第24話


「「“受付嬢ミスティカ。お兄さんと9分も会話。ムカつく”と……」」


「うわぁ……」



 その日の夕暮れ時、女騎士アイリスは見てしまった。


 己を保護してくれた銀髪姉妹・ニーシャとクーシャが、ギルドの窓から目だけを覗かせ、『万年三級ソロ冒険者ジェイド』を監視している光景を。



「リ、リーダーたちよ、一体何を……?」


「「ハッ、アイリスさん!?」」



 ふり向く二人。

 その口元には、男物のパンツが貼り付けられていた。



「ふぁ!?」


「くっ……不覚だよクーシャ。他の人の接近に気付けなかったなんて」「仕方ないですよニーシャ。アイリスさんは足音の聞こえづらい達人の足さばきをしてますからね」


「い、いやその口元のパンツはなんだ!?」



 と喚くアイリスに、銀髪姉妹はパンツを手に取って広げ、見たこともないとろけた顔で、



「「何って、ジェイドお兄さんのパンツだよぉ?♡」」


「ひッッッ!?」



 などと、おぞましすぎる変態発言をかますのだった……!



「うぅん、やっぱりクンクンしながら隠密するのはダメだね。嗅覚を封じてなかったらアイリスさんにも気付けたのに」


「ですねぇ。こんなことしてるって万が一お兄さんにバレたら、きっとどうでもいいモンスターを相手してるときみたいな、温度が一切ない冷めた目で見られて……!」


「ごくっ……! そ、それ、ちょっといいかも……?」



 と、ドン引きの会話をしてニチャニチャクヒクヒ笑う二人。


 その光景にアイリスは震えるのと同時に『やっぱりか』とも思うのだった。



「……ふたりとも、ジェイドのことが明らかに好きだからなぁ」


「「そりゃまぁね」」



 察してはいた。


 なにせアイリスは今、彼女ら率いる女性パーティー『妖精の悪戯』の宿泊拠点に居候している身なのだから。


 つまり姉妹とは同居しているというわけで……、



「……夜はずっと聞こえてくるからな。リーダーたちの寝室から、その、『お兄さんお兄さんっ……♡』という甘い声が……」


「「でゅへッ!」」


「うわなんだその笑顔気持ちわる」



 率直な感想が出てしまった。



「「…………」」


「あっあっすまないっ、あまりに悲惨な笑みでつい」


「「悲惨って言われるほど気持ち悪かった???」」



 ちょっとショックな姉妹だった。


 互いに頬をムニムニほぐし、『さっきの笑みはお兄さんの前でしないようにしよう』と誓う(※実は一回しているが、ジェイドは身内に激アマなのでスルーされている)。


 そんな姉妹のオリジナル笑顔問題はともかく、



「二人がときおり別行動していたのはこういうことか。ジェイドを監視していたのだな?」


「「うん。お兄さんをストーカーするヤツがいないか見守ってるの」」


「おまっ……ん、んんッ!」



 お前たちがストーカーだろ変態ッ!!! と全力で罵りたくなったが、どうにか堪えた。


 アイリスはスキル≪心頭滅却セーブハート≫の適性を得た。



「まぁ、うん、彼に迷惑をかけていないのならいいんじゃないか? 恋は乙女の特権だからな」


「「えへへっ!」」


「うん今度の笑みは可愛い。……ところで、さっきのパンツはどうやって手に?」


「「盗んだ」」


「思いっきり迷惑かけてるじゃないか!」



 つい姉妹にダブルデコピンしてしまう。


 女騎士アイリスは悪徳・不正にうるさいのだ。



「「いたーいっ!?」」


「あっ、つい……いやもういいか。年上として説教するが、愛しているなら私物をパクるのはやめろ。特にパンツとか変態すぎるわ」


「「私たちに呼吸するなと!?」」


「ジェイドのパンツは酸素だったのか……!?」



 未知の文化との遭遇である。


 元『聖都住まい』の女騎士。

 この街に来てから変態たちを次々見たりと、ゴミみたいな初めての連続だった。



「「死んじゃうよーーー!?」」


「死ぬわけないだろ」



 そうツッコむアイリス。

 だが、パンツ無き未来を想像した姉妹たちの顔は本気で真っ青に染まり始めた。



「「じぬ~~~~~ッ!」」



 うっざ。

 

 と思ってしまったアイリスである。



「はぁ」



 ともかくこれは色々と駄目そうなので、



「あぁ……じゃあもうジェイドが捨てた古いパンツならいいんじゃないか? ゴミ捨て場に置かれたものなら、まぁパクっても迷惑ないだろ……」



 仕方なく妥協案を提示してやる。


 アイリスはスキル≪柔軟思想フレキシブル≫の適性を得た。



「とにかく、彼を困らせる真似はやめろ。お前たちが真にジェイドを想うならな」


「「うぅ……」」



 女騎士の説教にうつむく二人。

 そこでアイリスは『新人のくせに生意気だと思われたか?』と考えたが、しかし。



「――にししっ……どうしよクーシャ、叱られちゃったや」


「――くすすっ、お兄さん以来ですね。私たちを叱ったの」



 特に怒った様子もなかった。


 むしろ、先ほど弾かれて赤らんだ額をこそばゆそうに擦る姉妹。

 まるで希少な体験をさせてもらったと喜んでいるように。



「お前たち……」



 姉妹の様子と、ジェイド以外に長く叱られてないとおぼしき発言。

 そこからアイリスは双子姉妹の来歴を察する。



「もしや、親がないのか?」


「「うん。私たち、捨て子だったの」」



 姉妹は恥じらいながら続けて言った。


 盗みの技も、その時に覚えてしまったものだと。



「昔は大変だったなぁ。鼠みたいにどうにか生きてきたんだけど、一回スリがバレてさ。そいつと仲間たちに路地裏に連れ込まれて、二人して集団でボコグチャにされちゃったんだ」


「骨とかもバッキバキに折られちゃいましたねえ。しかも犯されそうになるわで泣いちゃいました」


「で、咄嗟に脇にあったゴミ箱ひっくり返して、生ゴミを頭から被ったんだよね!」


「あれは名案でしたねぇ。流石の相手がたも、『こんな汚い連中触りたくもない』って手を引いてくれて!」



 ……アイリスはもう、絶句するしかなかった。



「……なん、て……」



 なんてむごい過去なのだろう。

 豊かな聖都育ちの彼女には、想像するだけでも苦痛だった。



「だけどそこでもう終わり。手足折れてるし、お腹は空いてるしで、限界だったよ。でもその時」


「お兄さんが、助けてくれたんです。……あの人、優しすぎですよね。私たち、ゴミまみれで這いつくばりながら、拾ったガラス片を向けて『金を出せ』って言ってきた、蛆虫うじむしだったのに」



 気付けば二人は、治療院の暖かなベッドで寝かされていた。


 そして足元の座椅子には、自分たちが襲ったはずの男が、付きっきりで眠っていて……。



「……それで何年か、ジェイドお兄さんに養われることになったってわけ」


「おかげで今ではピンピンしてます。彼ってば学習塾にも通わせてくれて、今や『魔術』スキルにも目覚めちゃったり」



 笑う二人に、アイリスは「……そうか……」と一言発するしか出来なかった。



 幼い姉妹にはあまりに過酷な過去だった。

 今、こうして笑顔でいられることが奇跡だろう。



「話してくれてありがとう、リーダーたちよ。二人がジェイドを慕う理由がわかったよ」



 彼がいなければ少女たちはどうなっていたか分からない。


 そして、それはアイリスも同じだった。



「私も同じく救われた身だ。二人の気持ちには及ばないかもしれないが、ジェイドにはとても感謝しているよ」


「「アイリスさんも私たちと似たような状況らしかったからね」」


「そういえば、そうだな」


 

 と苦笑する。


 アイリスもまた、動かない腕を抱えて、垢まみれで腹を空かせていたところをジェイドに助けられたのだ。

 奇しくも姉妹とどこか似ていた。



「うん……ならば訂正しよう。私も二人と同じくらい、ジェイドには感謝しているよ。ゆえに」



 女騎士はそっと姉妹の肩を抱いた。



「ニーシャにクーシャ。微力ながら、二人の恋路を応援しよう……!」


「「アイリスさん……っ!」」



 夕暮れの中で結ばれる絆。


 成り行きで仲間となった彼女たちは、この時初めて通じ合った。



「「じゃあ――取得難易度SSS『お兄さんの赤ちゃん汁』を盗んできてもらっていいです!?」」


「ぶっ殺すぞ」



 アイリスはスキル≪心頭滅却セーブハート≫と≪柔軟思想フレキシブル≫に目覚めた。

 超絶本気で処刑する気の鉄拳を、“食らってもギリギリ気絶寸前の悶絶で済むゲンコツ”に変えてアホ娘たちに振り下ろす。



「「うンぎゃああ~~~~~~~~~~ッ!?」」



 頭を抱えて絶叫を上げる姉妹。

 そんな二人の首根っこを猫のごとく掴み、女騎士は彼女たちを睨む。



「その魂に反省なくば処刑しても仕方ない。お前たちがまともになるよう徹底教育してやるッ!」


「「鬼ママだ~~~!?」」




 アイリスはスキル≪育児保育グレートマザー≫の適性も得た。



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ニーシャ「実は私たちのパーティ『妖精の悪戯』の6人全員~」


クーシャ「お兄さんに救われたたちだったりします♪」


ニーシャ「抜け駆けしないよう、お互いを監視しあってま~す☆」




アイリス「お前たちは気持ち悪いしジェイドはジェイドで救いすぎだろ……!?」



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