王の隠し子、嘘をつく


「おい、なぜあいつらと取引をしている! このバクスターとの独占契約を結んでいたはずではなかったのか!?」


 そう路上で商売をしている連中に物を売っている商人を咎めると、商人は鼻で笑った。


「そんなこと言われましてもねぇ。バクスターさん、最初は買ってくれてたけど。最近じゃ全然じゃないですか。わざわざ危険を冒してアッシュウッドの森を抜けてきたのに実入りが少ないんじゃ、こっちもやっていけないんですわ」


 バクスターが商売を牛耳っていたころは従順だった商人たちも言うことを聞かなくなってきた。


 ナナシに冒険者ギルド・宿・食堂の仕事を盗まれた今、、商人から物を買っても余らせるだけ。


 必然的にバクスターの取引は減り、商人はナナシと取引するようになったのだ。


「それでも契約は契約です!」


「そうですねぇ。でも契約を守って死ぬくらいなら破ってでも生きるのが商人なんですわ。それに破ったからと言って、バクスターさんに何ができるんです?」


 バクスターは怒りに駆られ、喉から「私はグランツ王の隠し子だぞ!」とでかかったが、すんでで抑え込んだ。


 グランツ王に泣きついて、なんとかしてくれと懇願するのはいくらなんでもプライドが許さない。


 宮廷の厨房でうまくやっていけなかったバクスターはグランツ王に情けをかけられてこの土地にやってきた。


 競合する商売人が存在せず。潤沢な公金が注入され。あらゆる商売を独占できる垂涎の地位を与えられて。


 およそ、世人が得られない好条件を得ながら失敗したとなれば、それはバクスターが底抜けの馬鹿であることの証明になる。


「私はお前たちのようなものに従って生きるような男ではない! 俺はグランツ王の子だ! 尊い血を継いだ私は他者に従うのではなく、従えるためにあるのだ!」


 かつて宮廷の厨房で素行を注意されたバクスターはそう反駁した。

 この新天地にやってきた日、ようやくすべてがうまくいくと思った。


 それが今はどうだ。


 誰にも文句を言われない地位を手に入れた。金もある。人だって雇った。

 それでも手掛けた事業のすべてに閑古鳥が鳴いている。


 日が高くなるにつれて、ナナシの怒号が飛びはじめ。冒険者たちが走りだした。

 自然発生した路上市場はもはやひとつのコミュニティと化している。


 妙に取引が加速していると思ったら、激しく金が行き来していた。

 これまでは物々交換だったのに。


「商品を持ってきてくれたら買い取りいたしますよ~!」


 計算された笑顔を浮かべ、揉み手する商人がそう言うと。あちこちから余った食材や物資を持った冒険者たちが群がる。


「アッシュウッドを抜けるための護衛も募集しています~!」

 

 銀等級や金等級の冒険者たちが次々と名乗りをあげる。

 かつてバクスターの主な客だった銀と金の冒険者たちも、最近ではめっきり関わってこなくなった。


 料理の美味さであればバクスターの方が遥かに上、宿の質も申し分ない。冒険者ギルドの報酬額も高く設定されている。


 それでも、冒険者たちが寄り付かない。

 最初は「値段が高いからか?」と考えた。


 だが、値段を下げてみても何も変わらない。


 ある日、暇すぎて従業員が辞めると言い出した。

 問い詰めると、翌日から無断で来なくなった。


 一人辞めるともう一人、さらに一人と従業員は消えていく。


「確かに儲かるけど、ここにいても暇なんですよね」


 まぁ、それはそうだろう。

 だが何もせずとも金がもらえるならそれで十分ではないか。


 何が不満なのだ。

 そう憤慨した。


 従業員が次々に辞めていき、残ったのはやる気のない人間ばかりだった。


 本日、冒険者ギルドに来た冒険者はゼロ。

 仕事もほぼないので従業員が減っても十分に回せる。


 彼らの怠惰さは日に日に増していき、最低限の仕事すらさぼるようになり、最近では出勤すらしていないのに金を要求してくる。


 かつてピカピカだったギルドには埃が積もり、そこかしこにゴミが放置されるようになった。


 厨房だけはバクスターが清掃しているのできれいだが、他は全部こんな調子である。


 金を払っているのだから働けよと思うのだが、残った従業員たちはへらへら笑うばかりで言うことを聞かない。


 外を見ると、ナナシの元で汗水たらしながら楽しそうに働くかつての従業員たちの姿があった。


「ナナシ、お前は私から従業員すら盗んでいくのか?」


 商売においてバクスターはすでに敗北している。

 毎月注入される多額の公金に生かされているに過ぎない。


 だが、それを認められるほどバクスターは大人ではなかった。


 バクスターも暇なので誰も使わない宿のベッドに寝転がって、配信を見る。

 これは暇つぶしではない、敵情視察なのだと自分に言い聞かせて。


 最近のナナシの配信ではここベリア領の宿場町で人々が生活している映像を編集せずにそのまま流している。


 人が生活しているだけなのだが、ナナシの指示によって目まぐるしく発展していく市場の姿が娯楽として受け入れられているらしい。

 

”俺もベリア領で冒険者しようかな“

”いいよな。都会から離れるのも“

”スローライフ、いいな“

”実際現地で生活すると結構忙しいけどな!“

”金はないけど、毎日たのしいよ。色んなことが起こるし“

”これまでで一番、冒険者やってる感じする“

”でも、アッシュウッドの森抜けるの危なくない?“

”知らないのか? ナナシが一日二回便を出してるよ。護衛はブラックランクのテルメア“

”ブラックランクww 勇者の無駄遣いではwwww“

”でもそれほどの人が護衛してくれるなら安全でしょ“

”いつまでテルメアが護衛してくれるかもわかんないから、行くなら今じゃね?“


 そのコメントを見てようやく悟った。


 勝ち目がない……。


 打ちのめされたバクスターは人知れず嗚咽した。


 冒険者たちに与えるべきは金ではなかった。

 胸踊るような冒険者生活だったのだ。

 

 そもそも安定した生活を求めるなら、冒険者などやっていない。

 冒険にロマンを求め、苦難を乗り越えて未来を切り開こうとするから冒険者なのだ。


 冒険者になるしかなかった奴もいるだろうが、ナナシの商売は金がなくてもその身ひとつで成り上がれるように計算されている。


 ふと、半透明の画面に着信が入った。

 映像通話が起動し、厳しい顔のグランツ王の姿が現れる。


 昔は手紙だったのでいかようにも返事をしぶれたが魔法技術が革新した今ではそうもいかない。


『我が息子、バクスターよ。冒険者ギルドの仕事はうまくいっているか?』

「えっと、その。実は、いや! とても順調です!!」


 ここで見捨てられれば公金が止まる。

 完全敗北だ。

 飢えて死にたくないなら、ここから出ていくことになるだろう。


『そうかそうか、金は足りているか?』

「じ、実はその。もう少しだけいただけると」


 金は余っている。

 余っているが、ここから出ていくことになったら、もうグランツ王には頼れない。

 手持ちの金がバクスターの寿命のように感じられた。


『そうかそうか……』


 そう言って甘やかす父に苛立ちをおぼえながら、バクスターは内心で苦虫を噛み潰す。

 何なのだ。この感情は……!


『ところで、お前がギルド長になってから三年だ。通例通りギルド運営の監査に監査官が向かうことになるが、形式的なものだから心配しなくてもいい。いつも通り正常にギルドを運営してくれていれば問題はない』


「へ……?」


 監査? 監査だと。


 こんなことは初めてだ。

 この現状に気づかれたら、公金を止められてしまう。


 いや、グランツ王の息がかかっていれば大丈夫か?


『ん? 何が不安なことでも?』


「そんな、いえ。お任せください。うちは完璧です」


 嘘をついてしまった。

 どうしよう。

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