おっさん、仕事を盗む
「なんか、白磁のやつらがどっかからとってきた肉を焼いて食ってるぞ」
食堂の二階で銀等級の冒険者たちがそんなことを言っていた。
バクスターが二階の窓から見下ろすと焚火をするナナシの周りに人だかりができており、木の枝に刺した肉やら野菜やらを焼いて渡している。
はっ。あんなもの料理ではない。
ただ焼いただけの何かではないか。
バクスターは子羊のローストの焼き加減を見にキッチンに戻った。
「なんか、どっかから鍋をもってきたみたいだぞ」
バクスターが二階の窓から見下ろすとナナシはでかい鍋に湯を張り、食材を茹でては冒険者に渡していた。
なんだ? 商売のつもりか?
笑わせる。
流通を完全に押さえているから行商人がナナシに食材を売ることはない。
だから、あいつらが食っているのはどっかからとってきた得体のしれないものだ。
よくそんなものを口に運ぶ気になれるな。
気が知れない。
「なんだあいつら、食材を加工してる……?」
バクスターが二階の窓から見下ろすと小さなかまどと簡易的な保存庫のようなものができていた。そこに燻製などの加工を施した食材が次々に運ばれていく。
よく見ると簡易的な家のようなものも建ち、床にゴザをしいて物を売っている冒険者もいた。売られているのは魔物の骨などの加工品やダンジョンから産出したアーティファクトだ。
眺めているとどこからか行商人がやってきて値段交渉をしている。
しばらく何かしら話すと行商人はアーティファクトをいくつか買い取っていった。
「まいどあり!」
前よりも冒険者の人口が増えている気がするし、前には見なかった顔ぶれもいる。
バクスターはまるで文明の進化を早回しで見せられているような奇妙な感覚に陥った。
何か不穏だ。
重大なことを見落としているような気がする。
バクスターが冒険者ギルドへ足を運ぶと、冒険者はほとんどいなかった。銀等級と金等級がかろうじているくらいで、銅以下の冒険者がいない。
前からそんなものではあったのだが、何か気になる。
受付嬢に記録を開示させると、この一週間銅以下の冒険者がクエストをこなした回数はゼロ。誰も冒険者ギルドを利用していなかった。
そういえば最近、食堂にも来ていない。
おかげでゴミ冒険者用のタダパンが腐ってしまい、最近では焼いてすらいない。
冒険者ギルドを出ると、広場がにぎわっている。
「安いよ安いよ!」
「さっきとってきたとれたてだよ!」
「燃料に魔石はいかが?」
「世にも珍しい重さが変わる剣だ! ダンジョン産だよ!!」
原始的ではあるが、もはや市場と言ってさしつかえないものに成長している。
なんだ。
何かを盗まれているような……。
だが、何を。
ふと、ナナシの怒号が聞こえてくる。
何かミスをしたらしい冒険者を叱り、指示を出し、走らせていた。
そういえば、冒険者ギルドを始めた頃はあんな感じだった。
冒険者というのはアホの集まりなのでああでもしないと言う事を聞かないのだ。
ご苦労なことだ。
代わりに苦労してくれるのならいいか。
そこまで考えて、バクスターは青ざめる。
いや、そんな。ばかな。
ナナシとテルメアが冒険者たちに次々と指示を出す。冒険者たちは指示をこなしてダンジョンからアイテムを回収したり、モンスターを狩って対価を受け取る。
その対価で経済を回すことで、周囲が潤ってきているのだ。
(これは冒険者ギルドだ……)
セドリック男爵が公金を投じてやりたかったことを全部ナナシにやられている。
大量の金を受け取っていながらできなかったことを見せつけられている。
(そんなことがありえるのか? おかしい、金は? 金はどこから来た。資源はどうしたのだ!?)
食材を行商人に運び込ませるだけでは相当な金がかかる。アッシュウッドの森を越えるには相応の危険があるからだ。
冒険者への報酬だってばかにならない。
必然的に物価が高くなるので報酬も高額にしてやる必要があるのだ。
地面に何か書かれているのを見かける。
「討伐依頼:イボイノシシ 報酬:イボイノシシを茹でたやつ」
ナナシが何をしているのかわかった。
バクスターが行商人に食材を届けさせているうちに、ナナシは冒険者に指示を出してどこからか食材を狩らせ、その食材を料理し、食わせることで報酬としている。
冒険者が狩る獲物は一人で食い切れるものばかりではないので、料理した冒険者も報酬として飯を食える。
取引に金を介在させないことで、コストを限界まで下げているのだ。
冒険者ギルドに閑古鳥が鳴いていた理由がようやく理解できた。
こいつらほとんど物々交換で生きているから、金を必要としないのだ。
あいつらからしたらギルドの依頼を請けて使い道のない通貨を受け取るより、ナナシの依頼をこなして腹を満たしたり。価値あるアーティファクトと交換した方がいい。
ここに来てバクスターはようやく気づくことになる。
バクスターは仕事を盗まれたのだ。
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