おっさん、冒険者を指揮する

「で、何がどうしてこうなったんだよ……」


 人が丸ごと入りそうな大鍋をゴンと置いて、フェリたちは唖然とした。


 よく来たなフェリ・アリア・タルト。

 だが、今は忙しい。ねぎらうのは後だ。

 

「鍋が来たか。ニーア、お前は水魔法が使えたなここに水を入れろ。キースは四人でパーティを組んでコボモ草をとってこい、ミレイはロクスタと組んでバジリスクの卵の回収だ」


「水入りました!」


 よし、いいぞ。ゴードン。土魔法でかまどを作れ。何? 作れない? やってみせるから見て覚えろ。こうだ、わかったか? 次だ、前に回収した魔石をもってこい、こいつを火種にする。


「森でウサギ捕まえてきました! 血抜き済みです」


 ニック、括り罠はいいだろう。

 それ置いたらCルートも回ってこい。


「はい!!」


 俺の指示に白磁等級の冒険者たちが目まぐるしく走り出す。

 その間に鍋の湯が沸騰しはじめた。肉と野菜をぶちこめ。おいおいおいおい、それは毒キノコだと前にも言っただろうが、お前全員殺す気か? 弾け、これとこれとこれと、それだ。全部弾け!


「いや、だから何がどうなってるんだよ」


 フェリの疑問はわかるが今はそれどころではない。

 テルメア、説明しておけ。


「ああ、みなさんですか。いらっしゃい。元気そうでなによりですー」


 疲労で限界なテルメアが続ける。

 

「ここのギルド長がどうしようもないゴミだったせいで、銅等級以下の冒険者が職にあぶれてしまっていたので先輩が文明をゼロから構築したんです。物々交換で……」


 白磁の認識タグをつけた冒険者たちが目まぐるしく飛び出ては戻ってくる。手には食物や加工した道具があった。


 ナナシの怒号が飛び、冒険者が走る。


 アッシュウッドの森で釣ってきた魚を燻して保存食を作る者、切り倒した木を引きずってきて積み上げる者、掘っ立て小屋とも言い難いとりあえず雨だけは若干防げそうな何かを補強する者。


「え、何。このひとたち。原始時代からやりなおしてるの?」


「まぁそういうことになりますね……」


 テルメアが遠い目をしていた。


「わたしは言ったんですよ。お金あるんだから業者を雇ったらいいんですよって。でも、先輩が……」


 ナナシは焚火にあたって暇を持て余している冒険者たちにこう言った。


『この程度の環境で生存できないのはお前らが悪い。弱さとはつまり悪なのだ。その一点においてバクスターは正しい。だから俺はお前らを鍛えなおす。だいたいどんな環境でも生きていけるようにしてやるから覚悟しろ』


 「なんだてめぇ」と殴りかかってきた冒険者を瞬殺して続ける。


『なんだ? 家に帰りたい? ははは、お前らに帰る場所などない。そもそもお前らはアッシュウッドの森を単独で越えることができない。他の冒険者に護衛を頼めるほどの金もない。冒険でいくら金を稼いでもバクスターに巻き上げられるからだ。悔しくないのか? あんなゴミに踊らされて、地べたに這いつくばらされて。悔しくないのか?』


 冒険者たちが涙目になる。

 俺たちだってこんな惨めな思いをしたくない。


 本当は俺たちだってキラキラした冒険がしたかった。

 ここにくれば冒険者として活躍し、金が稼げると思ったから来たのに。なんてざまだ。


『安心しろ。俺が導いてやる』


 冒険者たちが羨望のまなざしでナナシを見る。


『さぁ、限界を超えて働いてもらうぞ!!!!!』

 

 彼は悪魔のように生き生きとした顔をしていた。


「先輩は暇を持て余した冒険者たちに絶え間なく指示を出し続けてるんです。五日くらいまで徹夜で手伝ってたけど、もう脳が無理。焼ききれるから。ねまーーーーーす」


 テルメアはそう言って服で顔を隠し、うずくまってしまった。

 よく見ると疲れ切った冒険者たちが地面に転がっている。


 働きすぎたのだ。


「やばいところに来ちゃったな」

「ええ」

「帰りましょうか」


 そんなことを言うフェリたちの肩をナナシがむんずと掴む。


「フェリ、アリア、タルト、銅等級への昇格おめでとう。お前らならきっとできると信じていたぞ」


 だめだ。

 ここで振り返ったら絶対に物凄い量の仕事を任される。


 せっかく銅等級になったのだ。なんていうかこう普通に冒険したい。

 原始時代からやりなおすやつじゃなくて、普通に。


「今は本当に人手が、本当に足りなくてな。来てくれて助かったよ」

「あ、ああ。そう。そっかぁ。じゃあ、わたしらはここらへんで王都に帰るからがんばって」


 肩を掴むナナシの手が微動だにしない。

 

 強く握られているわけではない。

 強く握られているわけではないのに何か払いのけることができない圧を感じる。


「少しだけ、少しだけだ。陣地作成と点呼、新規採集ルートの確保と狩猟に毒物の選別、調理と加工と保存だけだから。大丈夫だ何も問題ない」


 問題しかねえよと思いながら振り向くと、ナナシの目が死んでいなかった。

 いや、疲労困憊しているのだが少しだけ生きている感じがする。


 こんなことは初めてだった。


「頼む、お前たちが頼りなんだ」


 フェリたちはその目にやられた。

 

「は、はい」

「やります」

「まかせて……」


 その言葉を聞くや否や、ナナシの目がスンと死んで矢継ぎ早に指示を出し始める。


「よし、ではまず。フェリは黒曜の冒険者を率いてダンジョン一階で魔物を掃討して安全を確保。二階へ上るための補給地点を確保しろ! 続いてアリアはけが人の治療。タルトは焚火の調子を見てやってくれ。魔石に魔力を込めて回るのだ!」


「だ、騙されたーーーー!!」

「うるさい、働け!! やることは山ほどある!! 全滅するぞ!!」


 全滅。

 そう、全滅するのだ。

 

 おそらくバクスターは知らないのだろう。

 ベリア領には四年に一度、雨季が来る。


 雨季が来るとわかっていてるのにセドリック男爵がのほほんとしていられるのは雨風から守られる生活に慣れているからだ。


 寝る場所がないやつがいるなんて考えもしないんだろうな。


 ダンジョン暮らしが長かった俺は忘れない。

 雨に濡れた食料は腐り、疫病が蔓延し、雨をしのげない者はみな死体になるのだ。


 バクスターの用意した宿屋は冗談みたいに高い上に収容できる人数が少ない。

 つまり、金が払えない奴から死ぬことになる。


 ま、このままならな。

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