂をすればなんとやらだ。
ワーワー騒ぐ民衆よりもひときわうるさく、悪友のルアが絶叫しながら駆けてきた。
(まさか友人が過激派ファンになるとか思わんだろぉ……!)
ともかくこれ以上騒ぎがでかくなると近所迷惑だ。
さっさと領主邸に行くとしよう。
「サラ様ぁああああーーーッ! サラ様ウオオオオオッ!」
「――黙れ、下郎」
「ひぅっ!?」
口から飛び出す威圧的な言葉。
実際は『お前うるさいっつの』と言っただけだが、この身体だと偉そうになるよう出来てるんだよなぁ。脳いじったから。
なお、
「あッあッ、オレ、新しい性癖の扉ひらいたかも……!」
……変態の友人には特に効果がない模様。
「はぁ、まったく」
打たれ強いアホに苦笑しつつ、俺は一瞬で領主邸まで移動する。
「あっ、サラ様が笑ってくれたーーー!?」
うるせぇよっと。
◆ ◇ ◆
ほい領主邸到着っと。
もはや突撃訪問にも慣れた様子の老執事さんに通され、煌びやかな執務室にて領主サマと対峙する。
よぉ。
「息災であったか、イスカル卿よ」
「ぎゃああああああああ出たであるぅううううううッッッ!? 腹黒ドSオスガキャァアアアーーーーーッ!?」
「誰が腹黒ドSオスガキだ」
この男こそ『開拓都市トリステイン』の王。
イスカル・フォン・トリステイン伯爵だ。
見た目は丸くて悪人面で変な髭生えてる汚職貴族だが、実際は、
「もう違法薬物作ってないか?」
「してねェーであるよッ! 『やったら殺す』宣言を貴様から受けてるからなァッ!」
はい。
マジで悪人の汚職貴族です。
俺が接触した時には、領地経営に困って違法薬物売っぱらおうとしてる寸前でした。
「くっ、貴様なんぞに目を付けられたのが運の尽きだ……!」
なお俺の知識や発明品の数々がアホみたいな速さで街に浸透していったのは、俺が
他にも孤児や老人への支援とかさせたりね。
「フフ、笑えるなイスカル卿。クソを下水で煮込んだような性格のお前が、世間からは『福祉活動に精を出す聖人貴族』と扱われているのだから」
「チッ。貴様がそうしろと命令したからだろうが……! あんま舐めた口きくと貴様に精出すぞオスガキャァッ!?」
なおコイツは俺の下半身事情を知っている。
親睦を深めようと一緒に海行ったからな(※てか単に俺が行きたかったから強制連行)。
コイツ泳げなくてワロタ。
仕方ないから教えてやったよ。
「くそ……それでサラよ。貴様が来たということは、今回もまた儲け話か?」
「うむ。お前の悪行を許さん代わりに、金の湧き出る知識と技術を提供する約束だからな」
いわゆるビジネスパートナーってやつだ。
まず俺が
そこからもうほとんど覚えてない教科書の内容とかボンヤリ読んでた科学漫画とかネットサーフィン中に一瞬開いたウィキのページとかを“視て”、得た知識をこの男に知らせてる感じだ。
そそるぜ。
俺じゃ物品やらの作り方はわかっても、それを量産して広めるための人材が用意できないからな。
「ふん。儲けのほとんどは社会的弱者どもの支援に回せと言うくせに。……まぁよい。それで、次に売り広めればいいモノはなんであるか?」
「これだ」
スキル発動≪
俺は異空間から何十個もの酒樽を召喚した。
「むッ……酒であるか……?」
「あぁそうだ。『魔酒』と言ってな、私手ずから作った魔物の血酒だ」
「むむ!?」
『魔酒』について話してやる。
ちなみに邪龍ファイヤーで作ったってのは内緒でな。
流石のコイツにも俺が『暗 黒 破 壊 龍 ジ ェ ノ サ イ ド ・ ド ラ ゴ ン』なことは秘密だからだ。
本名恥ずかしいしぃ……。
「――なるほど。飲めば冒険者に特殊能力を発現させる酒であるか。またとんでもないモノを開発してきたなぁ」
「もう十年近い付き合いだ。いい加減に慣れただろう?」
「アホ言え、毎回驚かされっぱなしである。まったく、世紀の発明をポンポンと投げてきおって……。いいかサラよ? 『常識外れ』のネタというのは誰もが諸手を挙げて受け入れるわけではないのだぞ? 特に貴族界だ。尿を使ったホワイトニングや水銀を摂取する健康法が逆効果だと知らされた時には、吾輩に向かって批判が殺到したのだからな。これまで自分たちがバカな行動をやってたことをプライドが認めたくないのであるよ。ンで今回の魔物の血酒など軽く宗教問題であるよ。魔物肉の摂取すら表向きタブー視している『女神教』上層部のクソ面倒連中とはどう折り合いをつけたものか。こりゃ確実にまた抗議が!」
おぉうイスカル卿ってば俺のせいで色々大変みたいだ。
「苦労を掛けるな。今度一緒に温泉行くか?」
「いかねぇであるよ殺すぞッッッ!!!?」
うわめっちゃ怒らせちゃったよ。
咄嗟に謝ろうとしたけど、心の中のプリキュアが「謝らないで! コイツ元は違法薬物密造者よ!」と言ってきたからやめた。
それもそうだな。
代わりに酒樽のフタ投げとこ。
あ、つい力んで音速で投げちゃった。
イスカルの真横をビュバッッッズパッァアアアッって窓切り裂いて飛んでった。
あっあ。
そんで超遠方で今羽ばたかんとしていた腹に傷のある赤龍に当たって撃墜しちゃった。
アイツ生きてたのかぁ。
なんかごめんね~?
「ひッ、ひえぇええええッッッ?! コイツいきなり暴力で黙らせてきたであるッ!?」
「あ、いやそういうつもりじゃないんだ。ただ
「こっっっわ!? 貴様やっぱり鬼畜だろッッッ!?」
そうしてわーわー叫ばれてると「お茶の用意が出来ました」と老執事さんが入ってきた。
彼は優雅に紅茶を淹れると、「旦那様が楽しそうで何よりです」と嬉しそうに微笑んで去っていった。
「って楽しくねぇであるよクソがぁーーーッ!?」
「こらこらハシャぐなイスカル卿。大人なんだからそろそろ仕事の話に戻るぞ?」
「うるせーッ!」
「戻るぞと言ったんだが……?」
「ひえっ……!?」
よし交渉成立。
美味しい紅茶をくぴくぴ飲みつつ話題を『魔酒』に戻す。
「さて。例の『魔酒』だが、その有用性は極めて高いと見込んでいる」
「うむ……なにせ人に魔物の特殊能力を宿すというのであるからな」
「効果は一時的だがね。それでも強力な切り札になるだろう」
「売り方はギルドを通すべきであるな?」
「あぁそれがいい。冒険者のみの販売としたい」
「任せとけである。酔いやすいうえ特殊能力を与える酒が制限もなく出回ったら、社会が混乱しかねんからな。ただ転売屋対策はどうするか」
「私が直々に殺してやろうか?」
「転売屋への殺意すごいな貴様ッ!?」
俺を毛嫌いしているイスカルだが、儲け話だけはポンポンと話を進めてくれる。
こーいうとこだけは嫌いじゃないな。
悪人だからコッチも気兼ねなく話せるしな。
「値段は高くしてもいいぞ。なにせ私しか作れんのだ、量産に手間がかかるからな」
「元からそのつもりである。そのほうが吾輩の取り分も増えるからな。……で、今回の貴様の取り分は?」
「いつも通りだ。社会福祉とインフラに回せ」
「またであるか……」
呆れられるが決めてることだ。
前世の知識や邪龍パワーで儲けた大金。
そういうのは懐に入れないようにしてるんだよ。
この世界で人間として生きると決めたんだ。
そんな男が『別世界』や『人外』のリソースで経済のパイを奪うわけにはいかんだろ。
「お人よしぶるのが好きであるなぁ。人間かどうかすら怪しいくせに」
「なんだわかるのか?」
「当たり前である。十年近くの付き合いになるくせに、ずっと見た目が変わらねばなぁ」
まぁそりゃわざとやってるからな。
この世界に色々と知識を齎してる俺だが、それで全面的に信仰されたり依存されたりしたら困る。
だから“人間じゃないかもしれない”と思わせて、ベッタリするのもどうかと疑心煽ってんだよ。
「実際、『ダークエルフ』など人に近しい魔物はいると聞くであるからな。貴様もそのあたりなのだろう?」
「さてどうだか。もしやドラゴンかもしれないぞ?」
「はんっ、こんな乳臭いドラゴンがいたものか」
「えっ、乳臭いのか自分……?」
……非常に気になる匂いレビューをされたが、まぁそろそろお暇しますかね。
あんまり長居していると、また老執事さんが『イスカル様は独り身で、ここまで饒舌に話せる相手はサラ様だけで』と謎の長話をしてくるかもしれない。
俺とイスカルを友達にでもしたいんだろうか?
まぁいいや。
「さて、では帰るぞイスカル卿。貴族なんだから土産をもたせろ」
「ッ、貴様っ……謙虚ぶってるくせにみみっちい要求ばっかしやがって……! えぇい、吾輩がおやつにする予定だったカステラでも持って帰れ! 貴様がこのまえ美味いと言ってたヤツだッ、執事によこせと言っていけ!」
「あぁあの茶菓子に出してくれたカステラか。嬉しいぞ感謝する」
やったぜ言ってみるもんだな。
「またくるぞ」
「もうくるな!」
そうしてクールに去らんとした時だ。
イスカルが鼻を鳴らしながら何やらぼやいた。
「チッ……面倒な相手ばかりが絡んで来るな。つい先日も『聖都』から――」
おっと邪龍イヤーは地獄耳だぞ。
おんおんイスカルくん?
聖都から、なんだってぇ?
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