おっさん、キレる


(あれ、先輩。もしかして怒ってる?)


 そんな目でテルメアが俺を見ていた。


 俺の死んだような目は変わらない。

 変わらないはずだが、なんだこの怒りは。


「外で暇を持て余している冒険者たちはなんだ。ほとんど浮浪者ではないか、お前の都合で満足に生活できなくしてな~にが『感謝すべき』だ。てめえの無能を棚にあげやがって」


 俺の豹変にコメント欄は騒然とした。


”え、ナナシキャラ違くない?“

”気だるそうだけど、丁寧口調なやつだったのに“

”キレるのはわかるけど、そんなにか“


 痩せぎすのバクスターが鼻で笑う。


「若いころの不幸は買ってでもするべきです。私も昔は苦労しました。だからこそ今の私がある。現に銀等級や金等級の冒険者たちはちゃんと生活できているでしょう。まぁ何が言いたいかというと、人生がうまくいかないのは本人の努力不足です」


 バクスターの言葉に俺は黙る。

 納得したからではない、閉口したのだ。


 思考盗聴の結果はこうだった。


(本来、グランツ王国第五王子としての地位と名誉を得るべきであるこの私が下賤の女から生まれたというだけで、不当にも市井に身をやつしている。このような不平等があっていいわけがない。お前らがそうして口を利ける事自体がおかしなことなのに、口答えするだと?)

 

 こいつ。

 グランツ王の隠し子だったのか。


 多少会話の流れが狂ってもいい。

 ここで情報を盗む。


「バクスター。お前、なぜここにいる。どういう理由でここに来た。前は何をしていたんだ」


「なぜお前に説明してやらなければならない。聞けば何でも答えてもらえるなどと思いあがるな」


 バクスターは怒りに震えこめかみに手を当てこう考え始めた。


(ああ、今考えても腹が立つ。あの野郎ども、やれどんくさいだ使えないだとコケにしやがって。私の方が絶対に料理の腕は上なのに先輩だなんだのと小うるさい。本当は私の方が偉いんだぞ。お前なんか本来は口もきけないほど地位の差があるんだ。なのに料理長をフライパンで殴っただけで、こんな僻地に飛ばすとか、おのれ父。人の心がないのか)


 これは思い出し怒りか。

 思考盗聴がなければ、バクスターが俺にキレているようにしか見えなかっただろう。


(だが、ここは私の城だ。私に文句を言えるやつはどこにもいない。セドリック男爵は父に逆らえないし、逆らったところで私を厄介払いしたい父は私が何をしても放置するだろう。まぁ、そもそも運営はうまくいっているのだから文句を言われる筋合いなどまったくないが。あ、新しい料理を思いついた。早く試したいな)


 これまで数多の人間の思考を読んできたが、ここまで歪んだ人間もそうはいない。その上、面倒なことに王の隠し子という権力までもっている。


 おそらく正規の手段でバクスターを排除することはできないだろう。

 

 テルメアが目で「殺しますか?」と合図してくる。

 隠し子とはいえ、王の実の子を殺せば流石にグランツ王も黙ってはいない。


 そんなことしなくても事態を解決する方法はいくらでもある。

 ここで少し引くか。


「バクスター。あなたの言う通りです」

「わかっていただけたようで何よりですねぇ」


 上っ面の言葉の下でお互いの感情が沸騰しているのがわかる。


「ああ、すみません。この料理を食べていいのは俺だけでしたっけ。それとも友達もいいんだったかな」


 俺がテルメアを指さしてそう言うとバクスターがまたため息をつく。


「健忘症ですか。お友達も食べていただいて結構ですよ。食べ終わったらすぐ帰ってくださいね。ここには問題なんて何もないんですから」


 その時、俺の目に殺意が宿った。


「おーーーーい! お前らー!! 今日は上の階の料理全部食っていいんだってよぉーーーー!!」


 突然、下の階に叫ぶ俺にびくっとする冒険者たち。


「な、何を言い出すんですか!」

「あ? 俺の友達も食べていいって言っただろ。あいつらは俺の友人だ。文句あるのか? おい! みんな上がってきて食え!!」


 困窮した冒険者が幸運にかこつけて上の階にあがってくる。背に腹は代えられないのだろう。銀等級や金等級の視線に当てられながら料理を素手で食い始めた。


 一人食い始めるともう一人来る。さらにもう一人来る。

 みるみるうちに二階は冒険者たちでいっぱいになる。話が伝わったのか外からも次々とやせ細った冒険者たちが流入してきた。


「その肉よこせ!」

「俺にも食わせろ!」

「食え食え! こんな機会もう二度とないぞ!」


 銀等級と金等級の冒険者たちはあまりのことに逃げて行ってしまった。

 高級感のある二階の内装と好き勝手飲み食いして回る冒険者たちの対比がなんとも皮肉だった。


 混沌とした食堂でバクスターが怒りに震える。


「やってくれましたね。配信者ごときが……!」

「ん? 何か気にさわったか?」


 俺は食い終わった肉の骨を放り投げる。

 骨がバクスターの前に転がった。


「うまかったよ。ごちそうさん。いい腕じゃないか」

 

 そう言って、俺はテルメアと食堂から出ていく。

 腹を減らした冒険者たちの喧騒を背中に浴びながら。

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