おっさん、金をほしがる


『本当にやるつもりなんすかそれ』


 当然だ。

 これですべてうまくいく。


『全然そうは思えねえんすけど!!』

 

 俺はレコード妖精・シルキーの反対を無視して、バクスターのいる食堂へと向かう。

 思考盗聴は誰がどこにいるかわかって便利だ。


『そりゃバクスターは当初こそナナシにマウントとってたっすけど、もう完全に敗北してるっすよ! 冒険者もお客も従業員も全部ナナシにとられちゃったんすから! これ以上、何するつもりなんすか!』


 俺の心が読めるシルキーならわかっているはずだが……。

 

『そりゃね!?』


 言いにくいことなのかもしれない。


 バクスターは辺境地帯のギルド長として毎月多額の援助を受けている。

 国家予算が投入されている以上、その額は膨大だ。


 何もできないバクスターが一人で抱えていても無意味。

 すべて俺が使うべきだろう。


『ドストレートに金を奪うって言ってるようにしか思えねえんすけど』


 そうだが?


『~~~~~ッ!? やっぱ邪悪……じゃあないのかもしれないけど。でも、そんなのバクスターのおっさんが「いいよー」って言うわけねえっすよ。だってバクスターに残されたのってもうそのお金だけなんすから』


 王都のギルド長・ランピックがこちらに監査に来るという話は聞いている。


 ただでさえギルド運営がうまくいかなかったバクスターなのに、俺が冒険者を根こそぎ奪ったことで、バクスターの冒険者ギルドや食堂の営業は壊滅的だ。


 この状態でバクスターが監査を通過……無理だな。


 十中八九クビになる。


 だからと言ってギルド運営のために注入された公的資金を横領していいわけもないが、このまま放っておけばバクスターは金をもって逃げるに決まっている。


『そうかもしれないけど。もう、こうなったらおっさんがかわいそうじゃないっすか……お金くらい持たせてあげりゃいいと思うっすよ』


 バクスターに渡された金も実物は王都の銀行に保管されているだろうから、バクスターが解任された時点で預金は凍結されてしまう。


 王も馬鹿ではない、事前に銀行に圧力をかけて急に預金から引き出うとした時に妨害できるようにしているだろう。


 どうせ持ち出せるのは全体からすればわずかなものだ。


 そんなことになるくらいなら、俺がすべて使ってやるべきだ。

 それにそうすればバクスターも……。


『ご、傲慢……』


 絶句されてしまった。

 まぁいい。すべてが終われば意味もわかるだろう。


「バクスター。いるな? 入るぞ」


 ノックもせずにズカズカと食堂に入る。

 誰も来ないというのに机がピカピカに拭かれている。


 拭いているのは痩せぎすの男、バクスターだ。


「ひぃっ」


 バクスターが怯えてしゃがみこんでしまった。

 少し前、俺を散々馬鹿にしたのが嘘のようだ。


「復讐される復讐される復讐される……」


 素早くそんなことをつぶやき続けている。

 思考盗聴で精神状態は把握していたつもりだが、俺を前にしただけでここまで不安定になるとは。


「バクスター。最近、食堂から出てこないようじゃないか。たまには外の空気でも吸った方がいいぞ」


 優しく声をかけたつもりだが、バクスターの精神がぐちゃぐちゃになっていく。


「お、おおおお。お前、ナナシ……。私の、あっ。映すな! 私を映すな! ああぅぅ」


 怒りと恐怖で混濁したまま口をはくはくさせるバクスター。

 シルキーがいるので撮影されていると思ったのだろう。


 やれやれ、面倒なことだ。


「安心しろ、撮影はしていない。王都のギルド長・ランピックは俺の知人でな。このままではお前がギルド長の座から降ろされるから助け舟を出しに来たのだ」


「は? ナナシが私を……なぜ」


 バクスターが困惑している。

 こいつにとって俺は不倶戴天の敵みたいなものだろうから当然か。


 俺はこいつのせいで冒険者たちがひどいめにあっているのが許せなかったが、今ではその冒険者たちも元気に働いている。


 もはや俺にバクスターを恨む理由は無い。

 バクスターに悪意はなく、ただひたすらに無能だっただけだ。

 

 誰が悪いと言うならば、こいつをこんなところに配置したやつが悪い。


 具体的にはグランツ王だろうな。

 セドリックにゼロスタートでベリア領を任せたときも思ったが、采配が雑過ぎる。


 ここまでくるとあえて失敗させようとしているようにすら思えるレベルだ。


「なぜ俺がお前を助けるかだと?」


 それはそれとして、うまい理由をでっちあげる必要があるな。

 ここで「お前の金が目的だ。さぁ、金をよこせ」と言ったらどん引かれてしまう。


 オブラートに包んだ方がいい。


「俺達に与えられた使命はベリアの地を栄えさせること。そのために冒険者ギルドを土地に定着させることだ。いがみあい、憎しみあいは何も生み出さない」


 即興だが悪くない言葉が出てきた。

 シルキーが俺をゴミみたいな目で見ているが、このまま続けよう。


「確かに俺達は一度は反目した仲だ。だが、手を取り合い。協力することもできるはずだ」


 俺が手を差し伸べるとバクスターの瞳に一瞬輝きが戻り、再び闇に落ちた。


「くっ。ありえん。この状況からどうやって私が冒険者たちに受け入れられるというのだ……。惨めな仕打ちはもうたくさん。どうせお前は私を見世物のように扱い、笑いものにするつもりだろう」


 バクスターが差し伸べた手を払いのける。


 こいつもおっさん。いい歳だ。

 最下位から努力するのは嫌という、つまらないプライドがあるのだろう。


 バクスター。

 お前の心はくだらないが、俺も金は欲しい。


 男爵からの依頼で手を出したはいいものの、ベリアに介入してからすでに金貨1200枚の赤字が出ている。


 バクスターが持つ多額の補助金……どうせグランツ王の懐に戻るなら、俺の手元に来るべきだ。


「バクスター、俺を信じろ」


 チャームを発動して見つめると、バクスターが面食らって押し黙る。


 冒険者あがりのギルド長ならチャーム対策くらいしているものだが、こいつは親の七光りでギルド長になっただけの男。


 魔術抵抗力すらないのだ。

 簡単に魅了が通る。


 他者の心をいいように使うとシルキーの反感を買うが……。


 ちらっ。

 よし、むすっとしているがまだ許容範囲内だ。


『よしじゃねえんすわ!』


 あまりチャームに頼りすぎるのもよくない、意固地になった心を一瞬ほぐせれば十分だ。ほどよくバクスターの正気を残すために俺はチャームを止めた。


「お前の名誉を回復させるなど造作もない。一言だ。たった一言だけでお前の立場を一変させてやる。まだお前はやり直せるし、ギルド長でもいられる。何も問題はないんだ」


「そんな。そんなことが、できるのか……」


 できる。

 むしろ、なぜこれまでやらなかったのか不思議なくらいだ。


 


称号:称号:追放されしもの(アハト)EX【装備中】

インフルエンサーA、魔力逸脱者(測定不能)口先の魔術師B++

スキル:生存自活(チュラル・ビースト・ワン)EX、チャーム(魅了魔法)、光のカリスマB++、奪取SSS

現在確認できている盗品

オーク語(低)、怪力B、見切りB+、掘削魔法C、解毒(古式)、ファイアアロー(槍)、意思伝達魔法(妖精)思考盗聴魔法(改造)

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