第36話


 不本意なことに、オレぁ人間の街で働くことになっちまった。



「――オラよ、納品だ」


「あっ、あぁ」



 解体屋とやらに魔物『メガグリズリー』の死体を渡す。


 人間の世界じゃ危険度B級だとかいわれてそこそこ強い扱いらしい。

 ハッ、雑魚だよなぁ人間は。

 こんな魔物、龍であるオレにとっちゃ昼飯扱いなんだがよ。



「……いや、その人間にヤられてオレぁ今こんなことしてんのか……クソッ……」


「な、なにか言ったか?」


「なんでもねぇよッ! 殺すぞ!」


「うぅっ!?」



 威圧すると解体屋の人間は逃げていった。


 ったく、雑魚が絡んで来るんじゃねーよ。



「あの人、ヴァンだっけ……」

「相当な荒くれものだぞ……」

「討伐者なんて大概チンピラだが、ありゃやばいよ。近づかないほうが……」



 解体屋を出る折、奥からそんな会話が聞こえてきた。


 龍の聴覚なら聞こえるんだよクソボケ。



「チッ、小動物どもが群れんなやッ!」


「「「ひっ!?」」」



 声を上げると連中は身をすくませたようだ。


 はっ、これだから人間どもはよ。




 ◆ ◇ ◆ 




「はぁ、数ばっか多くて嫌になるぜ」



 報酬を懐に街を歩く。



「クソがどけよ人間どもが」


「わっ、なんだあんた!?」


「うるせぇよ」



 ひと睨みするだけでどっかに失せた。

 最初からそうすりゃいいんだよ。

 肩がぶつかっただけで死ぬ身体してるくせによぉ。



「はー、皆殺しにしてぇ。だが……」



 鈍痛の残る身体を意識する。


 こんな雑魚人間の群れの中に、この龍の身に致命傷を与えた者がいるのだ。

 今の身体でその者と当たるのは得策ではない。

 まずはそいつを特定し、弱点を見出さなければ。



「それに、人間社会で殺人やらかすと一億人くらいに追われるんだったか。ジェイドって同類が言ってたもんな」



 流石に一億人に追い立てられるのは勘弁だ。



「そーいやあのジェイドって魔物、種族のこたぁ聞きそびれちまったな。腕力はオレから見てもかなりのモンだったし、腕っぷしだけはなかなかやる『トロールロード』とかかぁ?」



 と、IQ3種族の上位体のことを思い出し、たぶんそうだろと当たりをつけていた時だ。


 不意に人間どもが大通りの一角を見ているのに気付いた。



「あんだぁ?」



 近づけば、「なぁあのフードの子、どこか雰囲気があの人に……!」「あの垂れた長い白髪、もしかして」「隣の金髪の子も美形だな、貴族の子か?」「ちげーよ新参者、ありゃ冒険者のルアってアホだよ」などと、うるさく騒いでいる。



「ほう、見た目のいい個体でもいるのかよ?」



 人間どもは知らないだろうが、龍は美醜に理解がある。


 知性のない連中ならいざ知らず、魔物も最上位種となれば、美的感覚も備え持つのだ。

 龍が姫君を攫う話や、巣材に煌びやかな宝石を求めるとされる理由がソレだ。


 

「暇つぶしに見てやるか。オラ、どけよカスどもー」


「うわなんだっ!?」



 集団を押しのけて前に出ていく。


 すると、



「お――おぉお……ッ!」



 思わず感嘆の息が漏れた。


 ああ、わかる。

 フードで顔こそ隠しているが、そんなもの一枚では遮りきれない美貌の気配を肌に感じる。



「うおおおおいくぜ~!」


「おい人だかりの中を走るな転ぶぞっ!」



 ちょうど供をしていた雄――雌?――が離れた。


 これはまたとないタイミングだ。

 オレはさっそく人垣を押しのけ、例の雌へと近づいた。

 


「よォ、オンナァッ……!」



 自分もそろそろ成龍だ。

 初体験が人間というのは妙だが、この雌ならば悪くない。



 さぁ、光栄に思え。



「テメェをちぎりの相手としてやる」




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