第13話

「配信者のナナシと食事がしたい」


 女勇者テルメアの言葉にグランツ王は動揺した。

 意図がわからなかったのだ。


 グランツ王は思考する。


 最近、配信者というものが市井で流行っていることはグランツ王の耳に入っている。


 サーカスの人気者のようなものだと貴族たちは笑っていたが、王としての正当性も貴族としての統治もなく人心を集める存在はどうにも気にかかっていた。


 グランツ王の常識で考えればナナシは別に王族でも貴族でもなんでもない、有名なだけの守るべき市井の民だ。


 商工や冒険者ギルドのように、何かしらの組織を束ねる存在というわけでもない、一般人と言っていい。


 なら別に居所がわからないわけでもなし、普通にアポイントメントをとって食事に誘えばいいのでは?


(ここまで0.1秒)


 幸いナナシという配信者は男だ。

 女性からの誘いということであれば気軽に応じてくれるのではないか。


 王城からの手紙を出して城下町で食事に誘えばいい。

 格調高い封蝋の印を見ればその手紙を出した乙女が高貴な存在であるとわかる。


 市井の民にとってこの上なく名誉なことだろう。

 断る理由はない。

 

 しかし、あえてこの場で。


 しかも王である私に直接願うということはそれがテルメア自身では不可能だからとしか考えられない。


 一体、なぜ?


(ここまで0.2秒)


「至らぬこの身でこのような願いをするのは恐縮ですが、ナナシさんを晩餐にお呼びしたいのです」


 テルメアは瞳孔をガン開きのままそう言った。


 その内心は「先輩に立派になった自分の姿を見てもらいたい。あわよくばよくやったと褒めてもらいたい。できればそのまま仲を進展させたい」である。


(そして可能ならバルコニーで二人きりになりたい……なんてね! きゃっ!)


 その場にいたテルメア以外の全員が硬直していた。

 王と貴族たちはこう考えている。


 成り上がり者のナナシという男は元々ダンジョンで浮浪者をしていたはず。


 今では冒険者ギルドと協力して身を立てているようだが、容姿に頓着しないボサボサの髪に無精ひげ、戦闘中にだらしなく酒を飲む悪癖から見るに育ちがいいとは思えない。


 育ちが悪いから食卓を囲みたくないというわけではない。


 ただ、ナナシにテーブルマナーを求めるのは酷だ!


 人気者であるからこそ恥をかかせるような真似はしたくない。


 王や貴族はいじわるだと思われがちだが、別にこちらだって好き好んで嫌がらせをしているわけではないのだ。


 このままでは晩餐会が処刑会場になってしまう!


(ここまで0.2秒)


 ちなみにテルメアはナナシのことで頭がいっぱいになっておりそこまで気が回っていないだけなのだが、王や貴族たちは気づけない。


 テルメアが更に口を開く。


「最近、生放送という機能が台頭している様子。ナナシさんにはぜひその新機能で王家の晩餐を配信していただきたいのです。その為の許可をいただきたい、それがわたしの願いです」


 なんと恐ろしい女だ。

 瞳孔が開きっぱなしのテルメアを見て、王と貴族たちは生唾を飲んだ。


 テルメアはナナシという男に配信を強制し、リアルタイムで公開処刑しようとしているのだ。


 社会的抹殺。

 王や貴族であるからこそ、それが殺人か場合によってはそれ以上にひどいことだと骨身に染みている。


 ナナシとどんな確執があったかはわからないがテルメアは王に殺しの許可を得ようとしているのである。


 テルメアの恋する乙女のような薄い笑いも、殺戮を眺めるとろけるような愉悦にしか見えない。


 宝玉レガリアを下賜した時もこんなに嬉しそうな顔はしなかった。


「ぐっ……」


 グランツ王が顔をゆがめた。

 正直、泣きたくなってくる。


 殺されるナナシもつらいだろうが、殺すほうだってつらいのだ。

 誰が好きこんで守るべき民を抹殺しなければならない。


(あれ、芳しくない感じ? やっぱり王家や貴族といった人たちはプライドが高いから。インフルエンサーとはいえ市井の者と一緒に食事をとるのは憚られるってことなのかな。失敗失敗。じゃあ、ちゃんとグランツ王側にもメリットがあるとプレゼンしないとね)


 よし、と意気込んでテルメアは続ける。


「民も王家のみなさんの姿を見て、なんて立派なひとたちだと思うはず。これは国家の調和につながります」


 瞳孔の開いた笑みで。


 くぅ、冗談にしてもたちが悪い。

 そんなところを配信したら、人心が離れるに決まっている!

 

 王と貴族は物凄くいけすかないやつだと思われるだろう。

 メリットが何もない。デメリットしかない。



 だが、ここまできたらテルメアはわかってやっているのだろう。

 本来なら断るべきだが……。


 王が渋りそうな素振りを見せた途端、テルメアは身を乗り出してこう言った。


「あと、ナナシさんが絶対に絶対に絶対に逃げられないようにグランツ王の玉璽を押していただきたいです」


 女勇者テルメアの瞳孔が一瞬、きゅっと絞られた。

 ウェッジウッドの陶器皿にぴしっとヒビが入る。


(目に見えぬ「暴」の気配にあてられたか!)


 グランツ王が眼光を鋭くする。

 傍らでは侍女の手が震えていた。


 ナナシという男は一体何をしたのだ。

 なぜここまでして殺そうとする?


 何がテルメアにそうさせるのだ。


「あ、もちろん。わたしはナナシさんの隣の席で、その方がよく見えますからね」


 テルメアはただナナシと食事がしたいだけなのだが一ミリも伝わっていない。完全に誤解されている。


 王と貴族たちはテルメアの言葉をこのように受け取った。


『殺人の許可を』

『共犯になりましょう』

『実行犯はあなたたちです』


『わたしは現場で見張っていますから、ひよった真似はできませんよ?』

 

 グランツ王がしぶしぶ決断をすると。

 女勇者テルメアは乙女のように笑った。


 その胸中はこうである。


(先輩! 先輩! 先輩! 先輩! 先輩! 先輩! 先輩! 先輩! 先輩! 先輩! 先輩! 先輩! 先輩! 先輩! 先輩! 先輩! 先輩! 先輩! 先輩! 先輩! やっと会える!!)




称号:勇者A+【装備中】

称号:次代の魔王C


スキル:狂化A、幸運EX、絶剣A++、光魔法E-、闇魔法B+、魔力暴走A+、勇者の勘A++、人格反転B、冷静沈着A、あわてんぼうB-


魔王スキル:闇のカリスマC、魔道活性C、魔道転移C、魔物召喚C、魔族召喚C、魔竜召喚C、魔系言語C、魔王の宝物庫C、異世界転移C、窒息無効、状態異常無効化




闇のカリスマC


他者を惹きつけ従わせる力。オート発動型。

闇のカリスマは主に恐怖によって他者を従わせる。


なお彼我の戦力差と幸運値によって追加ボーナスが発生する。


今回、Bランクのカリスマを持つグランツ王がテルメアに屈服したのはそのためである。

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