第3話





「うぅ……久々に恥辱を味わったな」



 換金を終えた後のこと。

 沈みゆく夕日に照らされながら、俺は『冒険者ギルド』脇の料亭で飲んでいた。


 ちなみにツマミは『舌切り雀の骨付き肉』だ。

 やたら人間の舌を狙ってくる凶悪な魔物だが、肉はなかなかに締まってて美味い。

 辛いくらいに塩かけて食べるとすごくエールと合うんだよなぁ。


 ウメウメ。



『ピヨ~……!』



 なお、鳥類ヒヨコのほうは戦慄の目で俺を見ている模様。

 お前は食わんから安心しろ。



「にしてもヒヨコよぉ。やっぱり若い頃のテンションってのは怖いよな。それがはっちゃけてた時だと、特に」



 生後数週間のヒヨコにも忠告しておく。

 ある時たまたま力とか立場を得たからって、若さゆえのテンションで行動するのはやめたほうがいいぞ?



「俺は……あれだ。まず前世で大変な思いをしててさぁ」



 前世ではブラック企業の新入りだったんだよ。

 そこで血尿が出るくらい働かされて、そのまま過労で倒れて死んじまったんだよなぁ。


 で、人生を後悔しながら目を瞑ったら――、



「なってたんだよ。『暗 黒 破 壊 龍 ジ ェ ノ サ イ ド ・ ド ラ ゴ ン』にさぁ……!」



 マジでビビったよ。

 起きたら身体がめちゃくちゃデカくて真っ黒なドラゴンになってたんだから。


 でも、怖いくらいに違和感がなかった。



「不思議な感覚だったなぁ。まずわかるんだよ、自分が『暗 黒 破 壊 龍 ジ ェ ノ サ イ ド ・ ド ラ ゴ ン』ってクッソ恥ずかしい個体名なことに。そんで身体の動かし方とか、自分がやたら強いこととかな」



 もしかしたらソレが魔物の『特性』なのかもしれない。


 急に現れた生物、魔物。


 もしやこの世には『女神ソフィア』の悪バージョンみたいな超常存在がいてさ(女神ソフィアが善とは限らんが)。

 魔物ってのはそいつにより作られた生物兵器で――それゆえに自分の生態情報データを把握しているんじゃないか?


 ってな。



「答えは知らん。ともかくわかったのは、『俺』っていうちっぽけな存在が世界でもメチャつよな魔物に生まれ変わったことだ」



 んで――そう気付いてからはもう駄目だった……!



「あぁ、それからはもう調子コキまくったよチクショウ……!」



 思いっきり炎を吹いたり、超音速でかっ飛んだり、何トンもある尻尾をブンブンッ振り回して、そりゃもうはしゃぐように暴れたよ。

 前世で鬱屈としてた分、ガキみたいにはっちゃけまくった。


 さらになんやかんやで人類がいることや彼らの厳しい現状を知ってからは、もっと駄目になった。




「なんとハイになっていた俺は、たまたま出会った王族たちに名乗っちまったんだよ。『我が名は、“暗 黒 破 壊 龍 ジ ェ ノ サ イ ド ・ ド ラ ゴ ン”である!』って、クッソ恥ずかしい名前をさぁ~……!」




 当時はそれがカッコいいと思うくらい浮かれてたんだよ~~~~……!


 そっからは“闇の力で魔を駆逐する守護龍”気取りで強い魔物とか全滅させてゲハゲハ笑って――。


 で、そんな生活を十年以上続けたあたりで、ようやく気づいた。



 なんか俺、恥ずかしくないかと。



「強い魔物を狩りまくったのはまぁいいさ。それで人間勢力もかなり余裕が出来たみたいだし。でもなぁ~……それで恥ずかしい名前名乗って、上位存在気取ってるのもなぁって……!」



 あとあれだ。

 次第に王族とかが『あの魔物の剝製が欲しいのだが、死体を取ってきてくださらぬか?』『我らを乗せたまま演説させてくれぬか?』とか、なんか要求が図々しいし政治利用までし始めたんだよなぁ。

 姫様は優しかったけど親父とか兄貴とかがマジで無理。

 あいつら俺のこと内心“魔物風情が”って思ってただろ。



「で。このままじゃ『いいように使われるバカ』っていう、前世とある意味変わらない存在になっちまうと思ってさ」



 そんでやっぱこんな生き方してちゃ駄目だと決意。



「この世界の人間の細胞を参考に、気合いで人化して今に至るってわけだな」



 なお人類だけに宿るはずの『スキル』はなんかその時に目覚めた模様。


 人類判定ガバガバか女神?



「……以上、昔話終わり。やっぱ人間、性格に見合った立場で生きるのが一番ってことだよ。そのほうが食う飯も美味いってもんだ」


『ピヨ~?』



 と、ヒヨコ相手に小声で愚痴りつつ、お通しの豆をあげていた時だ。




「「あ、お兄さんってばヒヨコなんかと話してる~」」




 ――俺をコケにしてくる双子姉妹が現れた。



「いい年してそれはちょっとどうなわけぇ? 見てて恥ずかしいよ~」



 とニヤニヤ笑う銀髪チビスケと、



「もしかして酔ってるんですかぁ? 本当にどうしようもないお兄さんですねぇ」



 とクスクス笑う銀髪チビスケだ。



 こいつらの名はニーシャとクーシャ。

 十代前半ながら立派に冒険者をやっている双子姉妹だ。



「「私たちの爪垢でもペロペロするぅ~?」」



 ちなみにランクは二級上位。

 しかも女性だけのパーティ『妖精の悪戯』を率いてるってんだからマジすごいよなぁ。



「よぉ二人とも。今日も相変わらず元気そうだな、よかったよ」


「「む~!?」」



 不満げな双子姫様。

 煽りをスルーされたのがお気に召さないらしい。



「もう! 馬鹿にされたんだから少しは怒りなよ!」


「そうですよ、これだからお兄さんを舐める連中が後を絶たず……!」



 と、今度は何やら説教し始めた。


 な、なんかすみませんね?



「あと、いつまでも保護者ヅラはやめてよね。私たちもう立派なレディなんだから」


「そうそう、収入だってお兄さんより多いですしね~」



 フフンッと揃って胸を張る彼女たち。



「元気だなぁ。若さがまぶしいよ」



 ちなみにこの二人は、俺が何年か前に拾って食べさせてやってた時期がある。

 だから俺的には娘か妹みたいなもんなんだよなぁ。

 今じゃすっかり馬鹿にされて嫌われちまってるけどさ。



「あぁ、お前らは本当に立派だよ。どうだ、一緒にご飯でも食べないか? 久々に奢るぞ?」


「「はぁ? 万年三級冒険者のお兄さんが奢り~?」」


「おう。実は偶然、トロールを倒して臨時収入が――」


「「!?!?!?!?!?!?」」



 次の瞬間である。

 双子姉妹が俺の脇に飛び込むと、超高速の手つきで身体のあちこちを触ってきた!



「おっ、おいお前ら!?」


「「ぺたぺたぺたぺたぺた!!!」」



 なんだなんだなんだなんだっ?



「怪我はッ……ふーん、ないみたいだね。お兄さんのクセにやるじゃん」


「ふぅ……やれやれまったく困りますよ。身の丈以上の相手に手を出すとか」



 胸をなでおろすニーシャとクーシャ。

 これは、あれか?



「もしかして心配してくれてるのか?」


「「はぁ~!?」」



 うわめちゃ怒ってきた。



「チョーシ乗らないでよね? お兄さんは一応アレじゃん? 私たちの元保護者なわけじゃん? それがトロールなんかに怪我させられてポックリしたらコッチが恥ずかしいじゃん!?」


「そうですよ。なにせソロ冒険者のお兄さんと違って、私たちは大注目の一大パーティ『妖精の悪戯』のダブルリーダーなんですからね? メンツってもんがあるんですよ」



 うわすごい早口で反論してきた。

 そんなに見当違いだったか。


 でもそうだよなぁ。

 二人はイケイケな女子高生みたいなもんだから、俺みたいなうだつの上がらない兄貴分に悪目立ちされるのは嫌だよなぁ。

 友達に知られたら恥ずかしいってやつだ。

 反省せねば。



「すまんな、これからは気を付けるよ」


「「ふんふんっ!」」



 わかればよろしいッ、と強く言いながら去っていくニーシャとクーシャ。

 どうやら一緒に晩御飯の誘いもお断りなようだ。

 ちょっとへこむなぁ。



「はぁ仕方ない。ヒヨコと侘しくご飯を……って、あれ?」



 いつの間にやら手にしていた食べかけの鶏肉が消えていた。

 あれどこいった!?



「ま、まさかヒヨコくんが食べたのか?」

 

『ピヨ?』



 よくわからないといった感じのヒヨコくん。


 ……まぁコイツが食うわけないよな。

 同じ鳥類だし、コイツの体積よりデカいし。



かじりかけだったのに……ん~またかぁ。なんかたまにあるんだよなぁ、俺の私物が消えること……」



 ハンカチとか下着とかタオルとかさ。

 そういう身の回りのものがいつの間にかどっか行くんだよ。



「もしかして歳なのかなぁ? 邪龍ボディで脳機能はむしろ上がってるはずなんだが……」



 身体も二十代後半くらいの設定だしなぁ。

 うーん金品類はまだ無くしたことがないからまぁいいが、ともかく不気味な現象だ。




「「うひょひょひょひょひょひょ!」」




 俺は、なぜかギルドからハイテンションで爆走していく姉妹を見ながら、首をひねるのだった。





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【今回の登場人物】


・俺:本名が恥ずかしい人。お兄さん。パンツが消えていくバグを起こしている。


・ニーシャ&クーシャ:ヒロイン1号&2号。パンツ無限増殖バグを起こしている。趣味はお兄さんオ〇〇ー。お前らヒロイン降りろ。


・ヒヨコ:非常食


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